見習い百姓のつぶやき

宮仕えも一段落、半農半Ⅹを本格化。農的暮らしとさまざまなⅩを悩んで、楽しんで一歩づつ。

アナスタシア第7巻

2018-10-14 16:36:25 | 持続可能社会

 いけずご王国に子供たちの元気な声が響きました。
 学生さんや、鳥取や浜田からも助っ人がきての“ありママサロン@いけずご王国~親子で楽しむ憩いの広場~”が賑やかに開催されました。
 さあ、ママさんたちにとって憩いの広場になったかな?

 午後から、本を読んでいると、会いたいというママさんが。
 よくよく話を聞いてみると、な~んだ!彼の奥さんなんだ、それならその話、とてもよくわかる!
 時代なんですね、ひょっとしたら松江にも子供たちの新しい育ちの場が生れるかもしれません。

アナスタシア第7巻
 facebookで、“アナスタシア第7巻~生命のエネルギー”が発売されたことを知り、ありママサロンを横目に書店まで走り、早速買い求めました。
 賑やかで本を読む感じでもないしと隣家に避難して、読み始めました。
 開いて読み始めるや、感動の波が押し寄せてきました。

 意識エネルギーを理解し、使いこなせるようになれば、全てのことは思い通りに現実化し、夢は叶う。
 新たな宇宙を生み出すことでさえも。
 僕は、自分の中での理論的にはその通りだろうと思いますが、世間から見れば、真顔で語られること、その通りと思う自分は相当変だろうなあ。

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ご近所のお屋敷がまた1軒、、

2018-10-13 21:49:08 | 持続可能社会

 本当に淋しいなあ。
 また1軒、ステキな庭を持った大きなお屋敷が取り壊されました。
 自治会加入世帯が750世帯の大所帯、西津田町内会の会長を20年余り?務めてくださっていた方のお宅なんですが、元町内会長も亡くなられ、後を見るお子さん方も帰る予定なし。


 このお宅、敷地内に本宅の他に借家が3軒ありましたが、それも一緒に取り壊されています(涙)
 壊された跡地は、国道側にある中古車ディーラーが買ったようですから、空き家のままで放置されて朽ち果てて行くことを思えばまだいいのかもしれませんが、国道裏の住宅地がモザイク的に駐車場や事業所になって行くのって、ことのほか淋しく感じます。
 このお宅も我が家のすぐ近くなんですが、もっと近いお宅は買い手があったらしいのに、隣地の理解が得られなかったとかで取り壊されてアパートが建設されています。
 十二分に住める家が、さまざまな事情で取り壊されていく。

 栄枯盛衰は世の常ですが、空き屋住宅が消えていく今時の現状って、昔日の栄枯盛衰とは全く趣を異にしているように思います。
 全国の空き家って、もう直ぐ1千万戸に迫る勢いだそうですから、まだ現役で使える住宅であっても、取り壊されて違う目的で活用されることは経済論理の中では歓迎すべきことで、きっと、アベノミクスへの貢献でも評価されるんでしょうね。

 であっても、ある意味“浪費が美徳”のようなこんな暮らし方って、どこか変じゃないか~?
 美しい国、美しい地域、もう一度考えて見たいものだなあ。

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リーマン・ショック10年

2018-09-16 11:39:41 | 持続可能社会

 人々の価値観が劇的に変わるだろう、そう思っていましたが、相も変らぬ強欲資本主義の跋扈。
 喉元過ぎれば熱さを忘れる、まさに!ヒトって度し難いのか、これが普通と思うのか。
 変わった方が良いのか?変わらなくていいのか?

 リーマン・ショックから10年、論説や解説・特集記事が新聞、ネット上などで踊っています。
 「音楽が鳴っているうちは、踊り続けなければならない」、共同配信の論説にも当時と地続きと書いていますが、強い危機感や予感を抱きながらも欲のために走り続ける。
 ポピュリズムが吹き荒れる世界にあって、3選を目指すAさんも基本は一緒?今を象徴する政治の地下水脈も一緒なんでしょうね。

農地の優性地化と地下水脈
 昨日、カタカムナの勉強会で楢崎皐月の農地の優性地化の話が出ました。
 楢崎皐月は「静電三法」という本(僕も持っているけど、いまだ積んどく)で大地の電位を測定し、電位が下に流れる劣性地を木炭埋設によって電位が上に流れる(エネルギーが上がってくる)優性地化することで、生産力を上げる農法を説いています。
 また、当時(今も)、篤農家と言われる人たちは微生物をうまく働かすことによって豊かな生産を得ていた。

 そんな自然との共生を大切にした農業は、化学肥料の登場で隅に追いやられ、特に、軍需産業転用で生産された硝酸態窒素肥料の多投入によって、残った硝酸が土中で固まり微生物の働きを鈍くし、更に化学肥料を投入する悪循環と水質汚染を引き起こしてきた。
 また一方、化学肥料によって作られた虚弱体質や肥満体質のお野菜の外葉などが腐敗し、アンモニアが発生することで虫を寄せ、農薬の散布が切り離せなくなった。
 ~あっ、投入しない作物は、腐ることなく萎びていったり、発酵していくんですよ~

 この話も、地下水脈という意味では通底しているのかもしれませんね。

カゴメウタ、歌わせたい
 カゴメ カゴメ カゴノ ナカノ トリハ イツ イツ デヤル ヨアケノバンニ ツルト カメガ ツベッタ ウシロノ ショウメン ダーレ
 ご存知ですか?“カゴメウタ”、音楽の教科書から消えて久しいらしいので、若いママさんたちは例え知っていても歌えない、という方が多いのかもしれませんね。

 以前参加した講演会で、保育関係の方だったと思いますが童謡を歌い継ぐ大切さを話され、今は歌わなくなったことを知り、歌う大切さを感じたのですが、今回そういうことか!を学びました。
 あるサイトには、『童謡』は、日本語のイントネーションに沿ってメロディーがつけられ、美しい言葉を学び、四季の情景や歴史の理解にも効果的で、日本語のイントネーションに沿った穏やかなメロディーは、心を落ち着ける効果があるといわれている、とありました。
 講師の方は、童謡を歌わせなくなって発達障がいやキレる子、不登校などが多くなってきたと話し、童謡を歌うと感性が豊かになり、思いやりや慈しむ心が育つと話されました。

 肝心な話は、何故それが起こるのかというメカニズムでしたが、すっ飛ばして最後を紹介すると、カゴメウタなどの童謡は
松果体が揺れ続けるからというものでした。
 山元かっこちゃんの、脳幹のない子が気持ちを表したとの話と通じていませんか?
 エビデンス云々という話ではないですが、童謡、子どもたちに歌わせてあげたいですね。

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栄養学が限界を迎えて~食生活基礎講座

2018-09-02 20:55:12 | 持続可能社会

 朝、ホテル一畑まで迎えに行き、9:30から16:15まで、ほぼ一日の長丁場、基本的には同じ要旨のお話でしたが、新たな目から鱗だったり、そうだった!というのもあり、とっても有意義で濃い幕内秀夫さんの「食生活基礎講座」でした。
 参加者は少なかったけど、それだからこその全員かぶりつき、深い意識の交流ができたかな?



健康な歯茎は農家の人
 参加者に歯科医の先生がいらっしゃいました。
 1,000人余りの来院患者の口腔を見てきたが、とても健康的な歯茎をしている方は農家の人か健康にとても気を付けている中の一部(!)の人たちです、と自己紹介の時に話していらっしゃいました。
 一緒に参加された歯科衛生士さんは、幕内さんの講演を聞いてから、口腔ケアの指導を間食指導から食生活全般へと変えてきました、と話されていました。
 お二人のお話は今日の幕内さんの話と深くリンクしていましたが、それは後に譲るとして、、、

 恐らく初めてだったと思いますが、ご自身のプロフィールについても触れられました。
 学生時代、徒歩での日本列島縦断や、山梨の棡原地区の疫学調査を見て現地入りし、勤めて2年の職を辞したこと、この時代に書かれた食生活と健康に関する本を全部読み漁ったこと、食事療法を実践する全国の医療施設をくまなく回ったことなど、社会人でも現場主義に徹した姿は感嘆ものです!
 いい意味で相当変わっているよなあと思ってきましたが、その思いを新たにしました。

栄養学が限界を迎えている
 さて、肝心な講座の話はいっぱい伝えたいことがありますが、その要点だけを簡略に。
 最初に、栄養学の登場で明治期から食生活の考え方が何が取れるかから何を食べるかに変わり、栄養素を考えることが科学的な食生活だとの常識を作ったが、人が生きていく上で栄養素でわかっていることはごくわずか、腸内細菌叢(フローラ)の研究が進むことによってここ数年で大きく変わるだろう。

 栄養素は参考にしかならないのに指針にしてしまったことと、欧米崇拝主義が最大の誤り。
 その結果は、
食が欧米化したのではなく、成分が自由に調整できる「工業製品化」し、米の消費量の減少を招き、そして、最大の変化は「主食」の工業化という現実を生み出した。

食の工業化とカタカナ主食の行きつく先は
 その主役はカタカナ主食で、それが増えて
  〇「工業製品」だらけになった
  〇食品の安全性の不安が増した
  〇地域性や季節感がなくなった
  〇「咀嚼」しなくなった(食事の咀嚼回数の激減~味のあるものは噛まない!)
  〇だらだら食べになった
  〇油脂類と精製糖を一日中とるようになった

 その結果、寿命の短命化が進もうとしているが、その先進県は劇的な食生活の変化を体験した沖縄で、65歳以下の死亡率(約30%)は全国トップ。
 
油脂類と精製糖で工業製品化したカタカナ主食の浸透で、日本全体が沖縄を追随している。
 沖縄の久米島では、中2の52%に糖代謝異常との調査結果があるが、全国の子どもがそれに追随している現状、僕たち大人は良いけど、これからの時代を託す子どもたち、このままでいいの?

90歳、100歳まで畑仕事 
 僕は、酵素玄米と味噌汁を中心にした食に切り替えて(やってみるとこれがとっても美味しい)、体重が劇的に減ったこともありますが、体質が劇的に変わりました。
 玄米を食べる時、咀嚼回数は一口30~100回、こんな食生活に似合いの副食ですから、少なくとも戦前の1,400回以上にはなるだろうと思うけど、僕の歯茎は健康な色をしているのかなあ(^^

 90歳、100歳まで畑仕事をして、ある日突然倒れてそのまま召されて行きたいもの。
 10年もベッドやチューブに繋がれる人生はごめんだなあ。

 結局横道にそれてしまい、中途半端な報告になりました。
 明日からは、また百姓仕事がまっていますので、以上で!

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“生きる術を学ぶ”~伝える最後のチャンス?

2018-08-07 21:35:18 | 持続可能社会

 メダカは10匹が2匹に減ったのですが、一緒に買ったホテイアオイは、いつの間にかやけに立派に成長し、しかも、子どもまでできて広がっています。
 昨日、あれ!?花芽が立ち上がってると思っていると、今朝には綺麗な紫色の花を咲かせました。
 庭の雑草や庭木は青息吐息なのに、このお方だけは、元気そのものです。

 今朝も早くから新庄で水やり、庭の手入れなどの後、食事。
 いけずご王国のオープニングの記念植樹、時期が時期だけにどうしたものかと専門家に相談し、樹木を持ち込んでくださるアナスタシアジャパンの岩砂さんと連絡を取り合いました。
 記念植樹も後の管理の問題はありますが、何とか、目鼻が立ちそうかな?

贅沢言わなきゃ、最高の下駄箱!
 その後は、夕方の出雲郷の畑の水やりまで、下駄箱づくり。
 今年初めに中古で買っていたスライド卓上切断機が初の大仕事、大活躍です。
 材料は、タンスを壊して取って置いた引き出しの材料や、改装工事の残材、納屋にあった板材など、寄せ集めですが、まあ何とか、20足近く入る下駄箱の完成。
 贅沢を言わなきゃ、現場にぴったり、最高です(#^^#)

“生きる術を”学ぶ
 一昨日のカタカムナの勉強会、深かったなあ。
 
 4歳から9歳は第一吸収期、自然の中で自然と一緒になって“生きる術”を学ぶ時期で、それがないと自立できない。
 15歳から22歳は第二吸収期、道を究める時、例えば、匠の技を会得し、それ以降の人生で深めていくというのです。
 江戸期の寺小屋は、その役割を担い、しかもエネルギーの高い場所にあった。

 日本は、この大切なものを明治時代に捨て、戦後教育で残り香もすべて捨て去ったと。
 この考え方が本当だとすると、今の教育はこの考え方とまさに真逆です。

 “いけずご王国”のキックオフイベントのテーマは“共育”なんですが、講師の口からも、“生きる術”を学ぶには教育ではなく共育であるべきで、残り香を持つ世代が伝えなければならないと。
 残り香世代のことを考えると、今まさに、伝える最後のチャンスなのかもしれません。

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