医科歯科通信  (医療から政治・生活・文化まで発信)



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タクシーの運転であった友人たち

2014-12-09 10:47:53 | 雑記・断片・映像
今朝の取手は、午前3時50分、気温2度。
6日の土曜日、玄関の正面に見えていた満月の月はいくらか欠けていて9日の火曜日には東の空に高く見えていた。
玄関前えタバコを吸っていた新川さんは「風が冷たいね」と言っていた。
当方は日曜日から黄色で反射板が着いているウインドブレーカーを着用しているので風の寒さはそれほど感じない。
選挙関連で7分ほど雑談をした。
先週の水曜日と木曜日に降った雨の水溜まりが合同タクシーの前の空き地に残っていた。
大きな水溜まりは縦15㍍、横5㍍ほど。
小さい水溜まりも数箇所。
真冬にはそれらが凍る。
元は沼地のなのか?水はけが悪い空き地なのだ。
時々砂利の集積場にもなっているが500坪くらいの空き地だ。
午前5時頃はタクシーが出発したり、夜勤明けで戻ってくる。
知人の中田さんは(仮名)自転車でやってきて、タクシーで出発する。
友人の宮田さん(仮名 4年前)や荻野さん(仮名 今年)も元合同タクシーの運転であったが亡くなった。
道で出会えば駅まで乗せてくれた。
「無線係の徳さん、元気か?」と宮田さんは出会えば聞いた。
彼らは50代でタクシー運転手を辞めて納豆屋に勤めたり、仏壇屋さんに勤めたりで職を転々とするようになった。
今朝、散歩の途次彼らと飲み歩いたことを思い出した。
宮田さんば抜群に歌がうまく、女性にももてたのだ。
荻野さんは奥さんと分かれてから2人の子どもを育てていた。
偶然、長男も次男も荻野さんの息子と同じ年であった。
彼の次男は性格がおとなしかったがイジメにあってから性格が変わり喧嘩に明け暮れ、やがては暴力団員になってしまった。
彼は後年、この次男から身を隠す生活となった。

「一発逆転」のような状況

2014-12-09 10:18:03 | 創作欄
例え追い込まれ「一発逆転」のような状況にはなるまいと、銀司は自戒を込めて思った。
自嘲するように自分たちを「貧乏三人衆」と評している津田次郎と坂田清、上田孟司が「銀ちゃん、何とかしてよ」と寄ってきたのだ。
彼らのように運に見放されたような「落ち目の人」に寄りかかられると銀司の勝負勘は鈍るし、勝利の女神も逃げていくものだ。
「俺、今日は5万円もやられてる。昨日は3万円。このままじゃ家に帰れないよ。教えてよ」と津田がすがりつくように懇願する。
「7レースは勝負できないかい?」と聞く坂田は2万円失っていた。
そして上田は「このままでは、今月の家賃払えないんだ。何とかしてよ。銀ちゃんが頼みだ」と銀司の手を握りしめる。
銀司は千葉ラインの1-7に付ける九州の5番選手の3番手捲り期待していた。
そこで5-1からの3連単を買う予定でいた。
怖いのは8-3-2の東北ラインの番手の3番選手であるので、3番選手の前残りか3番選手の追い込みを想定した。
そこで5-3と3-5の押さえである。
5-3で17倍ほどの配当であり、3-5なら23倍ほどの配当であった。
「貧乏三人衆」にとって、銀司は救いの神になるはずであった。
だが、7-1-5に8-3-2ラインが絡む展開となる。
5番選手は背後を警戒して、脇見状態となり1番選手の後輪に前輪を接触させてバランスを崩し8番選手と3番選手を落車させたばかりではなく、自らもその車体に乗り上げて転倒してしまったのだ。
場内が響めき悲鳴があがり、そして怒号が起こった。
「貧乏三人衆」はその光景に怒りも忘れ呆然とした。