共同通信社 2014年7月25日(金) 配信
「幸せの国」と呼ばれるヒマラヤの小国ブータンで若者の違法薬物への依存が深刻化している。都市部への人口流入が相次ぎ、携帯電話の普及などによる情報化で社会構造が変化。心の充実度を示す「国民総幸福量(GNH)」の理念追求という国是の陰で「心の病」が広がっている。
「薬物で全てを失った。両親や妻から自宅を追い出され、6歳の息子とも会えない」。首都ティンプー。依存症からの社会復帰を支援する非政府組織(NGO)「チェトゥン・ペンデ(助け合いの会)」事務所で、カルマ・ツェリンさん(27)が力なく語った。目に生気はなく、手は小刻みに震えている。
15歳で大麻(マリフアナ)を覚えて依存症に。4年前に社会復帰し、ボランティアとして同団体で働き始めたが、再び薬物に手を染めた。事務所には毎日、同じ問題を抱える人々が集まる。話し合うことで依存を断つという目標を共有する。10代の参加者も多い。
ツェワン・テンジン代表(37)も10代でマリフアナを始め克服までに13年かかった。「やめたいと思ってもやめられない。薬物依存は心の病だ」と強調する。
ブータンには大麻が多く自生しているが、近年は鎮痛剤などとして隣国インドからも薬物が入ってきている。
リハビリや防止策に力を入れる政府機関、薬物規制局のドルジ・ツェリン担当官は「今や情報から隔絶された生活はできない。インターネットなどから流れる薬物情報に、最も影響を受けやすいのが若者だ」と話す。
独自の文化を守るためなどとして、長く鎖国状態が続いていたブータンでは1990年代後半以降、テレビ放送や携帯電話が相次いで解禁され、ネットも普及。全人口の約7割が住む地方の農村から、情報が集まる首都など都市部に、若者が仕事を求めて移り住むようになった。
テンジン代表は「地方の若者が家族と離れて都市部で暮らすようになり、薬物にふける友人を見て好奇心から手を出すのが一般的なパターンだ」と指摘する。
薬物規制局によると、窃盗や傷害など薬物に関係する犯罪件数は2001年以降の10年で約9倍に増加。逮捕者の多くは25歳未満の若者で、首都郊外にある薬物・アルコール依存者用のリハビリ施設には常時、大勢の人が入所しているという。
国際協力機構(JICA)も依存防止や更生活動を行うシニア・ボランティア派遣を決めるなどの支援に乗り出した。ブータン事務所の朝熊由美子(あさくま・ゆみこ)所長は「経済成長の支援だけでなく、成長から取り残されがちな人々の力にもなりたい」と話している。(ティンプー共同=砂田浩孝)