風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

雨乞いのダンス(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第378話)

2017年10月01日 06時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

(今回は寓話です。)

激しい旱魃かんばつがある村を襲った。
 小さな川はほとんど干上がり、乾燥し過ぎた地面はひび割れ、田畑は枯れ始めた。
 これでは作物をまともに収穫できないと危機感を覚えた村人たちは、村の呪術師に相談した。呪術師はしわがれた老人だった。村の祭事を取り仕切り、赤子が生まれれば名付け親になり、病人が出れば悪魔祓いの儀式を行なって村人の病気をなおした。村人からは尊敬を集め、頼りにされていた。
「踊るんじゃよ」
 呪術師は厳かに言った。
 互いに顔を見合わせた村人はみな、そうするしかないと頷いた。他に方法はないのだ。
 村の広場にきらびやかに飾り付けた祭壇を設け、村人はなけなしの食料から雨の神様へお供えした。呪術師の合図とともに村人たちは神聖な円サークルを作って踊り始めた。雨が降らなければ収穫できない。作物がなければ、村人は飢え死にするしかない。暮らしを守らなくてはならない。みんな真剣そのものだった。呪術師は祭壇の中央で髪を振り乱して祈祷した。
 一日中踊ったものの雨は降らない。雨雲がやってくる気配もない。太陽はにくらしいほどに光り輝き、空は澄み切っている。それでも村人たちは、雨が降ることを信じて、その日も翌日も踊り続けた。
 さすがに村人たちは疲れ始めた。踊りが鈍くなる。
「なにをしとるんじゃ。みな死にたいのか? こんな踊りで雨が降るとでも思っておるのかい。元気を出してやりなさい」
 呪術師は村人を叱りつける。わずかばかりの休憩を取って気を入れ直した村人たちは、また踊り始めた。
 踊り続けて一週間が過ぎ、二週間が経った。雨の神様はまだ村人たちにこたえてくれない。空は晴れたままだ。田畑の作物はますます枯れる。
 村人たちは、どうやら雨の神様は自分たちを相手にしてくれていないようだから、とりあえずダンスを中断して深い井戸を掘ったほうがいいのではないかと相談を始めた。村の各所にある井戸もそのいくつかが枯れ始めていた。このままでは水すら飲めなくなる。呪術師は猛烈な剣幕で怒った。
「必ず雨は降る。降らないのは踊り方が悪いからだ」
 呪術師にここまで言われては、村人たちは従うよりほかになかった。なにしろ呪術師は権威があるのだ。呪術師のいうことに間違いはない。
 残りわずかになった村の食料からさらに祭壇へお供え物を捧げた。呪術師は踊り方をもう一度教えた。いささか妙な踊り方ではあったのだが、村人たちは呪術師がそう教えるからには間違いないだろうと納得した。雨の神様を喜ばせなくてはいけない。
 村人たちは雨乞いのダンスを続けた。
 空腹をこらえてはお供え物を出し続け、くる日もくる日も踊り続けた。踊りがだれると呪術師が叱りつけた。村人たちは叱られると気合を入れ直して、またしっかりと踊った。
 一か月が過ぎ、二か月が過ぎた。まだ雨は降らない。
 作物は実らない。食料はほとんど底を尽き、近くの山から食べられそうな草や木の根を探しては無理やりに腹へ流し込んだ。山の小動物は取り尽くし、虫でさえいとわずに食べた。
 痩せこけて骨と皮になった村人たちは栄養失調のためにばたばたと倒れ始めた。踊りの輪へ参加する人数は目に見えて減った。村人はもうしっかりと踊る気力がない。ただ惰性でふらふらと踊っている。
「なんだそのざまは! まじめに踊りなさい! 雨の神様はすぐそこまできておるんだぞ」
 ひとり、呪術師だけが気炎を吐く。呪術師はお供えのおさがりを食べる権利があったので、彼だけ健康体だった。残った村人たちは力なく呪術師を振り返る。もうろうとした村人たちの目は宙を泳いでいた。ここまでダンスして雨が一滴も降らないのでは、呪術師の祈祷に非がありそうなものだが、村人は誰も呪術師を疑わなかった。村人は素朴に呪術師を信じていた。飢えと渇きのために村人はとうとう死に始めた。
 さらに数週間が過ぎた。
 空は晴れ渡ったままだ。雨は降らない。村人たちはまるで死ぬために踊っているようなものだった。そして、とうとう最後の村人が息を引き取った。村には呪術師以外、誰もいなくなった。呪術師はがらんとした村を見渡して笑った。高笑いに笑った。
「わしは生き残った」
 ひとしきり笑った呪術師はせいせいしたとでも言いたげに満足そうな微笑みを浮かべた。
「あほどもめ。ダンスを踊ったところで雨が降るわけではなかろうに。わしにそんな力などあるはずがないわ。これまで何度か雨乞いがうまくいったのは、たまたま雨が降ってくれたからよ。これで村人すべての財産はわしのものだ。土地も家も銀の指輪も首飾りも、みんなわしだけのものだ。なによりこれだけの供え物の食糧があれば、わしはたらふく食うことができる。後のことはまたあとで考えよう」
 なんのことはない。村人の尊敬を集めた呪術師は、雨乞いのダンスという達成不可能な課題を無理やり村人へ押し付け、達成できないとやり方が悪いと罵っては責任を村人へなすりつけ、自分が肥え太って生き延びることしか考えていなかった。
 雨の神様は沈黙したままだった。


(2016年9月28日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第378話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

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