風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

なんだかなあという感じの消防訓練(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第227話)

2014年03月14日 21時54分04秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 中国広東省の勤め先で消防訓練があった。
 サイレンが鳴り、全員庭へ避難して整列する。
 消防署に指導をお願いしていたので、軍服のような濃緑色の制服を着た消防署の幹部がみんなの前に立ち、火事の際の注意事項などをいかめしく訓示した。
 避難訓練の後は消火訓練だ。
 ブリキ缶に入れた材木を燃やし、消火器を使った実地訓練を始める。まずは消防士の実演。消防士は消火器を手にしたかと思うとさっと火を消してしまう。その後、何人かの社員が入れ代わり立ち代り消火器を持って訓練をした。なかには怖がって腰が引けてしまってうまく消せない人もいたり、消したと思ったのだけど完全に消火できていなくて、再び火が燃え上がったりする人もいる。
 消防署の幹部は、
「さっき教えた消火器の使い方をきちんと守ってください。火のうえにかぶせるように消化剤をまくこと。でないと火は消えません」
 などとまたいかめしくのたまう。
 次に、ドラム缶に入れた木材を燃やした。
 庭にとまっていた消防車がサイレンを鳴らしてゆっくり走る。消防車の車体はいすゞ製。消防士の見せ場だ。
 消防士がさっと車を降り、消防車からホースを取り出して走る。日頃鍛えているだけあって、走りも素早いし、ポンプ車からドラム缶の手前まであっという間にホースを繋いでしまった。消防士がホースを構える。格好いい。ここまではよかったのだけど……。
 水が出ない。
 ポンプ車のタンクから水が出ないのだ。
 消防士はあせって操作をやり直したけど、何度やってもやっぱりだめだった。ポンプ車のエンジン音だけがむなしく響く。
 十分くらい経ち、あきらめた消防士は建物のそばの消火栓にホースを繋ぎ直した。
 今度はホースの長さが足りない。
 放水が届くかどうか微妙な距離だ。
 消防士は四十五度くらいの角度に水を打ち上げ、なんとかドラム缶に水を届かせようとする。がんばれ。さいわい、雨が降るようにばらばらとドラム缶のうえに水がかかり、ようやくのことで火が消えた。
「あかんな。保険の掛け金を増やしておこうか」
 僕のボスはぽつりと言う。
 消防署の幹部は苦しそうに顔をゆがめながら締めの挨拶をした。面目丸潰れで気が動転している。訓練の前に消防車を点検しておけば、こんな不細工なことにはならなかったのに。
 でもまあ、訓練でよかったよ。




(2013年3月15日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第227話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/
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