10月16日は「辞書の日」だそうだ。ちなみに1758年のこの日に、米国の辞書製作者ノア・ウェブスターが生誕したことを記念するものだそうだが、全然知らなかった。
インターネットもパソコン通信も無かった時代は、辞書と百科事典に頼るしかなかった。昭和48(1973)年から和文タイプや英文タイプを使って出版関係の仕事をしていたので、辞書にはずいぶんお世話になったものである。今でも持っている漢和辞典と国語辞典は1970年、英和辞典と和英辞典は1966年購入、と裏表紙に書いてある。
また、今はもう処分してしまったが、共同通信社編著の『記者ハンドブック』はずいぶん重宝したものである。『記者ハンドブック』とは、用字用語集、新聞漢字・仮名遣い、書き方の基本、記事のフォーム、新聞略語集などを収録したもので、1956年の初版から現在までに12版が発行されてる。
私がこれを使い始めたのは1975年頃からだったと思うから、もう40年も前のことである。『記者ハンドブック』は、分かりやすい表現や正しい仮名遣いを掲載しており、報道機関やメディアで文章を書く人達の標準になっているので、校正をするときにはこれがずいぶん役に立った。
今は辞書が必要になると、ネットの「漢字辞典オンライン」や「goo辞書」を利用している。本当はページを繰って探すという、手間ひまかけ簡単にすまさない方が記憶に残るのだが、ついつい簡単にすまそうとする。また、加齢とともに記憶力の低下、語彙力の低下、表現力の低下は如何ともしがたく、昨今はブログ更新にも時間がかかるようになった。パソコンがなかったらとてもブログなんて書けないだろうなあ、そう思う。
初めてホームページを開設したのは平成17年7月、ブログは同年11月28日で、gooブログを始めるまではHPで日記を書いていた。2010年に当地へ引越ししたときパソコンを新しくしたので、HP作成ソフトが使えなくなってHPの更新はやめた。10年前ブログを始めたころは毎日更新していたが、3年ほど経つと2日に1回になり、今では3日に1回と、だんだんと横着になってきた。横着というよりも、語彙力の低下、表現力低下のため文章作成に時間がかかるようになったというのが本当である。
一つの文章を書き上げるには、言葉の使い方、漢字、表現の仕方が間違っていないか注意が必要だし、取り上げた題材については参考文献を探して正しく伝えること。一番大事なのは、いい加減なことは書かない。自分が書いたことには責任を持たなくてはならない。そのためには、パソコンは私の能力低下を補ってくれる唯一無二の“秘書”的存在であり、なくてはならない生活必需品である。
昨年、認知症検査でMRI検査を受けたが、「あなたの脳年齢は50代。よく頭を使っているのでしょうね」と担当医に言われた。が、ブログ更新のたびに実感する記憶力の低下、語彙力の低下、表現力の低下を思うと、とうてい信じられないのである。それでも3日に1回、ブログ更新に頭を使うことは老化防止、ストレス解消のためでもあり、これからも長く続けていきたいと思っている。何だか辞書の話がそれてしまったようだが、パソコンの辞書、百科辞典はタダ、これほど有難いものはない。
毎日更新しないといけないという義務感に囚われると、楽しくないので。
正しい、誤った、気になる日本語、すべておまかせください」とかの明鏡国語辞典のうたい文句ではないが、自己流の言葉使用時の曖昧さに愕然として持ち出す、漢和に英和に国語に、ことわざ、形容、難読語はてさて俳句に短歌もうなんでも引かないと気になる辞書おたくかな?これがまた楽しいね。
昔はHP作製ソフトを使って面倒なHPを開設していました。が、ブログが流行りだしてからはもう個人のHPを作る人はいなくなったようですね。
その後、ミクシーなどのSNSが盛んになり、私もミクシーに入会していた時期もあります。が、今ではブログだけで十分。ほんと、義務的に書こうとするとしんどくなりますね。
辞書を本だと思って読むと楽しい、そんな事も聞きます。が、昨今は加齢のせいか、何か調べてもすぐ忘れてしまうし、小さな文字を見るとうろうろしてきます。
ボロボロになった辞書を持っている人はしっかり勉強した証拠。私の40年数年前の辞書は今でもきれいなまま、ということは…。
PCは人間を横着にしますね。
娘に小学校で使わせていたら注意されました
微妙に変化しているとか・・。
でも馴染んだ物は手放せなくて今もつかっています。最近ますます手放せなくなって大活
躍してくれています。
目だけは大事にしなきゃ
時代の変遷とともに世相も変わり、辞典にも新しい言葉がずいぶん増えているでしょうね。
新規に追加された語がないだけで別に困りはしませんけど、古い物がいいというのは辞書には当てはまらないようですね。
年寄り向けの字の大きい辞典というのはありませんかね。