学生時代は、当然、お金が無く、東京に来ても、大阪に変えるのは、東京駅を当時、23時25分に出る「普通・大垣行」だった。東京駅を出る東海道本線の終電だ。上京する時も、同じ区間を走る「上り」もあり、ラッシュ時間を避けて、午前4時半頃、東京駅着だった様に思う。
この23時25分発の電車が並ばないと座れないのである。一度油断して、発車1時間前に行ったら、ホームは長蛇の列。結局、連結器のトイレの前にしゃがんで、大阪へ向かった思い出がある。この電車は時間調整の為か、浜松に長時間停車し、今は知らないが、当時はホームにあった洗面台で、乗客が早朝みんなで顔を洗っていた。
今でも「快速ながら」になり、東京駅の出発時間は若干異なるが運転されている。新幹線の終列車に乗り遅れた人はこれに乗り、名古屋始発の新幹線に乗ると、新大阪には、翌日の東京始発の新幹線より早く着ける。
空いている時は、四人ボックスのイスの板を外して、少し斜めにして、一人で1ボックスを占領して寝たものだ。
旅に行きたい欲望が渦巻いてきた。






この23時25分発の電車が並ばないと座れないのである。一度油断して、発車1時間前に行ったら、ホームは長蛇の列。結局、連結器のトイレの前にしゃがんで、大阪へ向かった思い出がある。この電車は時間調整の為か、浜松に長時間停車し、今は知らないが、当時はホームにあった洗面台で、乗客が早朝みんなで顔を洗っていた。
今でも「快速ながら」になり、東京駅の出発時間は若干異なるが運転されている。新幹線の終列車に乗り遅れた人はこれに乗り、名古屋始発の新幹線に乗ると、新大阪には、翌日の東京始発の新幹線より早く着ける。
空いている時は、四人ボックスのイスの板を外して、少し斜めにして、一人で1ボックスを占領して寝たものだ。
旅に行きたい欲望が渦巻いてきた。





