海神奈川吹奏楽部愛好会ブログ

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【連載】吹奏楽部定期演奏会プログラムの写真がおかしい件
吹奏楽部定期演奏会プログラムの写真をきれいに撮るテクニックについて論説
【連載】吹奏楽部定期演奏会でストロボたくんじゃない!
吹奏楽部定期演奏会をクリップオンストロボたいて撮影するバカヤローがいたよ
【連載】吹奏楽部定期演奏会で見かけた困ったちゃん
吹奏楽部定期演奏会で見かけたマナーの悪い客につき考察

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出雲の記事

2006年03月18日 12時29分15秒 | 出雲廃止
昨夜は多くの鉄で東京駅10番ホームがごった返し
マスコミが取材に来ていたかどうか不詳だったが
朝日新聞と読売新聞が来ていたようだ。
朝日らしい鉄分濃い記事だねぇ。

ブルトレ「出雲」ラストラン 利用低迷で引退 (朝日新聞) - goo ニュース
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最後の出雲を見送る

2006年03月17日 21時10分00秒 | 出雲廃止
最後の出雲を東京駅で見送ってきました。鉄が多くて人垣ならぬ鉄垣の後ろから出雲最終日の騒ぎを記録するというスタンスで撮っていました。人が多くてホームを前後に移動できないからずっと10号車付近で撮っていました。
ついに2/13に乗車したオロネ25 7とは再会できぬまま廃止を迎えてしまいました。

なお、今日は113系が使用されていた列車2本がE231系に運用変更されていました。ダイヤ改正に伴う移り変わり運用なのでしょう。
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3/16夜の東京駅

2006年03月16日 22時27分16秒 | 出雲廃止
今夜も会社の帰りに東京駅に行ってきました。
多くの鉄が113系と寝台特急出雲を撮っていました。
113系の東京方のクハ111には誰が入れたのか
「さようなら/湘南電車(東)」
のサボが入れられていました。
出雲のオハネフ25には鉄が殺到しもう事前から
場所取りしてなければ撮ることは出来ません。
筆者はこれらの列車を敬礼して見送りました。
この騒ぎもいよいよ明日で最後です。
ホームで18日からSuicaがないと
グリーン券が改札内では買えなくなる旨宣伝していました。
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昨夜の東京駅

2006年03月11日 23時47分51秒 | 出雲廃止
113系と出雲を撮ろうという鉄でにぎわっていました。
これらの列車もあと六日だね(>_<)
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今夜も113系

2006年03月10日 22時47分23秒 | 出雲廃止
東京駅20:43発の921Mのモハ113に乗りました。
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今夜は寝台特急「出雲」号撮影

2006年03月07日 21時10分05秒 | 出雲廃止
 今夜は東京駅に17日限りで廃止になる寝台特急「出雲」号を撮影に行く。さる2月13日東京発の寝台特急「出雲」号A寝台個室で筆者はさよなら乗車を済ませているが、同列車への愛着は尽きない。近年ダイヤが変わるたびに寝台特急が廃止されてゆきいよいよ3月18日以降は東京駅から出る客車の寝台特急は「はやぶさ・富士」号のみになってしまう。富士はまだ未乗ゆえ廃止が決まるまえに乗りたいと思う。吹奏楽部定期演奏会が一段落する5月のGW明け実施を視野に入れて今後活動しよう。

 3/7夜、東京駅でさよならヘッドのマークシールを付けた東海道線113系と寝台特急出雲を撮った後東海道線ホームのベンチで余韻に浸っていると酔っ払った米兵?数人組に
「ヨコハマぁ?」
と声をかけられ
「Yes! トラック8」
と8番線に止まるクハE231を指差すとどやどやと乗っていった。
 その後高架の上の中央線ホームに入線してきた国鉄メークの189系を見て衝動買いしたライナー券で中央ライナー9号のモハ188-35に乗り八王子へ行く。快速にはさまれた並行ダイヤでスピードが遅かったが、三鷹・国分寺でそれぞれ快速高尾行きを追い抜くとスピードを出して走れるようになった。高架複々線化工事中の駅を見て開かずの踏み切り騒動を思い出した。八王子で下車するとEF64重連の貨物が見られた。
復路は横浜線・京浜東北線経由。
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今夜の出雲

2006年03月02日 22時52分21秒 | 出雲廃止
今夜は米子切り離しの三両がついて十一両だった
米子ゆきの方向幕を初めて見た
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ついに完結

2006年02月23日 11時36分43秒 | 出雲廃止
寝台特急出雲の旅がついに完結しました。
いやぁ内容の濃い旅でした。
吹奏楽部っ子にとっては鉄道研究の話が続いて退屈だったことでしょう。
これから吹奏楽部定期演奏会シーズンに向け
吹奏楽部話が主になってゆくことでしょう。

以上あとがきに代えて
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寝台特急出雲の旅 その9

2006年02月21日 00時02分04秒 | 出雲廃止
その9 サンライズ瀬戸の悪夢

2006/2/15 サンライズ瀬戸の入線が近づきホームに入る。サンライズ瀬戸の出る9番線だけ機回しができる配線になっていると気づいた。サンライズ瀬戸は7両編成。いつも私はサンライズ出雲と併結した姿しか見ていないので非常に短く感じられる。車内に入る。ついに乗ったサンライズ瀬戸のサロハネ285型シングルデラックス。書き物が出来る立派な机とイスのある個室寝台車。入った感想は思っていたよりも部屋が狭かった。通りかかったカレチに寝台券を見せシャワーカードやシャンプー・石鹸などのセットを受け取る。これはいい記念になる。ホームで写真を撮った後いよいよ出発。2階から対向列車の屋根を見下ろしながら走ってゆく。

 岡山で後からやってくるサンライズ出雲と併結する。サンライズ瀬戸は貫通路を開けホロを出して待ち、貫通路を開けホロを出したサンライズ出雲とサンライズ瀬戸のカレチの無線誘導で連結する。
 岡山出発後さっそくシャワーを浴びる。今日は福山市内を歩き回り汗をかいたので気持ちいい。明日下車後は仕事に行くのでこれで寝る。

2006/2/16 サンライズ瀬戸のサロハネ285型シングルデラックスで目を覚ます。本来静岡に停車している時間なのに掛川駅で止まっている。遅れているのかな? と思いつつも早朝ゆえ車内放送もないのでまた寝た。
 再び起きると横浜まで後20分という時間なのにまだ掛川駅で止まっている。これはまずい!と思った。少しして車内放送が入る。2本前を走る寝台急行銀河が車両故障を起こし静岡駅の隣の安倍川駅で立往生しているとのこと。新幹線への振替輸送を依頼しているがここ掛川からか静岡からかは未定という。
 6:48に隣の線路にいた寝台特急「出雲」が出てゆき6:50にサンライズ瀬戸・出雲が出発する。未明に通過する寝台列車が立往生したため上り普通は1本も走っていなかったようで各駅では女子高生やサラリーマンたちがホームを埋めていた。静岡からこだま560号限定で振替輸送をするそうなのでこれから仕事に行かねばならない身の上としては泣く泣くサロハネ285型シングルデラックスを捨て静岡で下車する。ホームにいる女子高生が普通電車の来ないイライラでサンライズ瀬戸から降りてきた私に非難するかのような視線を浴びせた。新幹線改札で振り替え輸送票を受け取るがなんと自由席に乗れとのこと。JR東海のサロハネ285-3001 海カキに乗っていた客に対してひどい仕打ちではないか。私はA寝台に乗っていたのだからグリーン車に振り返るのが当然であろう。改札で指定券をもらえると思っていた私はひどくこの対応にがっかりした。新幹線のホームから私を降ろしたサンライズ瀬戸は東京に向けて走っていくのが見えた。おそらくJR東日本の過密ダイヤに割り込むタイミングを計るため三島か函南で長時間止められたことだから一体何時に東京駅に着いたのやら。ホームに上がるとひかりもいたのにこだま560号の自由席限定というのはせこすぎる。
 東京よりの車両を狙ったせいかこだま560号には首尾よくすわれた。しかし三島からは通勤客が乗ってきて混雑してくる。このブログを書いていた借り物の携帯電話の電池は尽き会社に遅刻すると電話をかけに公衆電話にゆくとかつては2両に1台あったのに4両に1台に減らされていた。街の公衆電話も激減しており携帯電話を持たない人の通信チャンスの低下は問題だと思う。
 東京駅に着くと精算所でサンライズ瀬戸の特急料金の払い戻しが行われている。まず、サンライズ瀬戸は運転取り止めではないので寝台料金の払い戻しはない。せっかくのシングルデラックス券が手元に残らないのは残念だがクレジットカードで買ったにもかかわらず即金にて特急料金3150円返してくれこの迅速な対応は高く評価している。

 所定の東京着に比べ約1時間長く個室にいられたからよしとするか。
遅れで特急券払い戻しに遭遇するのは初めてだ。
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寝台特急出雲の旅 その8

2006年02月21日 00時01分00秒 | 出雲廃止
その8 高松へ海を渡る

2006/2/15 神辺12:22発のクモハ105-7に乗って福山へ移動。福山城の隅櫓をバックにクモハ105を撮り雨上がりの福山で郵便局を5局貯金してめぐる。ちょうど福山城を一周するようなコースだ。全部で4Kmは歩いただろうか。結構疲れた。福山駅であなごめしを買い、福山からモハ115-2006 岡オカに乗って岡山に向かう。車内はリニューアルされていてよくわからないがこの2000番台というのは身延線用の低屋根のグループなのだろうか? 車内であなごめしを食べる。煮あなごを茶飯の上に載っていてやわらかくてうまい。

 岡山に着く。ここで家へのおみやげを買う。コンコースの階段の下に岡本太郎が1972年に制作した「躍進」というレリーフがあるけれど誰も見向きもしないのが残念だ。コンコースで何気なく売っていたあなごずしを買う。押しずしらしい。岡山16:13のマリンライナー45号に乗る。下校時間でもありそこそこ混んでいる。車両はJR四国の5006。大元付近が高架化されていた。茶屋町16:32宇野ゆきクモハ213-3に乗る。2両編成でワンマン改造がされている。中間に連結されていたサハ213は廃車になったのだろうか? 備讃ライナー時代に走り慣れた古巣にもどったという感じだ。彦崎駅の長い有効長が宇野が四国の玄関口だったころをしのばせる。ここを24系客車の瀬戸も走ったのだ。

 宇野に着きフェリー乗り場に向かう。いろいろな行き先のフェリー乗り場が並んでいる。いつも利用する宇高(うたか)国道フェリーまで歩くのが億劫だったので今回は四国フェリーに乗る。四国フェリーは以前一度乗ったことがあるような気がするが、いつの間にか本四フェリーと共同運行になり宇野-高松航路は3社から2グループでしのぎを削るようになっていた。以前乗ったことのある下津井-丸亀航路など知らないうちに消えたフェリーが多いことに今回の旅を計画するに当たり気が付いた。やはりみんな瀬戸大橋を渡るのだろうか? 宇野17:16の高松ゆきは第八十五玉高丸(四国フェリー)でゆっくり後進離岸して出港する。夜間航行になるので客室全面のカーテンは閉められている。雨が降ったり止んだりの天気なので視界が悪くレーダーがなかったら欠航しているところだろう。瀬戸内海を東西に航行する船はかなり多くそれをかわしながらの航行は神経を使うことだろう。船内売店では讃岐うどんを売っており宇高連絡船のデッキで売っていた讃岐うどんをしのばせる。かもめが船の回りを飛んでゆく。約1時間で高松の町の灯が見えてきて船尾から着岸した。

 しとしと雨の降る中コトデンの高松築港駅にゆく。新装してから初めて高松築港駅に来たが前に比べてかなりコンパクトになったという印象だ。元 京浜急行1000系が黄色く塗られて止まっている。自動改札機があるが、これは同社のICカードIruCaの読み取り専用で乗車券を入れる口がない。青緑のこの自動改札機は京浜急行と同型同色なのであたかも京浜急行の小島新田駅あたりにいるような錯覚を覚える。
 新装なったJR高松駅に行く。広々としたコンコースに頭端式のホームはヨーロッパのターミナル駅を思わせる。入場券を買って入りキハ47.58.65、1000、マリンライナー、113系を撮る。キハ58.65がまだ残っていたとは感激だ。乗れないのが惜しい。各普通列車にはNHK大河ドラマ 功名が辻のヘッドマークがついている。コンコースにある連絡船うどんを食べた。せっかく四国に来たのに短時間で撤退するのはもったいなく思う。
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寝台特急出雲の旅 その7

2006年02月18日 23時33分25秒 | 出雲廃止
その7 井原鉄道初乗り

2006/2/15 岡山8:46の伯備線普通列車でモハ115-3506に乗れた。これはモハ117からの改造編入車でありシートは交換されているものの窓割りにタネ車の面影が見える。ドア付近がロングシート化されドアの開閉ボタンがついた。岡山の車両基地に救援車代用のマニ50とワキ5000、14系15型寝台車が留置されている。倉敷で水島臨海鉄道の国鉄一般色のキハ20が見えた。清音で下車。ここは伯備線上下本線の間に中線があり上り本線と中線が島式ホームになっているレイアウトの駅で、島式ホームの倉敷寄りを井原鉄道ホームとして仕切ってあり総社-清音間で第1種区間として両社の列車が走るけれど乗客が混じらないよう完全に分離されているのだ。
 清音9:34発の神辺ゆきに乗る。沿線には古墳とおぼしき丘が見えて古代の吉備勢力の大きさを感じる。当初井原で下車するつもりで清音でここまできっぷを買ってきたけれど以前井笠鉄道の廃線跡を追って井原の町に来たことがあるのでやめて神辺まで行くことに決めたが、御領駅前に郵便局があるのを見て記まぐれ下車。郵便局で貯金したあと次の列車まで井原鉄道の高架沿いに歩いていると塀の上から人なつっこい犬が2匹顔をのぞかせていた。
 御領11:07発の神辺ゆきに乗る。神辺で下車すると小雨が降っている。井原鉄道はJRとは別の駅舎だ。JR神辺駅に行くと広島県立府中東高校吹奏楽部定期演奏会のポスターが貼ってある。神辺で郵便局を2局貯金する。神辺駅の近くには古い町屋が残り風情があるが、狭い道を車がたくさん通るのでとても危険だ。神辺郵便局でEXパック500を買って不要なものを入るだけ詰めて正午頃自宅に送った。すると翌日の夜帰宅するともう着いていた。じつに早い。あらかじめEXパック500を買っておいて旅先で不要なものをポストにいれてゆけばかなり荷物の軽量化が図れるのではないだろうか。
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寝台特急出雲の旅 その6

2006年02月18日 23時27分48秒 | 出雲廃止
その6 朝の津山線

2006/2/15 津山の朝は寒い。津山駅にゆき7:07発の岡山ゆきに乗るとキハ48 5-キハ48 6-キハ40 2048 の3両編成でこの旅初めての国鉄ディーゼルカーなのでとても嬉しい。キハ48は岡オカでキハ40は岡ツヤだ。岡オカのキハ48は広島・山口県辺りにもいるような黄色い塗装で岡ツヤは灰色っぽいクリーム色の裾に茶色のラインの塗装だ。車内は通勤客や高校生が多いが東京の朝の列車に比べればガラスキといっていいくらいの乗車だ。霧で視界はよくないけれど津山線は機関直結で元気に走る。亀甲駅で有名な亀形駅舎を見られた。降りてじっくり見るだけの停車時間がないのが残念だ。弓削駅に着く。ここはかつて天皇の座を狙った弓削道鏡と何か関係のある地なのだろうか。津山線はロングレールではないので短尺レールのタタン タタンという響きが鉄道らしくてよい。神奈川ならぬ金川(かながわ)駅に着く。京浜急行の神奈川駅から金川駅までの旅というのもおもしろそうだ。岡山から一駅だけの区間運転のある法界院駅は住宅地の真ん中にある。住人が多いから区間運転を走らせているのか。岡山駅に着くと大改良工事中で8:30を回り会社に急ぐサラリーマンやOLたちが足早に地下道に消えていった。
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寝台特急出雲の旅 その5

2006年02月18日 23時20分23秒 | 出雲廃止
その5 姫新線下校列車

2006/2/14 新見駅で改札前のベンチに座ってブログを書いていると向かいのベンチに女子高生が(名前を知らないので仮にB子としよう)すわる。彼女も津山ゆき姫新線に乗るみたいで、列車本数が少ないから毎日の通学も大変だなぁと思う。
 津山ゆきが入線してきてキハ120 337に乗り込めば岡オカの車両でもう岡山も近いと実感する。B子もロングシートの向かい側にすわっていた。他にも高校生がたくさん乗っている。新見の女子高生たちは意外とおとなしい。岩山はシブい木造駅舎である。刑部で大量下車があるがB子は降りない。ここで対向列車と交換。その後無数の倒木が散乱する斜面の下を徐行しながら通過するときこぇーっと思った。大阪からの急行みささの終点だった中国勝山に着くと別の高校生たちが乗ってくる。この子たちはにぎやかだ。その先のK駅でB子は降りていった。新見から一時間もかけて通学しているなんて大変だなぁと思いつつ見送った。この先も高校生たちの乗降をくり返し終点の津山に着いた。もうすっかりと暮れていて駅前には迎えの車を待つ女子高生たちが点々と立っているのがおもしろい。駅前のホテルに入る前に夕御飯を食べる店を捜しに商店街にゆけば数件の飲食店を除いてみんなシャッター下ろしていたのにはびっくりした。結局駅前のホテルに投宿した後その1階にあるファミリーレストランでホイル包みハンバーグと赤ワインで夕食にした。夕食の後に津山駅に行くと駅員が「お帰りなさーい」と乗客たちを迎えていたのが印象に残った。
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寝台特急出雲の旅 その4

2006年02月18日 23時18分38秒 | 出雲廃止
その4 芸備線末端区間

2006/2/14 いつも時刻表を見ていてこの芸備線末端区間(備後落合-備中神代)は列車の本数も少なくいったいどんなところなのかずっと気になっていた。初めて乗ることができて嬉しい。山の中を行くのだが木の枝がバシバシ窓ガラスに当たる。ちゃんと伐採しないとね。[15]の制限速度の標識があり急斜面の下をなだれを起こさぬようにそーっと走って行く。徐行するから新見着の遅れが気になる。平野に降りるとスピードを出して普通に走る。東城は木造駅舎である。備中神代で伯備線と合流する。複雑に線路が分岐するのと思っていたが、分岐駅として最低限のレイアウトでまとめてあるのには驚いた。D51 3重連で有名だった布原は1両分だけのホームがあるのみで駅に昇格しても信号場時代とほとんど変わっていないのだろう。伯備線の電車は1両だけドアを開くのかな。
 新見に到着。小雨降るなかAと新見郵便局に行って旅行貯金。やくも+のぞみで名古屋に帰るAとはここでお別れ。改札を抜けて行くAに手を振って別れを惜しんだ。
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寝台特急出雲の旅 その3

2006年02月18日 13時20分04秒 | 出雲廃止
2006/2/14 木次線1447Dは出雲横田-備後落合がなだれで不通のおそれにより出雲横田ゆき。キハ120 2+208の2連だが、208は回送扱い。宍道駅にて運転士がジャンボタクシー代行区間の先の備後落合で接続を取るため各乗客の目的地を聞いて回る。無線連絡によれば、新見方面が私とA、広島方面が二人と四人しか代行タクシーに乗らない。加茂中で上りと交換し、出雲大東で6人降りる。時刻表で見て出雲大東ってどんなところだろうとずっと思っていたので来ることが出来てうれしい。出雲大東は特徴のない田舎町であった。次の南大東は沖縄県の島みたいだ。砂の器でおなじみの亀嵩駅の手前に大鉄局 梅田駅常備の妻が緑色のワキ10000が2両車輪付きで置いてあるのが見えた。亀嵩駅に着き鉄が2名下車。駅の蕎麦屋も有名でありそれを食べに来たのかと思う。しかし後で代行タクシーの中で聞いた話では火曜日は蕎麦屋の休業日とのこと。2006/2/12の読売新聞日曜版にも当駅が紹介されていたので大変に興味深かった。木次9分停車。木次線のディーゼルカーの車庫がある。ここから運転席横に保線区員2名が添乗する。山間の勾配区間に入る。急な斜面の下は列車の振動で雪崩を起こさぬよう15キロ/hに徐行し、保線区員2名が斜面の上やカーブの先を鋭い目つきで警戒しながらおっかなびっくり走る。

 出雲横田からの代行ジャンボタクシーに乗り継ぐ。乗客4人は全員鉄でJR西日本の運転士とタクシー運転手の6人で出発。道路は除雪されておりその作業帰りのホィールローダーとすれちがう他は対向車もない。列車代行バスなので駅に着くとJR西日本の運転士が駅の待合室に人がいないか確認して次の駅に進む。スイッチバックでおなじみの出雲坂根では列車のダイヤより早着したため10分くらい止まるというので鉄4人は大喜びでゆきに埋まる駅構内に入り撮影し、延命水で喉をうるおす。添乗のJR西日本の運転士によれば、昨年12月からなだれの恐れがあるので木次線の出雲横田-備後落合間がなだれで不通のおそれによりタクシー代行になっているそうだ。なぜに亀戸駅で木次線経由の乗車券を買ったとき代行輸送について知らせてくれなかったのか?! 東京都区内の駅にも掲示されていた様子はなかった。会社間の情報の伝達に問題があると感じる。道路のおろちループを越えて三井野原駅へ。勾配を避け大回りする列車よりも早く着いたのでここでも約10分止まり鉄たちは撮影タイムとする。JR西日本の運転士によれば、一時は雪に埋もれ駅が見えなくなっていたそうだから驚きだ。「かつては三井野原スキー号が走っていましたねぇ」とJR西日本の運転士と話す。
 その後車内でAと今日の代行輸送客は全員鉄で地元の用務客が全くいない。途中駅からは誰も乗って来なかった事もあり、木次線が廃止になってもおかしくないよなと話す。バスでなくジャンボタクシーで事足りてしまう輸送量がそう感じさせる。ディーゼルカーを走らせるよりもジャンボタクシーをチャーターして代行輸送するほうが経費がかからないかもしれない。木次線は平行する道路が未整備で生き残ったが、おろちループのある立派な道が開通しそっちを走るほうが所用時間も短いのでは完全に鉄道としての使命を終えた感がある。
 備後落合には新見ゆきの芸備線が出発する1分前に到着し私とAがキハ120 359に乗り込む。三次方面にはあと2人の鉄が乗り継いだ。新見ゆきは遅れなしで出発できた。
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