辻:それと、問題は「先生がいわれたことに文上と文底がある」などということが、まだいわれることがあります。「先生はこうおっしゃっているが、ほんとうは早朝勤行をやってもよい」などと。そういうことは、指導上はっきりやめさせるべきですね。
会長:それはそうです。たとえば本部で会合は九時半まで、早朝勤行はしてはならない、日曜の会合は九時からと決定していることに対して「それは文上だ。文底は、大闘争のためには十時、十一時までやってよいのだ」などと勝手な解釈をして後輩を引っ張っていく。
それは、自分がやりたいことを正当づけていこうとする我見の行き方です。文底というのは、信心のうえにいうべきことばで、決して乱用してはなりません。
辻:学会の指導には、文上も文底もない、そのままうけて実践すべきですね。
会長:そういう指導をする幹部がいたら、これはいうことを聞く必要はありません。各本部長に報告してください。
《会長講演集 第12巻 P.211》
…………………………
昭和39年7月7日の聖教新聞に掲載されたもの。
特に戒めとしていかなければならないのは、「それは、自分がやりたいことを正当づけていこうとする我見の行き方です」という部分。
私が陥りやすいところだと思う。
会長:それはそうです。たとえば本部で会合は九時半まで、早朝勤行はしてはならない、日曜の会合は九時からと決定していることに対して「それは文上だ。文底は、大闘争のためには十時、十一時までやってよいのだ」などと勝手な解釈をして後輩を引っ張っていく。
それは、自分がやりたいことを正当づけていこうとする我見の行き方です。文底というのは、信心のうえにいうべきことばで、決して乱用してはなりません。
辻:学会の指導には、文上も文底もない、そのままうけて実践すべきですね。
会長:そういう指導をする幹部がいたら、これはいうことを聞く必要はありません。各本部長に報告してください。
《会長講演集 第12巻 P.211》
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昭和39年7月7日の聖教新聞に掲載されたもの。
特に戒めとしていかなければならないのは、「それは、自分がやりたいことを正当づけていこうとする我見の行き方です」という部分。
私が陥りやすいところだと思う。
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