みみずのしゃっくり

みみずのしゃっくりのように役に立たないことを不定期に書き込むブログ。
専属スターはいませんが、猫っぽい内容です。

ななみみず前身「みみざこ連」




仔ニャンコ・仔ワンコが新たなお家に迎えられるには、いつ頃が良いのでしょうか?
いわゆる「8週齢」問題については、こちらをご覧ください。六つ子の仔猫の動画もあります。

最新記事は、この下です↓
通常1日おきに更新の予定ですが、2日おき、あるいは3日おきになることもあるかも・・・(^v^;)

PCわんにゃん

2019-08-21 | かりいぬ

前回のすんすん仔猫ちゃんは、やがて、このようにPCを駆使するようになるでしょう





大分前にネット検索で見つけた写真ですが、いかにも、メカに強い犬さんと猫さんがPCを駆使している感じ

ワンニャン用DVDなどのある時代、ひょっとしてペット用PCも開発されたりして・・・



「かりねこ」が多いので、カテゴリーは「かりいぬ」になっております







コメント

すんすん仔猫

2019-08-18 | かりねこ

これは何だろう?とスンスン鼻チェックする仔猫ちゃん
(ネット検索中に発見)





尻尾が下がっているし、腰が引けてるようですが、探究心はありますね


こういう仔猫ちゃんは、きっと・・・ (続く、でも乞無期待









コメント

8月15日

2019-08-15 | その他

8月15日と言えばキリスト教圏ではマリア被昇天の日で、多くの国で休日となっています。
キリスト教祝日の多くが移動祝日であるのに対し、8月15日は固定休日です。
これは古代ローマ帝国のフェラゴストアウグストゥス皇帝の休日)に遡り、キリスト教普及に伴い、マリア被昇天日とされたようです。
イタリアではこの伝統が今日まで続き、最も重要な夏の休日となっています。




ウィキ・フリー画像でイタリアの夏のイメージ写真:シチリア、タオルミーナ近くの海水浴場


ちょっと古くなりますが6月19日のNZZには「子供の天国・親にとっては悪夢」という記事が載りました。(以下は内容の要点)

イタリアの学校の夏休みは、概ね6月10日から9月15日までです。3ヵ月もあるのです。
イタリアが統一国家となって以降の学校制度では、夏休みは2ヵ月で、今日のヨーロッパの多くの国々と同様の期間でした。
しかし第二次世界大戦中にロジスティクスの困難から3ヵ月に拡大されました。
これは戦時中の暫定措置のはずでしたが、戦後もそのまま続行されて現在に至ります。

親も夏の有給休暇をとりますが、それでも夏の3ヵ月、子供たちの毎日を有意義に管理するのは困難です。それで子供たちのためのサマーキャンプを提供するビジネスが発展し、その内容や料金も多種多様です。
優秀なサマーキャンプは料金が高く、このため親の収入格差が子供たちの夏休み格差となっています。夏休み短縮の提言もされていますが、まだ変革の見通しは立っていません。


      

日本で8月15日が終戦の日として定着しているのは、いわゆる玉音放送のあった日だからでしょう。

英語ウィキ:National Memorial Service for War Dead

関連記事
イタリアの降伏
終戦の日


      

聖母被昇天に関する以前の記事:パイロット祭

昨年のモランディ橋崩落から1年:以前の関連記事





コメント

わんにゃんぶり

2019-08-12 | ことば

かなり知名度の高い英語の慣用句





It's raining cats and dogs.

ご存知の通りモーレツな豪雨のことです。ドイツ語の推定説明では、北欧神オーディン(嵐の神)がオオカミを従えていることからの連想ですが、これでは猫さんが出てきません。北欧の女神フレイヤが猫さんの引く乗り物を持っているということなので、この猫さんかも知れません。

ドイツ語の、もうひとつの推定説明によれば、豪雨のときには屋根から猫さんが落ちてくるから。しかし豪雨で屋根から流されるような猫さんは相当なドジですし、屋根から犬さんが落ちてくることもないでしょう。

でも、ネット検索で見つけた上のイラストのように、降雨のモーレツさは良く表現されていると思います。

ちょっと検索したところ他の言語では、こんなユニークな慣用句はありません。ドイツ語でも「バケツをひっくりかえしたような」という形容はありますが、ちっとも面白くありません。
「土砂降り」より「犬猫降り」の方が可愛いですね






コメント

20世紀の傷跡

2019-08-09 | その他

今年も巡ってきた広島と長崎の日。

以前のボログ記事末尾にも書いたとおり、広島と長崎への原爆投下は、戦争を早く終わらせるためでもなく、戦死者を少なくするためでもなく、ソ連に対するアメリカの「攻撃」でした。
日ソ不可侵条約を結んでいたソ連を、対日参戦に踏み切らせるという意図もあったようです。
(日本が早晩無条件降伏することは明らかで、原爆は逆に全く不要の膨大な犠牲者を生み出しただけです。)

追記:「ソ連を対日参戦に踏み切らせる」とは、アメリカ軍の追加投入無しに更に日本に打撃を与えるという目的だったと思います。

ヨーロッパでは既に1945年5月ドイツが無条件降伏し、ソ連軍はドイツ東部、オーストリア東端まで進出していました。アメリカは戦後処理においてソ連の介入を許さないため、日本を単独占領しようとしていたことは確かです。他方、8月6日広島に原爆が投下されると、ソ連としては極東戦線でも自己主張するため、日本軍を攻撃する差し迫った必要を感じ取ったのでしょう。8月9日にソ連軍は日本軍攻撃を開始しました。長崎への原爆投下の日だったのは偶然だと思います。

宮崎効果に書いたとおり、私はカリウスの「泥まみれの虎」(英訳版)を読みました。その中に書かれていた極めて印象的なことは、当時のドイツ軍兵士がソ連に占領されることを恐れ、東部戦線では必死で戦ったこと、逆に戦争末期の西部戦線では、アメリカとイギリスに占領されることを望んで、大半の兵士が殆ど戦っていないことです。カリウスはその中でも真面目に戦った少数派のひとりです。


冷戦というのは、実際の戦闘がない「第三次世界大戦」でした。
下のグラフはアメリカ(藤色)とソ連(橙色)の核兵器保有量の推移です。
本格的な戦争(戦闘)無しに、軍備拡張競争が続きました。


出典:ドイツ語ウィキ


そもそも、アメリカ、イギリスなどがヒトラー台頭を容認していたのは、ナチス・ドイツがソ連に対する防波堤になるという思惑からでした。これに乗じてヒトラーは侵略戦争を開始しました。ヒトラーの台頭を許した本質的原因は第一次大戦・戦後処理の不備ヴェルサイユ条約です。

第二次大戦中、アメリカのみならずドイツ、ソ連も原爆開発に取り組んでいました。日本でも核兵器開発が進められていたのです。
当時アメリカが最も恐れていたのはナチス・ドイツが原爆を獲得することでした。
上のグラフで分かるように、冷戦の一時期にはソ連の核兵器保有量がアメリカを上回りました。しかし持続的軍拡競争による両国の経済的負担は大きく、結局ソ連の崩壊へとつながりました。






上の写真は長崎ではありません。1937年、ドイツ空軍の爆撃で破壊されたゲルニカです。
フランコ軍を支援したドイツ空軍のゲルニカ爆撃も、冷戦における主導権を握ろうとしたアメリカの原爆投下も、いずれも人道的犯罪であることは明白です。

ピカソの絵画ゲルニカ

以前の長崎記事:長崎物語

色々検索していて、非常に詳細な記事を発見しました。
長いので、核心部分のみリンクしました。トルーマンは何故原爆投下を決断したか?

核兵器の歴史





コメント