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続・黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

上野国山上・葛塚城堀之内に住んでます。ひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

彦九郎が立ち寄った上田の大日堂

2023-07-24 13:29:36 | 早川物語2

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出て、蕨沢川の東のくねくね道を歩いてきました。

赤城山は、姿を見せてます。

田んぼの稲は、生長しています。

 

堀之内に戻り、ミーナちゃんちの石垣で情報収集です。

この石は、古墳の石です。

ここらへんは、古墳がいっぱいあったようです。

たくさんの石が、庭石として利用されています。

 

早く帰って、御飯にしましょう

 

 

 

 

7月2日、早川が国道17号線をくぐる地点を散策してきました

 

この日、帰りに国道17号線に乗って大国神社の信号で左折、ちょっと寄道です。

紫陽花もまだ咲いてるし、初詣の時は石幢をあまりよく意識していませんでした。

大国神社の石幢を確認して行きます

六道輪廻というけれど、6度も生まれ変わって苦行しなければ極楽往生出来ないなんて疲れすぎ

少しでも、苦行が軽くなるのは誰でも願う所です。

 

お正月に上野国・五之宮と言うことで参拝し御朱印も戴いてます。

紫陽花の季節もいいですね

脇からの参道も、紫陽花の小径です

昔からの品種だけ植わっているどこかの公園と違って、ブランドものの新しい品種です

 

石幢です。

ここにあったのではなく、近くの御手洗池跡から出てきたのですね。

上で燈をともして、願いを込めて輪を廻したのかな?

 

拝殿で、2礼2拍1礼です。

さようなら、又来ます

 

 

大国神社の裏の道(県道292号線)を、しばらく走ります。

あれ、大日如来堂ですって

ちょっと寄っていきます

あれ、六地蔵さんだ

 

多くはないけれど、垢抜けた(?)石造物です

 

大日如来さん、お目にかかれるかな?

金色に輝く大日如来です

合掌

 

お堂裏にも、若干の石造物です。

如意輪観音さん、割れてなければ美人なのに

 

この大日堂については、検索しても分かりません

ただ、『東村誌』(群馬県佐波郡東村 昭和54)に、写真が1枚だけ載ってます

「高山彦九郎日記に出る上田の大日堂」とだけあります。

他にはいっさい解説はありません。

彦九郎さん、この辺りも歩いた記録が残ってるのかな?

作品名も載せて欲しかったなあ

 

 

 

 

 

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続・国道17号線をくぐって

2023-07-18 17:33:04 | 早川物語2

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、天神田(字天神の田んぼ)から、字塚越(つかごし)を通って堀之内に戻ります。

道ばたの黄色い花がきれいです

でも、暑いよう

 

塚越の庚申塚古墳を通ります。

あれ、草刈りがしてある

祈りの造形が、日の光を浴びてます。

双体道祖神さん、お久しぶりです

この古墳の南は、昔は宿(しゅく)といって、商店が建ち並んでいたとか

 

 

 

早川沿いの自転車道から、県道315号線に出ます。

県道には自転車道があります。

ライダーさんも活用中です。

国道17号線(上武道路)をくぐります。

 

早川も、くぐってます

静かな流れです。

 

行く手に見えるのは、国道354号線です。

ここは三ツ木アンダーと名前があります。

三ツ木アンダーで、国道354号線をくぐります。

 

早川の土手に登ってみます

向こう(下流)に、三ツ木橋が見えます。

最近、何度も渡ってます

 

振り返って、354号線下の早川の流れです。

 

 

 

下流の三ツ木橋と県道315号線を見ながら戻ります

 

早川沿いの自転車道を戻ります。

左に見える森は、なんとなく鎮守の杜の雰囲気です

森の脇を早川に流れ込む小川があります。

森には社のようなものはないようです

 

 

車を止めた芝生公園が見えてきました。

ちょっと違う道を帰りましょう。

土手脇に調節池のようものかな?

ガマかな?

国道17号線が見えます。

早川のこちら側に、こんな景色がひろがっていたなんて

 

右の道を降りてきました。

水路が複雑に走ってるみたいです。

 

ガマの穂を見ながら帰ります。

 

駐車してある下田中芝生公園に戻りました

ところで下田中(しもだなか)って、新田でしたよね

 

『新田町誌基礎資料第8号 村々の沿革と絵図』(平成3 新田町誌刊行委員会)に、古い下田中の絵図があります。

下田中は、早川と石田川に挟まれた村だったのです。

石田川も蛇行していますけど、早川の蛇行は大きい

早川沿いには、庚申塚・諏訪などのパワースポットあったのです

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国道17号線をくぐって

2023-07-17 13:16:14 | 早川物語2

昨夜は、激しい雷雨に見舞われました

ひめちゃんは、お家に入れてと大騒ぎです。

でも、サークルのドアを開けたりするわけには行きません。

パニックになって、裏の道に飛び出したりしたら大変です

おかあさんは、サークルの側で、「大丈夫よ」としばらくの付き添いです。

タバサねーちゃんは、騒がずに静かです

同じ両親から忌まれたのに、雷反応も全く異なります。

 

今朝は、早朝から猛烈な暑さです

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ました。

タバサちゃん、側溝の上でジャンプです

 

諏訪神社の向こうの沼まで行きました。

沼には誰もいなくて、水は濁ってました。

 

暑すぎて、ここからUターンです。

今夜も心配だね

今朝は、除草剤を撒いてる人の姿はありません。

でも、お薬気を付けようね

 

 

 

新里町奥沢の山奥から流れ出した早川は南に流れ、淵名の大国神社東あたりから国道17号線(上武道路)にそって東南に流れます。

 

そして三ツ木のあたりで17号線をくぐり、南に進路を変えます。

7月2日、この進路変更地点を確認に出かけました

国道17号線を西今井のあたりで右折、橋を渡ると公園があります。

下田中芝生公園です。

誰もいないと思いきや、何人もの人です

けっこう利用されているようです。

あの高いネットをはったゴルフ場、三ツ木橋の側です

 

川縁で早川の流れを確認です。

濁ってるけど、水量あります

 

見下ろして公園です。

何があるという訳ではないけれど、ゆとりの空間です

 

川沿いの自転車道を歩いて、早川と共に国道17号線をくぐってみましょう

ちょっとお疲れの自転車道かな?

 

早川は曲がり始めます

 

自転車道反対側の景色です。

よくあの青い道路標示の所を通ってます

 

曲がってます

もうじき、17号線をくぐります。

上の道をいつも通っていたんだ

あれ、自転車道が終わりそうです

自転車道は終わりそうです。

振り返って、自転車道です。

 

県道へ降ります。

この道は県道315号線、三ツ木橋東に出る道です。

県道に自転車道です

国道17号線をくぐります

 

 

 

(つづく)

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湯殿一世之行人・源海(東光院法楽寺)

2023-07-15 16:50:15 | 早川物語2

雨上がりを待って、少し遅めの朝散歩です。

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内の西に出ます。

マリーゴールド、土もほとんどないところにしっかり咲いてます

「雨が降ってくるといやだから、近回りで帰ろうよ

 

堀之内の端を歩いてきました。

あれ、アオサギだ

カメラが間に合いません

朝ご飯探していたのかな?

この道の右は堀之内、左は東芝(ひがししば)です。

山上の字(やまがみのあざ)もいっぱいあるね

 

 

 

6月12日、庶民の湯治場としてにぎわった、女塚鉱泉(おなづかこうせん)の記憶を確認できました

帰りは、東光院法楽寺に寄ります。

 

「女塚薬師鉱泉縁起」に、「この地の東光院住職玄海大僧正はこの水は飲み水には適さないが、暖めて入浴すれば万病に効果があると教えたのが始まりと聞いております。」とありました

 

『世良田村旧蹟案内』(昭和11年、世良田村誌編纂会)には、

                      
大字女塚の北方にあり。薬王山東光院法楽寺と称す。新義真言宗にして、大字世良田総持寺の末寺なり。開創年月は詳ならず。
安永年間、毛呂権蔵の筆記に曰く。
女塚の法楽寺は総持寺の寺中東光院とす。慶安二年に寺号を改め、今の地に移す。元は高橋の西、道の北に屋敷あり。今に其時の住持源海という人の墳あり。夫故高橋の西北の畠を源海といふ。
境内に先住の石塔五基あり、内宝塔形の一基に「湯殿一世之行人源海」と標題し。左右に「元和元年十一月廿九日」と刻す。是れ右に述ぶる所の住持源海なるべし。また卵塔の一基に「法印俊海不生安永七戌戌八月籾二日」と標題し、表面に「当寺建立寛心」と刻す。思ふに此建立とは、再建の意味にして創建の意味には非ざるべし。

境内別に法印重英の廟所あり。重英は正徳享保頃の当寺住持にして常に四方に巡錫し、囚人の疾病災難に悩む者あれば、加持祈祷を施して直ちに厄災を去らしむ。世人因て祈祷坊と称したり。

 

 

行きに素通りしてあるので、迷うことなく到着です。

祈祷法印開山堂ですって

もう女塚鉱泉との係わりは、忘れてしまったのかな?

玄海(源海)さんの記憶は、忘れられてしまったのかな?

 

真っ赤な屋根の本堂です。

隣に神社があります。

どこから入って、参拝しよう

ちょっと拒否されてる感じ

 

隣の元気な神社から参拝しましょう。

女塚稲荷大明神です。

2礼2拍1礼です

 

さて、本堂前で合掌です

建物はクラシックでいい感じなのですけど、隣の庫裏らしいところに声は掛けにくい

 

後ろの開山堂を覗きます。

祈祷法印・重英さんの廟所です。

合掌

 

開山道の脇には、歴住の墓標かな?

合掌

塔婆の立ってるところが気になります

うっかり確認してきませんでした

玄海(源海)さんお墓標かも。

今度行ったら、しっかり確認しましょう

 

 

裏には、東武鉄道伊勢崎線が走ります。

踏切を渡って左に、大きな墓地があります。

 

 

石造物の皆さんに、さようならです

ここは、佐波郡境町女塚(さわぐんさかいまちおなづか)でした

昭和30年迄は、新田郡世良田村大字女塚でした

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女塚薬師鉱泉

2023-07-11 17:06:05 | 早川物語2

6時前なのに猛烈な日射しです

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内の西を歩いてきました。

赤城山は霞んでます。

 

帰道になると、タバサねーちゃんは、元気に歩きます

 

朝ご飯の後、歯磨きガムを食べるひめちゃんです。

器用に両手でガムをつかんでます

 

 

 

『世良田村旧蹟案内』(昭和11年、世良田村誌編纂会)の作成された頃、世良田村女塚(おなづか)の女塚鉱泉は現役で賑わっていたようです

村の西の方に、薬師湯と温泉マークがあります

女塚を東北に走る道は、旧例幣使街道と重なりそうです。

女塚の南を走る道は、かつての国道354号線、現在の県道142号線です。

 

鉱泉は今では存在しないようですけど、薬師堂があると言うことです

6月12日、確認に出かけてみました。

 

だいたい見当を付けて出かけたのですけど、なかなか見つかりません。

諦めかけた時、お堂の脇に出ました

わずかな駐車スペースはあります

 

お堂の正面に廻ります。

 

「女塚薬師の道しるべ」ですって

道しるべと薬師堂は、本来は離れていたのかな?

設置者名はどうして消えてるのかな

 

確かに日光の文字はあります。

本来は何処にあったんだろう?

 

 

さて、参拝です。

薬師様に逢えるかな

 

 

ドアが開きます。

直接のご対面が叶いました

合掌

 

堂内には、奉納された絵画があります

女塚鉱泉の記憶です

 

「女塚薬師鉱泉縁起」のプリントがあります。

いただきます

江戸時代から昭和の戦後まで、庶民の湯治に人気だったのです

国道354号線(現県道142号線)には、女塚鉱泉入り口のバス停もあったんですか

いただいた縁起をよくよく見ると、さっきの井戸の跡は源泉です

感激

 

東には、早川が流れます。

ちょっと行ってみましょう。

 

上流の流れです。

あの高いネットのあたり、三ツ木橋です。

 

下流の流れです。

右上に見えるお寺は、新田氏館跡という総持寺です。

 

新里の奥沢の山奥から流れ出した早川、その早川沿いに庶民に人気だった鉱泉があったのです

 

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