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昔の今日は何があったのでしょうか?ちょっとのぞいてみましょう。

サリドマイド薬害の原因「イソミン」販売開始(1958/01/20)

1958-01-20 00:00:00 | 化学系
1958年1月20日

事件の概要
 サリドマイドは「安全な」睡眠薬として開発・販売されたが、妊娠初期の妊婦が用いた場合に催奇形性があり、四肢の全部あるいは一部が短いなどの独特の奇形をもつ新生児(フォコメリア)が多数生じた。日本においては、諸外国が回収した後も販売が続けられ、この約半年の遅れの間に被害児の半分が出生したと推定されている。大日本製薬と厚生省は、西ドイツでの警告や回収措置を無視してこの危険な薬を漫然と売り続けた。米国のFDAが認可せず、治験段階の約10人の被害者に留めたこととは対照的な結果となった。
戦後の薬害の原点となる事件である

サリドマイド事件の問題点
 サリドマイド事件では、諸外国に比べて日本の回収措置が約半年遅れており、増山によればサリドマイド被害児の約半数は回収措置が早ければ被害を受けなかった。回収の遅れが被害の拡大を招いたわけだが、製薬企業が製品の回収に至るまでには、次のような経過があった。
i 1961年11月18日 ハンブルク大学のW・レンツが小児科学会で「あざらし状奇形児(フォコメリア)」の原因がサリドマイド剤にあると発表、当時各地で誕生していた四肢奇形児とサリドマイド剤の関係が明確に指摘された。
 レンツ氏、西ドイツの販売メーカーであるグリュネンタール社に警告したが拒否された。
ii 11月26日、西独の「ヴェルト・アム・ゾンダーク」紙がグリュネンタール社のサリドマイド剤「コルテガン」を名指しで報道、同社は間もなく「コルテガン」を市場から回収し、ヨーロッパ各地のサリドマイド剤も次々に回収されていった。
iii 12月5日、グリュネンタール社の勧告が大日本製薬にとどき、翌日厚生省と大日本製薬がレンツ報告について協議、ところが「有用な薬品を回収すれば社会不安を起こす」として販売続行を決定。
iv 1962年2月21日、厚生省は亜細亜製薬のサリドマイド剤「パングル」に製造許可を付与。
v 2月22日、「タイム」紙がサリドマイド被害の記事を掲載する。
vi 3月および4月? 製造販売をやめない大日本製薬に対してグリュネンタール社が警告。
vii 5月18日、朝日新聞が西独のについてのボン支局の報告を報道した。その後日本のジャーナリズムが一斉に動き出したため、「報道による混乱を防ぐため」として、サリドマイド剤を販売していた製薬各社が出荷停止を厚生省に申しいれた。既に出荷された在庫品はそのまま薬局で売られていた。
viii 1962年9月13日 製品が回収されたが、回収措置は十分でなく、その後も店頭で入手できた。

薬害資料館(ネット版)より
http://www.mi-net.org/yakugai/index.html

2005.12.30作成naruk
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