陶祖 李参平記念碑から有田の町を展望 |
伝統的建造物群保存地域リストより |
有田は来年、磁器創業400年を迎える。朝鮮の役で肥前に連れてこられた朝鮮人陶工李参平を始祖にその歴史が始まった。彼は泉山に良質の陶石(カオリン)を発見し1616年有田に築窯する。その後江戸時代には肥前鍋島藩の育成・保護のもと、窯元が有田皿山・内山に集められ、皿山代官所が設けられた。また赤絵町を中心に鍋島染付が盛んになる。製品は主に伊万里の港から出荷されたので「伊万里焼」の名で流通した。日本国内はもとより、長崎のオランダ東インド会社を介して遠くヨーロッパまで輸出され、これが王侯貴族の垂涎の逸品として広まってゆく。ドレスデンのツヴィンガー宮殿は数多くの伊万里コレクションで有名だ。後に有田を手本にマイセン窯が開かれることになる。現代まで続く酒井田柿右衛門や今泉今右衛門(鍋島藩お抱えの赤絵付師)といった名工が生まれる。こうして伊万里焼は鍋島藩の重要な収入源となる。また、鍋島藩は、市場に流通する磁器を焼く私窯と、藩のために焼く藩窯を分け、後に技術の流出を防ぐために後者を伊万里の大川内山に集めて、藩専用に門外不出磁器を焼かせたことは以前のブログで紹介した通りだ。
18世紀後半になると、これまで盛んだった磁器輸出の停滞が始まり、国内市場も瀬戸や美濃などの産地の台頭で有田苦難の時代となっていった。また、1828年の有田千軒の大火では壊滅的な被害を受けた。しかし、先人達の努力で、伝統の火を絶やさず、幕末・明治初期には、開国した日本の重要な輸出品としてその製造に力を入れる。ウィーン万博、フィラデルフィア万博への出展で海外市場マーケティングの経験と製品評価を積み、積極的な海外市場開拓が始まった。やがて廃藩置県により鍋島藩の皿山代官所が無くなり、藩の管理から離れる。こうして今度は地元の有力な事業家を中心に輸出陶磁器として、欧州の磁器製造技術や絵付け、デザインを逆輸入しつつ、新たな「有田焼」を生み出してゆく。その工芸品としての「超絶の美」は特にパリ万博で高い評価を確立することとなる。明治期の有田磁器は、江戸期の伊万里磁器(今では「古伊万里」とカテゴライズされている)と異なり、大皿や大壺などの生産が盛んになり、細密な絵付け、装飾的でデザインも凝りに凝った、いわゆる「超絶技巧」を駆使したものが多くなる。いわば西欧市場受けする色付け、デザインとサイズの製品が生み出されていった。
こうして、鍋島藩お抱えでエクスクルーシヴな「伊万里焼」から、その伝統と歴史に裏打ちされながらも、グローバルな「有田焼」へと変身してゆく。まさにジャポニズム、今でいうクールジャパンここにありという訳だ。職人たちの熱いこだわりと心意気が感じられる。肥前有田内山、この静かな山間の街は世界に輝く至宝の里となった。
(参考)明治の磁器輸出の担い手
香蘭社(深海墨之助、辻勝蔵、手塚亀之助、八代深川栄左衛門によって1875年設立
された日本最初期の磁器製造販売会社)
精磁社(1879年、手塚、辻、深海が香蘭社から分かれて創業。しかし1897年終
焉。辻勝蔵が1903年に辻精磁社を設立)
深川製磁(深川栄左衛門の次男深川忠治により1911年設立。)
(参考)古伊万里伝統的技法の継承(いわゆる有田の「三右衛門」)
柿右衛門様式:酒井田柿右衛門(私窯、濁手、柿右衛門赤)14代
鍋島様式:今泉今右衛門(鍋島藩窯、お抱え絵付け師、鍋島染付)14代人間国宝
源右衛門様式:館林源右衛門(260年前に築窯。衰退。昭和45年に6代源右衛
門が再興。海外ともコラボしながら新しい「有田焼」を生み出し
ている)
こうして創業以来400年もの間、栄枯盛衰はあったものの、連綿と有田磁器を生み出し、育んできた。ビジネスコンティニュイティー、すなわち事業継続の基本となるのは、やはり「伝統と革新」。それはここでも当てはまる不変の法則だった。
平成3年に有田内山は伝統的建造物群保存地区に指定される。町を歩くと、有田駅から上有田駅付近まで続く細長い通りの両側に家並みが続く。表通りは江戸期の町家と明治期の洋館、大正期の商家と、昭和に入ってからの建物と、各時代の建造物が多様に混ざり合いつつも、美しく調和した町並みを形成している。また表通りから一歩裏に入るとトンバイ塀(窯のレンガの廃材などを利用した塀)の町並みが残されており、工房や工場、窯元が軒を連ねる独特の景観を作り出している。またそこには生産活動に従事する匠やその家族の人々の日々の生活がある。過去を封じ込めた「歴史的景観保存地区」ではない。ここは現代を生きる町なのだ。
一方、表通りに出て、世界の香蘭社や深川製磁の本店ショールームをめぐるのは楽しい。眼に眩い日本の至宝が現代的なセンスを纏い並んでいる。もちろん古伊万里の陳列館では、その至宝の原器たる磁器名品の数々を楽しむことができる。谷あいの静かな町に400年の伝統と歴史が今も保存され、かつそれが時間とともに熟成されて、新たな美を生み出し続ける。今もアクティブに革新的な製品を世界に発信し続けている町だ。歴史的景観として保存されるだけでなく、今に生きるモノ作りの町、いや超絶技法の町なのだ。
この日も、町にはヨーロッパ諸国からの訪問者が多く見られた。深川製磁の陳列館に横付けされたバスからは、シルバーカップルの一団が降りてきた。長崎に寄港したクルーズ船からのツアー客だそうだ。なかなか魅力的なツアーだ。裏通りにはバックパックの若者達が一軒一軒工房を巡っている。有田駅の観光案内所ではフランス人の家族連れが説明を聞いている。地元のガイドさんや駅員の人たちも、立派に英語やフランス語で応対している。ここは国際都市なのだ。陶磁器の聖地、ジャポニズムのルーツの地らしい交流が楽しい。
日本のものづくりのあり方が問われている。高度な生産技術で、低コスト化・低価格化を実現した日本のモノ作りの技術は大したものだが、そういう競争優位性はもはや日本だけのものではなくなって久しい。さらにコスト競争による安い大量生産品はますます利益を生み出しにくくなり、逆に競争優位性を失う。むしろ高付加価値、誰にも真似できない技術(テクノロジー)/技(わざ)/芸(アート)の領域に入ってゆく必要がある。こうした感性を刺戟する商材はすなわち誰にでも買えるという分けではない。「手のかかった本物」はそれなりの対価を求める。誰でもできる、誰でも買える、はもはや競争優位にはならない。この人しかできない、この会社しかできない、ここでしかできない「差異化ポイント」が「高付加価値」か「コモディティー」かを分けることになる。しかし、そんなことは言い古されて当たり前のこと、誰もが分かっていること...のはずなのに、ではそれが具体的になんなのかが分かっていない。
伊万里大川内山を巡った時も感じたが、「有田」「伊万里」を所有するということにはなにか特別な体験がある。人に語りたくなる物語がある。そしてそういうものを生み出してきた町や里を巡ることにもう一つの体験と物語が生まれる。ここ有田内山に来て、静かな谷あいの町を歩き、伝統と歴史と、その世界的な評価に裏打ちされた名品に酔いしれる。そうするうちになにかヒント(すなわち差異化とはなにか?)が見え隠れしているような気がしてくる。技術(テクノロジー)/技(わざ)/工芸(デザイン)/芸(アート)、人々を感動させる要素はどのプロセスで生み出されてゆくのか。モノより体験、あるいはモノを通じての自分のストーリーを語る。そういう新しい世界を感じさせる。案外、日本再生のヒントは佐賀にあり!かもしれない。
以下、有田での写真をアップしてみた。上で述べたような体験、物語を写真で表現しようと試みたが、やはりそうした有田の情景・情感を伝える力量の不足を強く感じる。写真の数が多ければ多いほど、言葉数が多ければ多いほど、伝えたいメッセージは曖昧になる。今の自分の限界だから仕方ない。ともあれご覧あれ。
(1)明治期に創立となった、香蘭社、深川製磁、精磁社を巡る。それは江戸の伝統を今に伝える三右衛門(柿右衛門、今右衛門、源右衛門)の窯、工房を巡る旅に加えられるべきもう一つのハイライトだ。ちょうど佐賀県立九州陶磁文化館では「明治有田 超絶の美 万国博覧会の時代」展を開催中だった。明治期に海外に輸出された有田ブランドはこの三社が競い合って確立されたものであったことがわかる。
香蘭社本店 |
香蘭社展示館からの眺め |
深川製磁本店 |
ロゴマーク富士山 |
深川製磁本店横には工房が |
辻精磁社 代々禁裏御用達の辻家が元祖 |
(2)表通りを一歩中へ入ると、そこには「トンバイ塀」に囲まれた工房や工場、窯元が軒を連ねる路地が続く。こちらの方が有田の伝統的な街並みなのかもしれない。
(3)再び表通りへ。
有田内山地区の街並み 江戸時代、明治、大正、昭和とそれぞれの時代の建物が混在する その多様性の調和が町の歴史の熟成を感じさせる |
今泉今右衛門 江戸時代の建物がそのまま使われている |
陶山神社参道。JR佐世保線が横切る |
大鳥居は有田焼 |
陶祖 李参平を祀る。扁額には有田焼の大皿が |
これも有田焼の狛犬 |
本殿は町を見渡す山の上だ |
陶祖 李参平記念碑 |
有田駅近くの川にかかる橋 |
JR有田駅 |
(4)佐賀県立九州陶磁文化館では、前述のように「明治有田 超絶の美 万国博覧会の時代」展開催中であった。ここはこうした企画展のほか、九州全域の陶磁器の歴史、コレクションを総覧する常設展示を行っている。陶磁器の歴史がわかりやすく展示されていて勉強になった。そのほかにも見所満載で陶磁器マニアにとっては見逃せない。中でも古伊万里の「柴田夫妻コレクション」は必見。
佐賀県立九州陶磁文化館から展望する有田の町 |
少し黄葉が始まった |
圧巻! |
充実した旅の心地よい疲れを癒してくれる一幅の画 |