岩田さんは、ジャイアンツ対スワローズの試合を観るために、仕事を早退けして地下鉄で神宮球場に向かっていた。
ジャイアンツが勝てばリーグ優勝が決まるんだ。
外苑前駅で降りて、すっかり自分が選手になったような気分で地上の出口に駆け上がると、岩田さんは鶏の断末魔のような声をあげた。外は滝のような雨だったのだ。
雨天中止かぁ……岩田さんは茫然と、雨に煙る神宮球場を遠くから眺めていた。
会社を出る時から雲行きは怪しかったけど、こんなに降るとは思わなかった。なんてこった。一生に一度観られるかどうかのチャンスだったのに……いや、試合開始までにまだ時間がある。せめて小降りにでもなればと、岩田さんはスタンドで待つことにした。
試合開始10分前になっても雨脚が弱まらない。今にも試合の中止が告げられそうだ。
岩田さんのなかでは、憤懣がむくむくと膨れ上がっていた。これを叩きつける相手といえば、雨を降らせた「天」しかない。
「なんでまた今日という日に雨を降らすんだ? 昨日も一昨日も一昨々日も晴れだったじゃないか。なのにどうして今日が雨なんだよ、え? しかもよりによって、ジャイアンツの二連覇なるかと日本中が注目している日に降らせなくたっていいじゃないか、おい!」
文句を並べているうちに、ますます腹が立ってきた岩田さんは、最後にとうとう言ってしまった。
「空気を読めよ、空気を!」
そんな、恐ろしくて誰も思いつかないほどの冒涜的な言葉を天に向かって吐いてしまったのだ。
ところが岩田さんの訴えが聞き届けられたかのように、豪雨がたちまち止み、晴れ間がまたたく間に広がった。
試合は行なわれて、めでたくジャイアンツが優勝。幸せいっぱいの岩田さんは、なるほど、叩けよ、さらば開かれん、とはこのことか、言うだけは言ってみるもんだな、と都合よく考えていたが、それはとんだ見当違いだったのだ。
「わたしを罵る言葉は数知れず聞いてきたが、いずれも取るに足らない妄言であった。しかし天に向かって、空気を読めよ、空気を! とは悪魔の舌を使わなければ言えない言葉である」
岩田さんが天を怒らせたために、それから1億年経った現在まで、一滴の雨も降っていない。もちろん海は干上がって、生物と呼べるものは、はるか昔に絶滅し、地球は砂漠の惑星になっていた。
人類史上、いや生物史上未曾有の大量殺戮を行なった大罪人として、岩田さんは地獄で鎖につながれ、頭が五つある禿鷹にはらわたを啄まれるなどの責め苦に苦悶の叫び声を上げていた。
地上に再び雨が降り、海ができ、緑が繁り、動物が現れて進化し、元の地球の姿に戻るまで、岩田さんは責められ続けるのだそうだ。
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