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自宅のパソコンで、あいも変わらず、日の目を見るかどうかわからない作品を描いている時でした。
ネットラジオから、ビートルズの初期のヒット曲 "She Loves You" が流れてきたんです。リリースが1964年なので、私にしてみれば、もう半世紀にわたって聴き続けてきた曲です。
特に好きというわけではないけれど、女房よりもつきあいの長い曲だからと(私、結婚歴はありません)、いっしょに歌いながら、日の目を見るかどうかわからない仕事を続けていました。
She loves you, yeah, yeah, yeah
She loves you, yeah, yeah, yeah
途中で、おや? と気づいたのは、私が歌っていたのはこのパートだけで、あとはハミングをしていたことだったんです。
つまり、半世紀も前から聴き続けていながら、いまだにこの部分しか歌えないということなんですよ。
ググって調べてみたら、"She loves you~" の次の歌詞は、"You think you lost your love"(あなたがあなたの恋人を失ったとあなたは思っています=拙訳)だったんです。
なんですかこれは。中学生レベルの英語じゃないですか。
*
でも、ワンフレーズしか歌えないビートルズナンバーはこの曲にとどまりません。
たとえば、"Let It Be" は
Let It Be, Let It Be, Let It Be, Yeah, Let It Be
の部分しか歌えないし、
"Hey Jude" は
Nah nah nah nah nah nah nah …… hey Jude
の部分しか歌えません。
"Help" なんざ、出だしの、
Help!
しか歌えないんですよ。
*
ところが、こういうのを天啓というのでしょうか。ビートルズナンバーのなかで、唯一、まるで母国語のように明晰に聴き取ることのできた曲があるんです。
それが、"Yesterday"
Yesterday on my table sing sofa away
Now it loops a zoo they heat say
Oh, I bee lead in yes, today
【拙訳】
きのう、わたしのテーブルがソファーを歌い離れている上
いま、それは動物園を環状にする彼らは熱、言う
ああ、今日わたし蜂はイエスの中に導く――
英語のできない私が聴き取れたということは、これが神の啓示だからなんです。
この神髄を解説してもらうために、日本語訳をさらにエジプト語に翻訳してプリントアウトし、ビートルズに航空便で送ったら、その晩、かんかんに怒ったビートルズが、私の家までやってきて、訳文を玄関の三和土に叩き付けると、英語でさんざん喚き散らして帰っていきました。
いったい何を怒っていたのかさっぱり解らず、私が玄関先でぽけっと突っ立っていると、イギリス滞在時代にビートルズと同棲していたことのある妻(私はずっと独身なので妻はいません)が、
「そんなことだから、いつまで経っても作品が日の目を見ないのよ」
と苦笑しながら出てきて、ビートルズの言ったことを訳してくれました。
ビートルズはこう言ったのよ――
You she go red under can mountain! Me many I why? Let's afternoon, how door my It swimming stand cut drop as! We this golden where on the with!
――わかる? これが事実なら、あなたもう破滅ね。
そして、妻は娘(もちろん私に娘なんかいません)を連れて、そろそろカニが美味しい季節だわ、とだけ言い残して北海道に旅立ちましたが、カニが北海道に行くための口実に過ぎないことはわかっていました。
妻は、江戸っ子の娘を道産子に変換するつもりだったのです。私が江戸っ子なのを妻は結婚前からずっと恥じていましたから(私は関西人です)。
けっきょく無駄になったエジプト語訳ですが、魂が宿っているので、それなりの作法に則って、庭で焚いた火にくべました(私はマンション住まいなので庭はありません)。
ついでに結婚指輪も火に投じました(独身だから当然、結婚指輪なんか持っていません)。
すると、どうでしょう! 立ち上る白煙の中から、全身を包帯でくるまれた、恐怖のミイラ男のようなものが現れ出でたのです。
「王に触れるな。王は神なり。触れるものはその炎で焼かれるであろう」
そして、包帯の隙間から紙切れを取り出しました。
「ここに神意が示されている。これに従えば破滅から救われるであろう」
そう言ってミイラ男は炎の中で燃え尽きたのでしたが、紙切れもいっしょに燃え尽きて、神意は永遠の謎になってしまいました。
そんなわけで、私は破滅しましたが、それでも現在、月に最低15日の出勤日が保証された職場で働いています。
初期高齢者にはまあまあの労働環境です。これを破滅と見るか、分相応の暮らし、と見るかは勝手にしやがれ。
*
"She Loves You" に話を戻しましょう。読者のみなさんは全曲歌えますか? ……あ、これは愚問でしたね。すみません。こんな初歩的な英語、みなさんなら当然、歌えますよね。
他にもビートルズ初期の代表的な曲としては、
I Want To Hold Your Hand(邦題:抱きしめたい)
Love Me Do
Please Please Me
I Should Have Known Better(邦題:恋する二人)
We Can Work It Out(邦題:恋を抱きしめよう)
などなどありますけど、このあたりなら、みなさんは寝言でも歌えるでしょう。
日本人のほとんどが6年間も英語を勉強しているのですから、このレベルの英語が聴き取れないなんて、そんなべらぼうな話があってたまるか、こん畜生。
俺は、中学高校ともに劣等生だったけど、英語だけは並の成績をとってたんだよ。だから、俺から英語を取りあげないでくれ。でないと、ただの能無しなっちまう。
苦手だった数学も物理も現代国語もみんなお前にくれてやるから、頼む、英語だけは俺に残しておいてくれ。
だから、"She Loves You" だって全歌詞を聴き取ってるはずなんだ。聴き取ったという自覚がないだけなんだ。半世紀も聴いてりゃサブリミナルに刷り込まれてるはずなんだ。大脳に保存されてるはずなんだ。俺の大脳を見てくれればわかる――
といった内容のメールに、私の大脳の写真を貼付して妻の携帯に送ったんですけど、半年経ったいまも返事がありません。
夫婦としての愛情と恋人としての愛情は比較が難しいけれど、夫婦間の愛情はいつも何らかの打算を伴っているような気がしてなりません。
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これは、意識下に潜む、ハウスバーモントカレーを食べたいという願望が口をついて出てくるのでしょうね。
うっかり鼻歌も歌えませんね。くわばらくわばら。