エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人




 野球のことが書きたいわけではない。この記事を書き始めた時は、たまたま日本シリーズが終わって間もない頃だったから、私の意見を述べるためのモチーフとして採用しただけである。ちなみに地デジ移行以来、うちのテレビは映らないので、ずっとラジオ観戦だった。

 すでにご存知の通り、今季のプロ野球日本シリーズは、北海道日本ハムファイターズが読売に7連勝して覇者となった。7戦すべてで読売に1得点も許さない完封勝利。ホームラン84本という空前の圧勝。なかでも143奪三振をあげた投手陣の活躍は目覚ましく、ボールが外野に飛んでこないので、外野手たちはヌイグルミ姿で餅つきをして、丸めた餅を客席に投げ込んでファンサービスをしていたほどだ。

 断っておくが、私は北海道日本ハムファイターズのファンというわけではない。強いて言うなら、読売と対戦するすべてのチームのファンである。もし、コンサドーレ札幌が読売と異種球技戦をすると聞けば、私は突如としてコンサドーレのファンになるだろう。ミルコ・クロコップと異種格闘球技戦をすると聞けば、たちまちミルコの熱狂的ファンになるだろう。浅田真央と異種……もうやめておこう。



 今回のコラムのタイトル「ネガティヴ観戦」は私の造語である。スポーツの試合で、ひいきのチームや選手が勝つのを期待して観戦するのではなく、嫌いなチームが負けるのを期待して観戦することだ。

 あれはソウルオリンピックだったから、もう24年も前のことで、テレビで見たのか新聞で読んだのかも思い出せないが、試合会場にいた韓国人男性が、韓国が出場していないのになぜ観に来たのかとインタビューされて、「日本が負けるところを観に来た」と答えていたのを覚えている。そういえば、相手国がどこであれ日本人選手が姿を見せるとよくブーイングが起きていたのを思い出す。政治や歴史がからんだネガティヴ観戦の好例である。

 10月の日韓合同の世論調査で、「日本と中国がサッカーで対戦したら、どちらを応援するか?」と韓国で質問したところ、中国を応援が56%。日本を応援が15%。日本で「韓国と中国がサッカーで対戦したら?」では韓国が60%。中国が11%。だったとのことだ。

レコードチャイナ
調査結果のグラフ

 面白いのは、どちらの国でも1/4以上(29%)が「分からない・無回答」と答えていることだった。多分この内訳には、「こんなもん、どっちを応援せえちゅうねん!」という困惑がかなり含まれているのだろう。日本人の場合、「韓国大統領の竹島上陸および天皇への侮辱的発言」と「尖閣をめぐる反日暴動」では、どちらがましかと問われているような気がするのかもしれない。
 しかし、実際に韓国と中国がサッカーで対戦して、まあ、どっちもどっちだけど強いて言えば中国の方が嫌いかな、という人の希望通り中国が負けたとして、その人は果たして素直に喜べるだろうか。勝った韓国の選手同士が抱き合って喜んでいるのを見て、応援してよかったと思えるだろうか。何か空しさばかりが漂う。



 日本シリーズに話を戻す。北海道日本ハムファイターズが優勝に王手をかけていた試合の9回裏で、読売のバッターが三振してシリーズ敗退が決まった瞬間私は、よっしゃ! と叫んだ。その声は独り暮らしの侘び住まいに響き渡ったが、残響が遠のいていくのに伴って、私の狂熱も急速に冷めていった。溜飲が下がる思い、というのでもない。

 読売が日本シリーズに出場するたびに、対戦するチームがどこであれ、私は同じことを繰り返してきた。そしてシリーズが終わると必ず自らに問うことがあった。

「あなたは読売が負けることで何を得ようとしていらしたの? イワン・ニコラエヴィチ。読売の選手たちがうなだれ、呆然としてベンチを去ってゆく姿がご覧になりたかったのかしら。もしそうなら、あなたはなんという意地悪な方なのでしょう。それとも読売が優勝して、満面の笑顔で「ウラー!(万歳!)」と叫ぶのをお聞きになりたくなかったの? いずれにしてもあなたは意地悪な方ですわ、イワン・ニコラエヴィチ!」

「ああ、あなたの仰る通りです、イリーナ・ミハイロヴナ! 私はなんて罪深い人間なのでしょう。あなたは何もかもお見通しです。どうかその美しい手に接吻させてください、後生です!」

「またそんなことを仰って話を終わらせようとなさるのね。そうはまいりませんことよ、イワン・ニコラエヴィチ。よくお考えになってくださいまし。ごひいきでもないチームがお嫌いなチームに勝ったのだから、あなたにとってこの試合は祝福される者のいない闘い、敢えて言うなら、敗者しかいない闘いだったのじゃありませんか?」

「なんと巧みな表現を! 私のように豚から生まれた男にはとうてい思いつきませんよ、イリーナ・ミハイロヴナ!」

「自分の子供を殺した罪人の死を心から願っていた両親が、法廷で死刑を勝ち取った瞬間、ほっとしたものの、犯人が処刑されたからといって子供が帰ってくるわけではない、と寂しく答えるのをニュースなどで見たりすることがおありになるでしょう? イワン・ニコラエヴィチ」

「つまり、読売が負けたのもそれと同じだと。その両親の空しさと、いま私の胸の中で広がっている空しさとの間には通じるものがあると。こう仰るのですね、イリーナ・ミハイロヴナ!」

「おわかりになりましたか。やっぱり賢明な方でらしたのね、イワン・ニコラエヴィチ・マカーロフ!」

このように、今季はロシア風に自問自答したが、来季の日本シリーズ終了後はアフロ風にやってみようと思っている。


 ……無粋になるので断っておくべきかどうか迷ったのだが、事実としては、今年の日本シリーズは東京読売ジャイアンツが優勝した。巨人ファンのみなさま、おめでとうございます。

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