エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人





 亡き父親の事業を30歳という若さで継いだ桃山大吾氏が遺体で発見されたのは早朝だった。
 廊下を掃除しようと2階に上がった住み込みの家政婦が、若社長の部屋のドアが半開きになって、そこから人の腕が突き出ているのを見つけた。
 不審に思った家政婦が部屋の中を覗くと、若社長が全裸で横たわっていた。
 放蕩息子の不行状を知っていた家政婦は「またか」と思ったが、それが血溜まりの中に上半身を沈めているのを見て、いつもの女出入りとは少し違う何かを感じ、「こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」と揺り動かしたが反応がない。脈拍がないことと瞳孔が拡散していることから死亡を確認し、警察に連絡したということだった。
 
 幸い、窓ガラスをぶち破って部屋に入って来たスズメたちが、テーブルの上に散らかったパン屑をついばんでいた以外は、ほぼ現場は保存されていた。
 犬川巻警部は、まず、第一発見者の家政婦から話を聞いた。
「生きている桃山大吾氏を最後に見たのはいつですか?」
「大吾さんはいつも自室で夕食を召し上がるので、食器を下げにこの部屋に入った時に見たのが最後です」
「それから遺体を発見するまでは、2階には上がらなかったんですか?」
「上がったけど部屋には入りませんでしたよ。殺したのはあたしじゃありませんからね!」
「いやいや、そうは言ってません。でも何をしに上がったんですか?」
「大吾さんが大きな声で何やら怒鳴ってらっしゃる声が下まで聞こえたから、そっと様子を見に行っただけですよ。もう12時近かったと思います。しばらく立ち聞きはしたけど、部屋には入ってません」
「大吾さんは何を言っていたんですか?」
「電話をしてたようなんですけど、外国語みたいで何を言ってるのかは分からなかったですね」
「電話? でもこの部屋には電話機はありませんよね。それに携帯電話も見当たらないし」
「あら、ほんとだわ。でも、あたしが殺したんじゃないですよ!」
 家政婦は逃げるように1階に降りて行った。
 桃山氏は、少なくとも前夜の12時頃までは生きていたということになる。

 次に、テーブルの前の椅子に腰掛けていた木の人形に訊いた。
「社長とはどういう間柄だったんですか?」
 人形は微動だにしなかったが、警部の問いに対して、テレパシーで答えた。
《間柄も何も、僕はただ社長さんの話を黙って聴くだけの人形ですからね》
「人形さんは、何時頃からこの部屋にいらしたんですか?」
《先代の社長さんが死んでからだから、もう1年以上ここに座りっぱなしです》
「じゃあ、事件の一部始終はごらんになったわけですね」
《僕はこの通り眼をつむった人形なので、見てはいませんけど、音や声は聞きました》
「是非それを聞かせてください」
《わかりました。僕はウドの大木から作られた人形なので、聞いたことを正確に再現することができます》
 人形は、録音を再生するように、事件発生時の状況を再現した。
 しばらくは、桃山氏の愚痴を聞かされる。好きで会社を継いだのではないこと、会社の実権を握っているのは副社長で、自分は傀儡に過ぎないことなどを語っていると、ドアをノックする音がした。氏がドアに近づく足音、そしてドアを開ける音がして「貴様、太平洋が」と叫ぶ若社長の声に続き、何かが床に倒れる音が聞こえ、それから後は何の音もしなくなった。
「なんだ、これだけか。所詮ウドだな」
《人形にあんまり期待しないでください》

 警部は次に、この部屋で飼われている柔らかい太陽に聴き取りを試みたが、やはり畜生だ。何を訊いてもただグニャグニャと輝いているだけだった。平べったい馬もただの畜生だった。ザリガニにはすでに死んでいた。窓ガラスに張りついていたヤモリはガラスの外側にいたので事件とは関係ないと判断し、聴き取りはしなかった。



 桃山氏の家族である母親と弟は、息子であり兄である人物が2階で死んでいると聞いて、びっくりしていた。
 警部は、まず夫人から話を聞いた。
「全裸で死んでいるのですが、脱いだ衣服が部屋にないんです。いつも衣服はどこにしまってらしたんですか?」
「ああ、あの子の部屋にはしょっちゅう女性が訪ねて来ていたので、すぐに対応できるようにと、自宅ではいつも全裸でいたんです」
 続いて、次男の省吾に訊ねた。
「お兄さんが誰かに恨みを買っていた様子はないですか?」
「僕が恨んでます。経営の才能も情熱もない兄貴じゃなくて、僕が会社を継いていれば、副社長の一派に会社を牛耳られることもなかったんです」
「昨夜の12時から朝まで、弟さんはどちらにいらっしゃいましたか?」
「そんなこと、警察の人に言えるわけないじゃないですか」

 警部が手掛かりを捜して殺人現場となった部屋を歩き回っていると、携帯電話の着メロが聞こえた。曲は『東京ブギウギ』。警部の携帯の着メロは『東京ドドンパ娘』だから、ちょっと親しみを覚えたが、それがどこから聴こえてくるのかが分からない。
 音のする方向をたどると、遺体が握っているバナナに行き着いた。警部がそのバナナを取り上げると着メロは鳴り止んだ。バナナが携帯電話になっていたのだ。



 どういう構造になっているのか調べるために、そのバナナの身の部分を少しづつ先端からほぐしてみたが、最後までバナナだった。これはつまり、バナナの形をした携帯電話ではなくて、携帯電話の遺伝子を組み込んだバナナかもしれないと警部は推理した。試しに、その一片を食べてみたが、味は普通のバナナだった。しかも美味い。あまりに美味いので全部食べてしまった。
 警部がしばらくその場に佇んでいると、また着メロが鳴った。今度は美空ひばりの『リンゴ追分』だった。
 どこから聞こえてくるのかは曲名ですぐに分かった。テーブルの上のリンゴだ。ただ、どのリンゴか分からない。ひとつひとつ耳に当てて、音を発しているリンゴを見つけた。



 警部は、そのリンゴのどこがスピーカーか分からないが、とにかく耳に当てて「もしもし」と言った。
《→●+※^^; #》
 アジアのどこかの国の言葉のように聞こえたが、理解できないので、しばらく黙っていたら、また、
《△:%ToT*=》
 という意味のわからない言葉が聞こえた。応答のしようがないので、黙っていたら切れた。



 司法解剖の結果、桃山大吾氏の死因は、鋭利な刃物で胸を刺されたことによる失血死と判明した。
 凶器と見られる果物ナイフはテーブルの上に載っていた。普通なら、証拠隠滅のために犯人は凶器を持ち去るものだが、わざわざ遺体から数歩離れたテーブルの上に置いてあったということは、敢えて殺害をアピールしているかのようだった。



 そしてもうひとつ解剖で判明したのは、氏がタタール人(韃靼人)だったということだ。これについて、母親の桃山夫人は、
「生まれた時から、この家で暮らしてきたのに、あの子がタタール人だったなんて。まったく気がつきませんでした」
 と、驚きを隠さなかった。
 ということは、家政婦が聞いた外国語も、警部が携帯から聞いた外国語も、タタール語の可能性がある。

 木偶人形。タタール語。携帯電話化した果物。ザリガニ。スズメ……
「!」
 警部の頭の中でそれらの点が、突如として線になった。
「こいつは、まったくの盲点だったな」
 
 翌日、事件の解決を祝したパーティが桃山邸で行われた。
 出席者は桃山夫人と次男の省吾、家政婦の赤袴小町、故桃山氏のセックスフレンドたち、そして犬川巻警部の85人だった。
「兄貴が死んでくれたので、会社とセックスフレンドは僕が引き継ぎます」
 省吾は力強く語った。
「でも省吾さん、お兄様に恨みを持ってらしたあなたが犯人だったなんて、意外性がなくてクソ面白くもありませんでしたわよ。ねえ奥様」
「赤袴さん、不謹慎ですわよ」
 夫人が家政婦をたしなめた。
「殺人事件なんてのは、だいたいクソ面白くもないもんですよ」
 そう言って、警部はワインをひと口すすった。



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