エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人




ぼくはどうしても、テレビの電波というものが理解できない。
東京タワーのてっぺんにあるアンテナから発せられた電波が全国の家庭のテレビに飛込んで、ブラウン管のなかで画像や音になるということは知っている。
また、電波というものが、ヘビのようにくねくねと前進する線だということも知っている。
解らないのは、その、くねくねした線が、どういうカラクリで、見事に各家庭のテレビを探し当てて、そこに入り込むのかということだ。

その日は寒かったが、僕は自宅で愛する女性とタラ鍋をつつきながら熱燗を飲んで、身も心もカッカとしていたので、窓を思いきり大きく開けると、電波がこちらに向ってくねくねと飛びながら、すぐそばまで来ているのが見えた。
あわてて窓を締めたのだが、電波の先端部はすでに部屋のなかに入り込んでしまっていたので、締めた窓に切断されて先端部は内側に残った。

短く切れた電波は、しばらく窓の前でくねくねしていたが、テレビを見つけると、その裏側に回りこんだ。
すると、それまで見ていたNHKの『地球・ふしぎ大自然』が『水戸黄門』に変ってしまった。TBSの電波だったのだ。
彼女とふたりっきりで過ごせる、月に一度のひとときを、きれいな自然の映像を眺めて、自然って不思議だね、なんて言いながら過そうと思っていたのに、爺さんが活躍する番組なんか見せられては迷惑だなあ、とぶつぶつ言いながら二人で見ていたら、10分ほどして、助さん格さんが黒幕の悪大名を追い詰めて「この印篭が目に入ら」と言ったところで、また『地球・ふしぎ大自然』にもどった。

「電波が短かかったのね。よかったわ」
「でもぼくは、悪大名がひれ伏すところも、ちょっと見たかったかも」
彼女はぼくの微妙な心理を理解してくれたと思っている。

コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )



« 矛盾の起源 豪商 »
 
コメント
 
 
 
でもねぇ (HAL_)
2005-11-20 22:17:50
光もくねくねした電磁波という物らしく、電波もくねくねしている物だったらブラウン管の表面に当たった時にそのくねくねが絵を描いてくれるんだと思います。わたし。
 
 
 
成程 (永吉克之)
2005-11-22 02:17:43
私もその「エドワーズ=ウィルソン説」には一目置いています。
 
 
 
ふうん (くう)
2005-11-25 00:13:57
最近、ときどき永吉さんがロマンティックになってる。しかも、それがなかなかいいから困ってます。

(なんて書くと、次はまた、わざとはずすんだろな)
 
 
 
慧眼ですな (永吉克之)
2005-11-25 00:30:09
その、はずしたヤツを今書いているところです。
 
 
 
センチメンタル (のぞ)
2005-11-25 23:28:33
そんな永吉さん、ですね。

冬ですね。
 
 
 
う~む (ちょこぼ)
2005-11-26 02:00:00
ロマンティック永吉、読むほうがちと照れるぞ。



おそらく、ちょこぼがそんなこと書くと、周囲が照れるのであろうな。お互い、因果な性分に生まれついてしまったものよ。
 
 
 
人はみな多角経営をしているのです (永吉克之)
2005-11-26 03:06:57
センチメンタルジャーニーな永吉さんも、東京ロマンチカな永吉さんも、同じ永吉さんと云ふ多角経営の一環なのです。

のぞさんも、ちょこぼさんも、多角経営をなさっているはずです。



菊正宗を飲んでます。
 
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