エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人




 先月、仕事の打ち合わせがあってヨコハマに行った。
 ヨコハマに足を踏み入れたのは何年ぶりだろう。五木ひろしの『よこはま・たそがれ』がヒットしたのが1971年だから41年ぶりだ。いや待てよ、いしだあゆみの『ブルーライト・ヨコハマ』が1968年だから、44年ぶりか。
 44年前のヨコハマはまだずっと、私の住んでいる大阪に近く、横浜駅までは特急で1時間ほどだった。神戸と海の玄関口を競うようになるのはかなり後のこと。その頃のヨコハマは伊勢湾に面した漁師町といった風情で、そのため住民といえば、カニだのイカだのといった魚介類ばかりだった。

 飲屋街の店が入り口の引き戸を全開にして、客が店から店へと気楽に渡り歩く夏場、ギターを担いでヨコハマに出稼ぎに行ったことがある。客のリクエストに応えて歌う、あるいは客のヘタくそな歌の伴奏をする、いわゆる「流し」をするのが目的だったが、しょせん相手は下等な魚介類なのだから曲の良し悪しがわかるはずもなく、いい加減に弾いてカネを巻き上げようと考えていたのだ。
「お客はん、一曲どないでっか?」
 日本の魚介類のくせに日本語がわからないらしく、こっちが何を聞いてもピチピチ跳ねたりブクブク泡を吹いているだけで、何の曲をリクエストしているのか皆目わからない。そもそもリクエストをしているのかどうかすらわからない。
 しかしそれでは商売にならないので、菊池章子『岸壁の母』や津村謙『上海帰りのリル』など、海のある街に相応しい曲をいくつか歌ってみたが、相変わらずピチピチブクブクしているだけで、歌が気に入ったのかどうかもわからない。
 新旧和洋取り交ぜて10曲ほど歌っても一向に反応がない。私もさすがに頭にきて帰ろうと思ったが、手ぶらで引き下がるのも業腹なので、店にいた客のうち、カニを2、3匹掴んで宿に戻り鍋にして食べたらこれがまた旨かった。身がいっぱい詰まっていて歯ごたえも充分。
 翌日、車で大阪に帰る途上、道を歩いていたタラバガニやらズワイガニやらを片っ端から捕まえて、その足で道頓堀の「かに道楽」に持ち込んだら、店のオーナーが驚いて尋ねた。
「こらまた、えらい上物でんなぁ。どこで仕入れなはった?」
 もちろん、ヨコハマの住民をとっ捕まえて来たとは言えないので、仕入れ先は答えなかったが、なにしろ卸値をべらぼうに安くしたので、訝りながらもオーナーは取り引きに応じた。その後私は、カニからエビ、イカ、イワシなどにも手を拡げ、ヨコハマの住民が絶滅するまでこの商売は続いた。



 そんなヨコハマに人が住むようになったのは、東に向かって移動し始めてからだ。ヨコハマが現在の房総半島南端に落ち着くまでに、その通り道となった地方の文化や習慣、言語、風土病などを吸収して、史上まれに見る独特な文明を築き上げたのであった。

 ヨコハマでは、居酒屋で一席設けてもらった。
 ご同席の3名のうち、Be氏は先祖代々、白亜紀からのハマっ子。T氏は埼玉県、Br氏は神奈川県だが、どちらも近県だからヨコハマ文明に対して耐性を獲得しているようだった。しかし私は300マイル以上離れた河内の國の人間なので、最後には錯乱状態に陥ってしまった。

 佇まいは普通の和風居酒屋なのだが、何か硬い物がコンコン当たる音がするので何だろうと思ったら、奥の畳の間がバッティングセンターになっていて酔客が気違いのように打棒をぶん回している。ネットが張られていないので、ときどきボールやスっぽ抜けた打棒が客席に飛んで来て食器を粉砕したり、客を直撃したりするのだが、鷹揚なヨコハマの人たちは蚊がとまったほども気にしない。
 メニューを見ると「飲み放題プラス・バッティング20球で1名様2500円」というセットがあった。ヨコハマではこういうサーヴィスは当たり前らしく、槍投げやハンマー投げをセットにしている店もあるとのこと。たまに客が死ぬこともあるらしいのだが、板子一枚下は地獄という、壮絶な漁師の世界で生き残って来たヨコハマの人たちには世間話のネタにもならないのだそうだ。

 日帰りするつもりでいたので、ビールだけで軽く済ませようと思って、注文を取りに来た店員に「ビー……」と言ったところで、隣にいたBe氏が慌てて私の口を手で塞ぐと耳元でささやいた。
「ヨコハマで居酒屋に入ったらなぁ、最初はヘイケガニの鍋を喰うのがしきたりぞん。ビールなんて注文してみら、もう、べらこいことになっちまうがん」
 向かいに坐っていたおふたりも、青い顔をして「そうそう」と眼で私をたしなめた。店内を見回すと、あちこちに鍋が置いてあったが、やはりヘイケガニを食べていたのだろう。
 ヨコハマ弁はよくわからないのだが、とにかく最初にビールを注文すると大変なことになるらしいので、しきたり通りヘイケガニを注文したら、これがまた不味くて喉を通らない。ヘイケガニは食べられないから網にかかってもすぐに捨てると聞いたことがある。
「こいつはいくらなんでも……」と独りごとを言ったら、またBe氏が私の口を塞いだ。そして店員の眼を気にしながら小声で言った。
「非常識だな。残したら、おめ、どうなっても知らねぞん!」
 私は半泣きで、何度も戻しそうになりながら何とかヘイケガニを胃に収めた。
「食べたから、もうビール注文してもいいですよね?」
「うんじゃ。次はガソリンを飲むでらい」
 ガソリンとは強い酒の銘柄かと思ったら、本当のガソリンがグラスに入って出てきた。

 44年前のカニのたたりだ……

 そんな言葉がひとりでに口から漏れた。
 その後のことはよく覚えていないが、私が制止を振り切って店を飛び出すと、店員たちが「ぐえっぐえっ」とか「ちょわー」とか「ぴぎゃー」とか叫びながら追いかけて来た。それを見た歩行者もいっしょになって追いかけて来る。四つ脚で走って来る者もいれば、空中を飛んで来る者もいる。

 私は逃げながら、桜田淳子の『追いかけてヨコハマ』(作詞作曲・中島みゆき)を口ずさんでいた。

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