もうじき紅白歌合戦の出場者発表の時期ですね。
河合奈保子さんが紅白歌合戦に初出場したのは1981年のことです。
今年こそは奈保子さんも紅白に出場して欲しいと、当時私も待ち望んでいました。
ただ、事故で大けがをした後のことなので、選ばれるだろうか、選ばれても辞退せざるを得ないのではないだろうか等といろいろと心のなかを不安が駆けめぐっていました。
その事故はNHKホールでのことだったせいもあって、当時の心ない一部のマスコミに「事故と引き替えに・・・」という胸が痛くなるような話もあり、奈保子さん自身もこのようなことにとても心傷ついたということが、著書「わたぼうし翔んだ」の中で語られています。
「そんなうわさがあるなんて、まったく信じられないことでした。まるで、背中から水を浴びせられたような気分。ひどいショックでした。一年間、一生けん命にがんばってきて、紅白への出場を心待ちにしていただけに、くやしくて涙がとまりませんでした。
十八歳の私にとっては、心の中を土足で踏みにじられたようなきもちでした。」
この事故での療養生活を通して奈保子さん自身、自分をじっくりと考え、自分を支えて来てくれた人たちのことを考え、いろいろと成長したことだと思います。
著書を読むと奈保子さんの純粋で、一生懸命な気持ちが伝わって来るだけに、このようなことは本当に心痛むことです。
そのような状況で、奈保子さんのお母さんは奈保子さんに次のような話をしたと記されています。
「元気になって、明るい笑顔でがんばりなさい。一生けん命に歌っていれば、いつかは本当のことを分かってもらえるから・・・・・・。今年は銅でもエエやないの。紅白に選んでいただけるのはら、それはありがたくお受けすればエエことだし、ダメなら来年またがんばればエエでしょう?」
「大事な娘が事故にあたというのに、よく歌手を続けさせていますね」
奈保子さんのご両親に対してもこのように外部から言われていたようです。
一見もっともな言葉にも思えるのですが、この本を読んで奈保子さんとご家族の心中を知れば、歌手を続ける道を選ぶことが一番であったのでしょう。そのおかげで私たちファンも奈保子さんのすばらしい歌声を聴き、純粋な奈保子さんの心を感じ、心ときめく思いを持ち続けることができたことに感謝しています。
この本を含め、奈保子さんの3著書を私が読んだのは今年になってからのことですが、当時の奈保子さんの心の中にあったことが、深く胸に染み入ってきます。
写真は「夢・17歳・愛」からの抜粋です。
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