坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

日本の現在形ー森 洋史

2011年06月17日 | アーティスト
少女が林のなかに迷い込んだように佇み、白いワンピースの背中を見せています。俯瞰した構図の人物のいる寸景は、先に物語があるような断片であることも潜ませます。ナイーヴな色彩性も日本画ならではです。この作品は、「お気に入りの場所」2010年のシリーズの一作です。
森洋史さん(1977年~)は、シェル美術賞2010本江邦夫審査員奨励賞を受賞した注目画家です。現在、日本橋高島屋で開催中の「ZIPANGジパング展」(6月20日まで)で出品している会田誠(敬称略以下同)、鴻池朋子、束芋、天明屋尚、町田久美、三瀬夏之介、山口晃など新しい絵画の地平を世界に発信しているアーティストに続く世代と言えるでしょう。
日本画の材料を駆使している作家は、日本画とは何か? 日本固有の空間意識や物語性をそれぞれが模索しています。伝統的な余白や間の表現のあり方や俯瞰的にとらえることで時間的経過を示す効果など、独自性を個々の表現に生かし、現代を見据え社会との接点をとる姿勢に共感をもてます。森さんは、ソウルで開催されるアジアン・スチューデント・アンド・ヤング・アーティスト・フェスティバル(7月27日~)にも出品予定です。

タグチ・アートコレクション GLOBAL NEW ART

2011年06月15日 | 展覧会
個人コレクターの展覧会の企画も増えてきましたが、実業家田口弘さんは優れた現代美術のコレクターとして知られています。アメリカのポップアートから始まる第一級の作品群には目を見張るばかりです。
始まりは、1980年代に出会ったキース・へリングの作品に興味を持ち、その時代が生んだグラフィティアートに自由な躍動感を覚えたそうです。ウォーホル、リキテンスタインの二代巨匠のほか、マリーナ・カポスが描く東京のシリーズは、会場の半分をしめす大作となります。そのコレクションのバリエーションは国際的に広がっていきます。あまり日本では紹介が少ないグラフィカルなオランダやドイツの現代アーティトの作品に触れる機会ともなります。
日本人アーティストでは、ブラジル生まれでニューヨークに在住し、数年まえに日本でも大規模な個展を開催した大岩オスカール、自ら作った人形を緻密に描き出す加藤美佳、日本の絵巻物の壮大さと架空のイメージを混在させる天明屋尚、奈良美智ら世界でも注目される作品群が並びます。
・掲載作品は、照屋勇賢「告知ー森」2009年です。沖縄生まれで、ニューヨークを拠点に活躍。この作品の素材はティファニーのショッピングバッグ。その一部を木の形に切り抜いて、その袋の中に立たせています。細かい手仕事の世界観と高級ブランドの消費文化の対比が社会的なメッセージを生み出します。
現在進行形のコレクション。現代アートの楽しさに触れる機会となります。

◆タグチ・アートコレクションGLOBAL NEW ART/7月12日~8月31日/損保ジャパン東郷青児美術館(西新宿)

ゴヤ展〈私は見た〉

2011年06月14日 | 展覧会
時代の変革期に生きたスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)の40年ぶりとなる展覧会がこの秋開催されます。成熟期に描かれた「着衣のマハ」は本展の目玉であり、衣装や髪の表現にこまやかなタッチなど近代画風の先駆けとなる歴史的な作品です。82歳の生涯で1900点もの作品を残したゴヤ。本展では、プラド美術館のコレクションから油彩、素描など72点を中心に国立西洋美術館などが所蔵する版画約50点を加えた130点余りで構成されます。
記者発表会で、国立西洋美術館学芸課長の村上氏は、「ゴヤの全貌をひもとくのではなく、光と影をテーマに温雅な風俗画から、宮廷画家として優雅な肖像画などを描いていた時代から、ナポレオンの侵略により戦争と混乱に見舞われたスペイン社会の悲惨な現実の時代の証言者としてのゴヤの作品に焦点をあてた内容」と話されました。
掲載写真は、ミゲル・アンヘル ナバーロ駐日大使が、ゴヤのオリジナリティと自由の大切さ、ゴヤの近代性を見ていただきたいと挨拶された様子です。
ゴヤの作品には、一人称のタイトルが印象的です。「私は見た 戦争の惨禍」の素描など、40点ほどの主要な素描が展示されるのも本展の見どころの一つです。そこには本画では表わせないゴヤの直截的なイメージの発露があり、人間の本性を暴く客観描写が徹底されています。伝統的な宗教画、闘牛技シリーズから人間を見据えていく複眼的な多面性へと発展していきます。

◆プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影/10月22日~12年1月29日/国立西洋美術館
 http://www.goya2011.com

 名和晃平- シンセシスー 新たな知覚の拡大

2011年06月11日 | 展覧会
新たな彫刻概念の拡大は、未知なる造形言語を生み出します。「Cell」(細胞)という概念をもとに、先鋭的な彫刻、空間表現を展開する名和晃平さん(1975年~)の大規模な展覧会が東京都現代美術館で始まりました。
私たちは、感性と物質をつなぐインターフェースである「表皮」によって対象をリアルに感知していきます。名和さんはこの表皮をデジタル化した情報社会のメタファーとして合成し、多様な形態で提示していきます。彼は、コンピュータの画素を示す「ピクセル(Pixel)と細胞の「Cell」を合体させた「PixCell(映像の細胞)」という概念を通して、感性と物質の交流から生まれてくるイメージを探究していきます。仮想的空間の現実化という新たな知覚を12のカテゴリーのゾーンに分化し進化させています。ビーズやプリズム、発砲ポリウレタン、シリコーンオイルなどさまざまな素材を用いて、「PixCell」化することで、現実とは遊離したイメージが立ち現れます。
掲載作品は、「BEADS」というカテゴリーの代表的作品で、非公開の検索ワードでネットからダウンロードしたモチーフの表面を透明の球体(セル)で覆う、虚像として彫刻化するシリーズ。ネットから剥製を検索すると多数ヒットする「鹿」を素材に同じ剥製を重ね合わせたダブルのイメージとして、ものを情報として扱う危うさを提示します。情報社会における感覚や思考のメタファーとして、デジタルとアナログの合体の彫刻は近未来的な創造の領域を開拓しています。

◆名和晃平ーシンセシス/6月11日~8月28日/東京都現代美術館(江東区)




ZIPANGU ジパング展

2011年06月09日 | 展覧会
ジパングというのは、少し時代がかった展覧会名ですが、本展の企画者である〈ミヅマアートギャラリー〉の三潴氏は、世界でも認められている建築やデザイン、マンガやアニメなどとともに、日本の独自性をもっとも顕著に示す現代美術、とりわけ絵画の先鋭31人のアーティストの力作の数々を島屋と提携しより広く一般の方々へと発信しています。
日本の古典や美術史や技法を踏襲しつつ、日本画の新たな現代の世界観を形作る三瀬夏之介(敬称略、以下同)、山口晃、町田久美、山本太郎、私小説的な味わいを付与する渡邊佳織、木版画の風間サチコ、紙にペンとインクによる池田学、浮世絵版画の色を用いたアニメのインスタレーションで知られ、ベネチア・ビエンナーレ日本代表の出品作家の束芋ら、現代のアートシーンの前線を切り取る見どころの多い内容となっています。
三瀬夏之介さんは、新聞のインタビューで、「この不安定な大地の上に仮住まいしている。か弱い人間を確認する作業かもしれません」と作品について話されています。表層的に流れていく日常の中で、混沌の中に光やリアリティを求めていこうとする共通する意識の強さが多様な表現によって膨らんでいます。

◆ZIPANGU ジパング展/開催中~20日/日本橋高島屋8階ホール TEL 03-3211-4111

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展②

2011年06月08日 | 展覧会
モネ、ルノワール、ピサロ、シスレーら印象派の作品群はどれも代表作ばかりで、1点1点をじっくり鑑賞。印象派の中でも人物像に秀でたルノワールは、「踊り子」「アンリオ夫人」など淡い白とブルーの柔らかい響きが豊かな旋律を奏でています。印象派の懸け橋となったマネは、母子像を描いた「鉄道」が圧巻。
このような代表作を収集する上で、本展においてもアメリカの印象派の画家として、母子像を描いて人気であったメアリー・カサットの存在が大きいものがあります。彼女は画家として印象派の擁護者として、アメリカのコレクターに収集を働きかけました。ソファにくつろいでいる自然体のポーズが可愛い少女を描いた「青いひじ掛け椅子の少女」も会場でひときわ華やいでいました。
ポスト印象派に位置づけられるゴッホは独特の空間処理の太いタッチの集積で画面を埋めていきます。もっとも輝かしいアルル時代の「プロヴァンスの農園」。発作直後に描いた「自画像」、会場の最後を飾ったのは「薔薇」、最後の精神療養院で過ごした時期の旺盛な制作活動を示す一作で、厚塗りのタッチで魂を封じ込めた印象的な作品でした。

◆ワシントン・ナショナル・ギャラリー/開催中~9月5日/国立新美術館(六本木)

ワシントン・ナショナル・ギャラリーー開幕①

2011年06月07日 | 展覧会
12世紀から現代まで約12万点の西洋美術のコレクションを誇るワシントン・ナショナル・ギャラリー。ワシントンにおける国立の初の美術館として、実業家のアンドリュー・メロンのコレクションを基盤に70年前に創設されました。その後は彼の志に賛同した一般市民からの寄贈で世界に誇る美術館へと成長していきました。なかでも、印象派とポスト印象派の作品群は質の高さで知られています。この70年を節目に改修工事が行われ、そのもっとも輝かしい19世紀中頃から起こった近代美術の思潮の作品群、日本初公開50点を含む全83点が日本に貸し出される運びとなりました。印象派の懸け橋となったカミーユ・コローの作品「うなぎを獲る人々」が会場の入り口を飾りました。
・掲載作品のクロード・モネ「揺りかご、カミーユと画家の息子ジャン」1867年は、モネの初期の作品として貴重であり、息子ジャンの最初の肖像画でもあります。父親としての愛情が画面いっぱいに伝わってきます。この時期モネは金銭的には困窮の時代にありましたが、作品の中では中産階級の幸福なイメージが紡ぎだされています。
モネの代表作である「日傘の女性、モネ夫人と息子」「太鼓橋」など印象派の筆触分割の技法が存分に発揮され、発展の流れがわかるような構成になっています。

◆ワシントン・ナショナル・ギャラリー展/6月8日~9月5日/国立新美術館(六本木) 

美しき日本の原風景ー川合玉堂・奥田元宋・東山魁夷ー

2011年06月06日 | 展覧会
樹木の緑が濃く鮮やかになる日々に、日本の心のふるさとを描いた日本画の優品の展覧会が開催されます。近代以後の日本画のコレクションで知られる山種美術館ならではの大家の作品群は、日本画特有の線の美しさ、空間の省略化、優しい色合いなど自然に寄り添い、その中で素描感を大事に主観的な誇張を抑えた表現に心地良さを感じます。
タイトルに添えられた玉堂の「早乙女」は、のどかな田植えの様子が描かれています。軽やかな人物の動きにはテンポがあり、俯瞰した構図により広がりのあるゆったりとした空間の揺らぎが表現されています。
奥深い色彩で描いた奥田元宋「奥入瀬(春)」、東山魁夷「緑潤う」横山大観「霊峰不二」ほか60点で千変万化の自然の豊かさを彩ります。

◆美しき日本の原風景ー川合玉堂・奥田元宋・東山魁夷ー/6月11日~7月24日/山種美術館(渋谷区・広尾)
 TEL 03-5467-1101

現代パキスタンのミニアチュール

2011年06月05日 | 展覧会
急速な経済発展を背景に中国の現代アートは世界的なマーケットに参入し、現在では欧米中心の美術の方向性に一石を投じるアジアの大きな役割を担っています。
90年代に中国だけでなく、韓国、東南アジア、インドなど同時代のアーティストの展覧会が日本でも国際交流基金アセアンセンターなどで、多く紹介され、固有の文化や歴史、民族的な表現を織り込んだ土着的な大型のインスタレーションが特徴的でした。今ではヴェネツィア・ビエンナーレをはじめとして国際展では、アフリカや南米などどちらかと言えばマイノリティの存在を浮かび上がらせるアーティストに光をあてる展覧会が定着してきました。
彼らは、これまでの西洋のモダニズム的進化ではなく、近代化の波の中で、独自の方法論を模索していきます。
東京画廊で開催された本展は、大型のインスタレーションではなく、数百年の歴史をもつパキスタンのミニアチュールという形式の中で、ささやかですが、密度の濃い個々の表現を展開させています。
ワシリ紙という和紙の素材にも似た紙に、アクリルやインク、マーカー、ボールペン、または人毛などを素材として、個人的体験や物語を多様に表現していきます。イムラン・クラシを中心としたラホールの国立美術学院のアーティスト6名の作品の小さな世界に宇宙がこもった内容は新鮮な驚きがありました。

◆密やかな絵画ー現代パキスタンのミニアチュール/開催中~6月25日/東京画廊+BTAP(銀座8丁目)
 TEL 03-3571-1808

光を描く 印象派展ー美術館が解いた謎

2011年06月03日 | 展覧会
東日本大震災直後の美術展では、プーシキン美術館展やモランディ展が中止となりましたが、開催中の展覧会ではシュルレアリスム展(国立新美術館)やレンブラント展(国立西洋美術館)をはじめとして、関係者のご尽力で無事終了の運びとなりました。
青森県立美術館開館5周年を記念して開催される本展は、60点をこえる、ドイツ、ケルンのヴァルラフ・リヒャルツ美術館の誇る印象派コレクションに、日本国内の優品を加えて印象派の魅力に迫ります。
大震災の影響によりその開催が危ぶまれましたが、ヴァルラフ・リヒャルツ美術館の絶大なる協力のもと、被災地である東北でこのような国際的な展覧会が実現したことは、本当に心強く日本への復興の温かいエールが贈られているようです。
ルノワール、モネ、マネ、ゴッホ、セザンヌら巨匠の作品を、顕微鏡やエックス線、赤外線などを駆使して、科学的研究の成果が紹介され、巨匠たちが、どのような道具や方法を使って、光の描写に至ったかを解明していきます。
当館は、弘前市出身の美術家、奈良美智さんによる巨大な「あおもり犬」がシンボルになっています。三内丸山遺跡に隣接し、一体化したイメージを生む空間となっています。

◆光を描く 印象派展ー美術館が解いた謎/7月9日~10月10日/青森県立美術館 TEL017-783-3000