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狂犬病ワクチン [Rabies Vaccine]

2010-04-14 | Vaccine 各論

疫学:
100カ国以上で報告、2002年WHOの報告では12番目の死因
世界の狂犬病による年間推定死亡数は55000人 (2)

紀元前2300年前にメソポタミア文明の象形文字(Egyptian codes)でも狂犬病に関する記載あり。
アジアで56%、アフリカで44%
ほとんどが地方の田舎で起きる(84%)
15歳以下の子供の症例が30-50%

都市部:インド(1058例)、中国(1324例)、アフリカ(5886例)、その他のアジア(853例) 計9121例(17%)
田舎:インド(18201例)、中国(1257例)、その他のアジア(8135例)、アフリカ(17937例) 計45530例(83%)
[Knobel, WHO bull, 2005]

各国発生数と発生率(/million)[RABNET 2004]
インド 17,000 (16.7)
パキスタン 2,490 (17)
中国 2,009 (1.6)
バングラディッシュ 1,550 (12)
ミャンマー 1,100 (23)
フィリピン 248 (3.3)
スリランカ 76 (4)
ネパール 44 (2.17)
ベトナム 30 (0.38)
タイ 26 (0.41)
カンボジア 2 (0.8)
ラオス 2 (1.26)
モンゴル 2 (0.8)

2005年のRabnetの報告によると129ヵ国の調査で86カ国で2004年に狂犬病の症例発症を認めたと報告
http://www.who.int/rabies/Global_Rabies_ITH_2008.png

途上国における感染は犬からが約90%以上、その他の主な動物は、猫、コウモリ、キツネ、アライグマ、スカンク等
接触のない曝露(空気感染)や移植臓器からの感染は非常に稀
感染した人から医療従事者や家人への感染の報告はなし
世界では年間推定1000万人がPEPでワクチンを接種しているとされる

日本での症例
2006年8月、11月にフィリピンで犬咬傷。
Isabelaで野良犬に咬まれた69歳男性とMakatiでペットの犬に咬まれた65歳男性で両者とも8日以内の発症

発症後の回復症例報告は15例(J Neurol Sci 2014,  J Clin Virol 2015, Trop Med Int Health 2016
Year/Age/Sex/Incubation Period/Post exposure Prophylaxis(PEP)/Outcome
??
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=%3A%2015214393

1. 1972/45/F, Argentina/21d/12 SMBV/Slow resolution over 1yr
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/180860
??
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=5063659
2. 1970/9/M, USA/20d/14 DEV/Complete recovery in 6 mos
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7892092
3. 1977/32/M, USA/21d/PreP DEV/Dementia, personality disorder
4. 1992/9/M Mexico/19d/3 PVRV/Slight improvement, died at 34 mos
5. 2000/6/F, India/16d/PCECV/3 mos coma, slow improvement at 18 mos
6. 2004/15/F, USA/1m/None/Almost complete recovery
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=15614231
7. 2009/17/F, USA/2m/1 dose of rabies vaccine and 1,500 IU of HRIG/recovery
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5907a1.htm
8. 2011/8/F, USA/4-9w/no vaccine/recovery
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6104a1.htm?s_cid=mm6104a1_w

病期:潜伏期→前駆症状→急性神経症状(acute neurologic phase)→昏睡→死亡

潜伏期:狂犬病ウイルスが筋組織にて増殖、末梢神経を逆行性に進行
潜伏期間は2週間から6年(平均2-3カ月)、1か月以内に71%、3か月以内に87%、6か月以内に95%
末梢神経での進行速度(15-100mm/day)はウイルス株、接種ウイルス量、神経支配領域、中枢神経までの距離による

前駆期:2-10日、ウイルスが後根神経節で増殖、中枢神経に沿って進行

前駆症状:疲労感/疲労感、頭痛、食欲不振、発熱、咬傷部位の疼痛・掻痒感・感覚鈍麻

急性神経症状:ウイルスが脳に感染、期間2-7日、脳から別の臓器に遠心性にウイルスが進行
- Encephalitic / Furious type:触角、聴覚、視覚、嗅覚刺激等に対する痙攣恐怖症
過流涎、吸気時痙攣、不隠、攻撃性、幻覚、見当識障害、異常行動(bizarre behavior)、興奮(agitation)、混乱(confusion)、signs of ANS dysfunction、意識清明期との変遷、発作(seizures)
- Paralytic / Dumb type:
攻撃性の欠如、衰弱、痙攣恐怖症(50%)、打診による筋浮腫(Myoedema)、GBSとの鑑別

昏睡期:発症から4-10日後、臓器不全(呼吸器、循環器、神経、下垂体、その他)

主な症状(n=321)
Hydrophobia: 263(82%)
Aerophobia: 251(78.2%)
Fever: 138(43%)
Dysphagia: 90(28)
Restlessness: 86(27%)
Dyspnea: 79(25%)
Agitation/Combativeness: 65(20%)
Hyper-salivation: 65(20)
Localized pain/Paresthesia at bite site: 32(10%)

診断方法:
狂犬病ウイルス抗原の同定
- Fluorescent Ab test (FAT)
- Direct Microscopic Examination (DME) or Negri Body Detection
Mouse Inoculation Testによる生体内でのウイルス同定
Rabies Virus Neutralizing Antibodiesの同定
- Rapid Fluorescent Focus Inhibition Test (RFFIT)
- IgG Enzyme-Linked Immunosorbent Assay (IgG ELISA)
Nested Polymerase Chain Reaction による同定

ワクチン予防:
・発症予防効果があるとされるのは中和抗体>0.5IU/ml
・発展途上国の多くは、センプル型ワクチン(固定毒を感染させたヤギやヒツジの脳乳剤をホルマリンで完全に不活化した狂犬病ワクチン)
・南米系の多くは、乳のみマウス脳由来狂犬病ワクチン(接種回数が多い, 免疫原性が低い)
・それ以外は、副作用がほとんどない組織培養凍結乾燥不活化狂犬病ワクチン(接種回数が多い, 免疫原性が低いことに加えて, 脳症のリスクあり, アレルギー反応のリスク1/200-600, 凍結乾燥したままであれば37℃の環境下で1ヵ月保存しても有効性が保たれる)
- 精製ベロ細胞ワクチン(Purified vero cell rabies vaccine, PVRV) フランス製(2Wで100%抗体陽性の報告あり、日本で分離・樹立されたアフリカミドリザルの腎細胞上皮に由来するベロ細胞でウイルスが培養され、大量生産が可能) verorab® 0.5ml/回
- 精製ニワトリ胚細胞ワクチン(PurifiedChickEmbryoCellVaccine;PCECV) ドイツ製(大量生産が困難であることが難点) es) Rabipur® 1.0ml/回
- 精製ニワトリ胚細胞ワクチン(Japanese rabies vaccine;JRV) 日本製(大量生産が困難であることが難点) 1.0ml/回
- ヒト2倍体細胞ワクチン(Human Diploid Cell Vaccine; HDCV) フランス製(稀に含有するアルブミンに反応してしまうことがある) 1.0ml/回
- アジアやラテンアメリカの一部の国では動物の神経由来のワクチンが使用されているが、副反応が多く、効果も低いことから、WHOやCDCによる推奨使用はない[WHO position paper 2010]。


曝露前予防接種:
Day0, 7, 21 or 28(1-1-1)で筋注: dose 0.5ml PVRV or 1.0ml PCECV
研究者等のハイリスクで者あれば2年ごとに抗体を検査して追加接種を検討(CDC, WHOによれば一般の旅行者の追加接種は不要とされる)
PVRV(Verorab®), RCEC(Rabipur®)は1年後に追加接種(4回目)を行い、5-10年間の長期間抗体を保持可能[J Infect Dis. 1998 May;177(5):1290-5.](5年毎のブースター接種)
初期免疫としてHDCVを接種した場合でもPVRVでブースター接種可能
日本の接種方法(添付文書)
1.0mLを1回量として、4週間隔で2回皮下注射し、更に、6~12箇月後1.0mLを追加する
子供の場合にも大人と同量を注射する
明確に定められた開始適応年齢はないが、歩いて動き回る1歳~程度が適当?




曝露後予防接種:
曝露後WHO分類
Category I: 動物に触れたり、餌を与える、損傷のない皮膚を舐められる
→曝露として考える必要なし、曝露後予防(PEP)不要
Category II: 損傷のない皮膚を囓られたり、引っ掻かれたりすることによる出血の無い擦り傷
→軽度の曝露、ただちにワクチンを開始(可能であれば免疫グロブリンも考慮)、その動物がその後10日間以上生存していることが確かめられるか、狂犬病ウイルスに感染していないことが証明できればPEPを中止する
Category III: 皮膚の咬傷または損傷のある皮膚を舐められるか引っ掻かれる、唾液で粘膜を汚染される
→重度の曝露、ただちにワクチンと免疫グロブリンを開始、その動物(イヌ or ネコ)がその後10日間以上生存していることが確かめられるか、狂犬病ウイルスに感染していないことが証明できればPEPを中止する

免疫グロブリン Human Rabies Immune Globulin:HRIG 20IU/kg, Equine Rabies Immune Globulin: ERIG/Fab2 40IU/kg
ERIGもpurifiedされたものは副反応が少なくなっており(0.8%-6.0%)[Yellowbook 2012]、アナフィラキシーの頻度は1/45000程度(WHO position paper 2010)。HRIGを優先させるがERIGの方が安価であり、HRIGが入手困難な場合にはERIGを接種する
免疫グロブリンを注射する際には、ワクチン接種による抗体産生と拮抗する可能性があるため、ワクチン接種から1週間以内に注射する必要がある
http://www.cdc.gov/rabies/medical_care/hrig.html


曝露後の予防接種方法
- (標準)筋肉注射方式 0.5ml for PVRV, 1.0ml for PCECV (1-1-1-1-1) day 0, 3, 7, 14, 28
- 2か所皮内注射方式 0.1ml for PVRV/PCECV (2-2-2-2) day 0, 3, 7, 30
- 筋肉注射方式変法 0.5ml for PVRV, 1.0ml for PCECV (2-1-1) day 0, 7, 21
- 皮内注射方式変法 0.1ml for PVRV/PCECV (8-4-1-1) day 0, 7, 30, 90 [両側肩、大腿、腹部、背部]

日本の接種方法(添付文書)
1.0mLを1回量として、その第1回目を0日とし、以降3、7、14、30及び90日の計6回皮下に注射する
以前に曝露後免疫を受けた人は、6箇月以内の再咬傷の場合はワクチン接種を行う必要はない
曝露前免疫を受けた後6箇月以上たって咬傷を受けた人は、初めて咬まれた場合と同様に接種を行う

曝露原因となった動物が飼われていた場合、10日間様子を観察して健康であれば、曝露後予防接種を中止してもよい (1)

References:
1) WHO 2005 WHO expert consultation on rabies
2) WHO Website http://www.who.int/rabies/en/

国内での曝露後の対応
日本国内では、人は昭和31年(1956年)を最後に発生がない
動物(猫)では昭和32年(1957年)を最後に発生がない
日本国内の場合、狂犬病は発生していないので感染の心配はない
cf. http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/07.html#q8

曝露後予防を開始後に発症の報告あり
曝露後すぐにワクチン接種を開始したが、グロブリンの接種はなし。5日後に発症した症例。
http://www.promedmail.org/direct.php?id=20120206.1034574

ワクチンに加えてグロブリンを併用しないと発症の予防効果が乏しいとするハムスターでの報告あり。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19925945

曝露後、免疫不全がなく免疫グロブリンを使用すればワクチン接種を4回で良いとするCDC recommendationに対して、臨床では予防効果が不十分となることも多く、抗体検査と5回目のワクチン接種が必要であることを示唆した報告あり[CID 2012]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22550115


よくある質問
日本の狂犬病ワクチンによるWHO方式(accelerated schedule)の接種方法は?
→ 十分な予防効果がある
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20063031

日本の狂犬病ワクチンを航前に2回のみ接種した場合?
→ 症例は少ないが十分な抗体上昇が見られていることも報告されている。曝露した場合には、曝露前接種はしていないプラクティスとなる可能性は高い
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20715561

曝露後接種において海外のワクチンから国内のワクチンへスイッチした場合?
→ 接種を継続しても抗体価の上昇があることが報告されている
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=12448848
http://journal.kansensho.or.jp/Disp?pdf=0760100882.pdf

時間の経過により抗体価は漸減するが、追加接種により十分な免疫が獲得される
168人のデータで、曝露前接種完了から5年後の抗体保有率は34%まで低下するがブースター接種による抗体陽性率は100%(Xiaowei Zhan, 2011

狂犬病の国ごとのリスク
WHO risk map: Endemicity of dog rabies and dog-transmitted human rabies, 2016 (Map)
HPA risk country: Rabies risks in terrestrial animals by country
CDC risk country: Chapter 3 Infectious Diseases Related To Travel Rabies


ヒト2倍体細胞ワクチンはクロロキンとの相互作用で抗体産生能が低下する可能性あり
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6145850

ヒトは発症の2週間前から唾液にウイルスの排出あり

 

フィリピン保健省の作成した狂犬病啓発動画
Rabies Educational Video

KMバイオロジクスの組織 培養不活化狂犬病ワクチンは2019年7月から欠品となった。




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