天然痘ワクチンのレビューと流行時に使用するワクチンに関して WHO SAGE meeting of Nov 2013
天然痘の臨床症状
ウイルス株によって主に2つの異なる臨床像
- Variola major: 高い発症率と致命率(致死率は約30%とされる)
- Variola minor: 軽症の経過をたどり、致死率は1%以下
- 稀に2つの経過が混合して生じ、致死率が高く、出血性かつ悪性の病態となる
感染したヒトは10-14日間の潜伏期間は非感染性であり、これにはインフルエンザ様の発熱や倦怠感が含まれる。ウイルスの排出は発疹が出現して始まる。
曝露後予防接種はもし短期間に実施できれば発病や重症化を予防できる可能性がある
- 過去にワクチン接種歴がないヒトは曝露から4日まで
- 過去にワクチン接種歴があるヒトは曝露から7日まで
天然痘と水痘のの違い
・天然痘では顔や四肢末端に多い ⇔ 水痘では皮疹は普通手掌足底に出ない
・天然痘では皮疹に先立って2-4日前から熱発する ⇔ 水痘では皮疹と発熱が同時に起こる
・皮疹は体のどの部分の皮疹も同じ段階を示しながらゆっくり進行する(疱疹、膿疱、痂皮が混在しない) ⇔ 進行が早く、同じ時期に疱疹、膿疱、痂皮が混在する
・天然痘で死ぬことはある ⇔ 水痘ではめったに死なない (水痘と診断された患者が死亡した場合には常に天然痘を疑う)
天然痘の出血型では予後不良、扁平型では鑑別が困難
天然痘ウイルス根絶後のウイルス封じ込め(WER 2016. Smallpox in the post eradication era)
ワクチンの種類
第一世代ワクチン
- 天然痘撲滅運動時に使用されていたワクチンで羊や子牛の皮膚やリンパ節による
- 天然痘ワクチンウイルス株は世界的に様々であった(Lister, NYCBH, EM63)
- 凍結乾燥ワクチンで二又針による1回接種
- 副反応は稀だが重篤なものもある
・天然痘を撲滅したことで有効性は証明済み
・接種により痂疲化等の確かな皮膚反応が確認できる(vaccine take)ことで予防効果が確認できる
・血清学的な予防の評価方法は確立していない
・稀であるが、重篤な合併症を接種後に生じることがあり(全身性種痘疹、種痘性湿疹、進行性種痘疹、脳炎、死亡)、発現は過去に接種歴がないヒトに多い(Aragon et al, 2003)
・ 重篤な合併症の発現は、被接種者の年齢、ワクチン株にも依存する
(Fenner et al, 1988)
・脳症(RR 2.8)や全身性種痘疹(RR 3.14)のリスクは1歳未満で多い(NYCBH)
・進行性種痘疹(RR 7.27)のリスクは20歳以上で高いが、ほとんどの症例は血液悪性疾患や免疫不全の病態に生じる(NYCBH)
アメリカでNCYBH(Dryvax)は62万8414人の軍人に接種され、3万9566人が初回接種だった(Neff et al, 2008. Poland et al, 2005)
・進行性種痘疹や種痘性湿疹の報告なし
・42例に全身性種痘疹が生じたが全て軽症であり、自然治癒を認めた
・97例に自己接種を行ったが合併症なく治癒した
・2例のワクチン後脳症が報告された
・100例のワクチン接種と関連すると考えられる心筋心膜炎が生じた(発症時期がウイルス増殖のピーク7-14日後であり、接種を受けていないヒトと比較して初回接種者に7.5倍多いが、再接種者にはリスクの増加なし)
・7例の遅延性心筋症が接種後5-40週間後に既往歴のない被接種者で報告(自己接種の過程や感染との関連性がある可能性)
イスラエルの軍隊に実施されたワクチンキャンペーンで1991年から1996年にかけて18歳以上の新入隊員へのLister vaccineの接種が行われた(初回接種者は20%未満)(Haim, 2000)
・予防接種後の全体の合併症は100万接種に対して0.004件
・ 脳症、進行性種痘疹、死亡は報告されていない
・その他の重篤な合併症の発現頻度は100万接種に対して、種痘性湿疹0.0015、全身性種痘疹0.0009、不注意の接種0.0006、二次性感染0.0006、多形性紅斑0.0003
第二世代ワクチン
- 細胞培養の天然痘ワクチンでモノクローナルまたはポリクローナルのNYCBH, Listerウイルス株、偶発的な病原体の混入のリスクを低下(第一世代のワクチンとウイルス株は同じ)
- データは限られているが、第2世代のポリクローナルワクチンワクチンに効果と安全性に大きな相違はない
- 凍結乾燥ワクチンで二又針による1回接種
- 曝露前・曝露後において第一世代ワクチンと同等の有効性と安全性が期待できる
- CJ-50300: NYCBH由来のポリクローナルワクチン
- Elstree vaccines ( Elstree-BN, VV Lister/CEP, Elstree/RIVM): ウイルス株由来のポリクローナルワクチン
- ACAM2000 (2007年にFDAで承認):NYCBH由来のウイルス株をプラークで精製したモノクローナルワクチン
有効性
初回接種者のtake率はDryvaxと比較して非劣性だが、GMTでは劣る
追加接種者のtake率はDryvaxと比較して劣性だが、GMTでは非劣性
安全性
全身性種痘疹、眼種痘疹、種痘疹後脳症、進行性種痘疹、多形性紅斑、種痘性湿疹は生じない
最も報告頻度の高い有害事象は心筋心膜炎(全て初回接種者に生じ、再接種者には見られない。Dryvaxとの頻度に有意差なし)
一般の有害事象発生率の比較の報告は様々であるが、大体においてDryvaxよりも発生頻度が低い
第三世代ワクチン。
- 細胞培養技術により高度に弱毒化したワクチン
- 接種後にウイルスが複製可能なLC16m8
- 接種後にウイルスが複製できないMVA(Imvanex)種痘疹
- LC16m8: 30℃での細胞培養による複数の継代によりLister株ワクチンより製造
ウサギやサルにおいて親株を用いたワクチン接種と比較して神経毒性が減少
増殖は正立するが、B5R遺伝子が1塩基削除されB5R蛋白が切り取られる
B5Rは細胞外エンベロープウイルス粒子を十分に形成し、宿主の中でウイルスが播種するために必要となる
B5Rは中和抗体のターゲット、補足的活性化と関連する
凍結乾燥ワクチンで二又針による1回接種
使用期限 約3-4年?
免疫不全を有するSCIDマウスにおいても重篤な有害事象を認めず、高容量の接種でも死亡しなかった
有効性
安全性
心電図検査の一過性異常の発生率はLC16m8で0/56、Listerで6/37と低い。
- MVAワクチン:Ankaraワクチン株由来
大きく6つの欠損により遺伝子の30kbを消失し、ヒトや哺乳類での複製能に制限がある
ウイルスの形態形成をブロックし、感染性のある細胞内成熟ウイルス(IMV)や細胞外エンベロープウイルス(EEV)粒子の産生しない
撲滅活動末期に通常のワクチン接種前の事前ワクチンとして使用された(1x10^6 IU/dose)
近年、いくつかのMVAワクチンが開発されこれまでのMVA株とは区別される
・Imvanex (IMvamune or MVA/BN): プラーク精製から584世代継代したモノクローナルワクチン
液体のワクチン、4週間隔で皮下に2回接種
健常者やアトピー性皮膚炎患者の評価で抗体陽転率は80-90%以下
HIV患者やアトピー性皮膚炎患者での安全性に関するデータがまだ少ない(2100人の評価)
使用期限 約2年?
・ACAM3000: ポリクローナルワクチン
・TBC MVA: ポリクローナルワクチン
0, 7日の2回接種は0, 28日の2回接種のスケジュールと比較して抗体価とtake率の点で劣る
その他
- 経口天然痘ワクチン
- 不活化ワクチン
WHOの天然痘ワクチンの備蓄の歴史
1977年 天然痘撲滅後の再流行に備えて備蓄用ワクチンが各国から寄付され2億本がWHOのジュネーブとローザンヌに保管
1986年 ワクチンが返還されジュネーブに500万本のみが保管される
2004年 オルソポックスの専門委員会が2億本の備蓄を推奨
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ニュージーランドからワクチンが寄付される
2008年 アメリカの基金により、ACAM2000を30万本WHOに斡旋される
2013年 日本がLC16m8を100万本差し出す
現時点でWHOの備蓄ワクチン数は3500万本
それぞれの国に備蓄されているワクチンが6億500万本~7億5500万本と推計
年間の生産余力としては世界で2億5500万本と推計
流行時にどのワクチンを使用するか
使用するワクチンは凍結乾燥のもので、二又針を用いて投与され、痂疲化等の確かな皮膚反応が確認できる(take)ものであるべき
流行を収束させるには、有効性・純度・安定性の観点で2004年に標準と規定した天然痘ワクチンは各国が保有するどのワクチンであっても使用すべきである
2004年以降に寄付されたワクチンを備蓄として管理し、寄付された資金をワクチンの追加購入費として使用することを考慮すべきである
追加されたワクチンとしてACAM2000とLC16m8は、撲滅運動に用いられていたワクチンは現在生産されていないため、受け入れられるべきである。
各国がWHOに寄付するワクチンは各国で備蓄するワクチンと同様のものを供給すべきである
ワクチンの供給量に制限がある中で誰にワクチンを接種すべきか
発症患者に直接接触した人に最初の対応する人(救急スタッフ、緊急対応職、医療従事者)
検体を直接扱い曝露が予想される検査技師
標準と規定された1回接種で予防効果が得られるワクチンが使用されるべき(Imvanex MVAは落ちる)
またACAM2000やLC16m8のように、過去の撲滅運動のように現地での大量使用が可能なワクチンが望ましい
どのワクチンが予防投与に用いられるか、予防接種スケジュールはどうなるか
Risk-benefit ratioや天然痘の再流行の可能性が低いことに基づき、ワクチンの予防的な使用はオルソポックスウイルスを取り扱う研究者に限定するべき
WHOが標準と規定したワクチンを用いるべきであるが、それぞれの国がどのワクチンを使用するか決定できる
追加接種に関する必要性や頻度の推奨は証明されていない
Imvanex MVAについては、使用を推奨するに有効性や安全性に関するさらなる臨床情報が提供されるべきである。
ワクチンが承認されている国において、ウイルス複製ワクチン(MVA-BN以外)を拒否する人や医学的に基礎疾患に免疫不全やアトピー性皮膚炎等のためウイルス複製ワクチンの接種適応外とされた人に対しては、MBA-BNはより安全性が高いかもしれない