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信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

花の色は うつりにけりな いたづらに・・森の杏が満開です(妻女山里山通信)

2012-04-20 | アウトドア・ネイチャーフォト
 長野県千曲市森の杏は、伊予宇和島藩主の伊達宗利の娘、豊姫が、15歳で第3代松代藩主真田幸道(17歳)に お輿入れをする際に、故郷の風情を偲ぶようにと、杏の種子を持参したのが始まりといわれています。そのためというわけではないと思いますが、杏の花には童女や少女が似合います。今年は春の低温のため例年より遅れて満開を迎えました。

 麓は満開。山の上の方はまだ七分咲きぐらいですが、この週末にはみな開くでしょう。いわゆるピーカンの杏の花もいいのですが、薄曇りぐらいの方が風情はあります。また、まだ観光客が訪れる前の朝霧の立つ早朝や、人が去った後の夕暮れもいいものです。禅透院や興正寺の杏もおすすめ。興正寺山門の「子持龍」は、天才・立川和四郎富昌の作
立川和四郎富昌についての記事

 昔はコーラルピンクに見える在来種がほとんどで、また家々は藁葺きが多かったので、全体の印象はもっと柔らかなものでした。青や赤のトタン屋根や黒灰色の瓦屋根が増え、また増築等で屋敷の杏の木が切られてしまったため。集落中が花に埋もれるという風景が見られなくなってしまったのは残念です。

 それでも、所々に古い在来種の木が残っていて、標識がつけられています。特に売店上の巨木は樹齢約250年とかで、カメラマンの絶好の被写体として人気があります。そういうところでは、なかなか人と違うカットは撮れませんが、ちょっと奥へ足を延ばすと誰も気がつかないような風景を発見できます。健脚ならば山の上から俯瞰で。

 観察眼の鋭い人は気がついたと思うのですが、在来種は花が散り散りに咲くのですが、新品種の多くは花が枝に沿って固まって咲きます。その方が実を収穫し易いのでしょう。ほとんどの人は花期にしか訪れませんが、杏の実が熟す頃に訪れると、甘い香りが集落中に漂っています。昔は採り損なった杏の実が道路に落ちて潰れてそれはすごい香りでした。

 旧松代藩の領地の家々では屋敷にたいてい1本以上の杏の木があって、果実をシロップ漬けや焼酎漬けにしたり、紫蘇巻き杏を作ったものです。昭和時代にアメリカシロヒトリという害虫が大発生したり、寿命を迎えたり、家の新築や増改築で切られたりしてずいぶんと少なくなったのは寂しいことです。在来種の杏の木は、栽培してる森よりもむしろ周辺の集落に多く残っています。

 毎年変わりなく同じ様に咲く杏の花も、よく見ると少しずつ変化していくのです。
「花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる 眺め(長雨)せしまに」
(長雨をぼんやり眺めているうちに桜花の色は移ろい、私自身もつまらない物思いにふけっているうちに盛りの時を過ごしてしまった) [小野小町]
2009年の杏の花
2010年の杏の花-1
2010年の杏の花-2
2011年の杏の花
2011年の杏の花スライドショー
●09/04/09 2009年・森の春のあんず祭(古墳遠望)フォトルポ

 妻女山(赤坂山)の桜も、今が見頃です。山頂へは桜のトンネルを通って車で行く事ができます。山桜はこれから咲きます。里ではGWにかけて桃、林檎が咲き乱れます。信州の春は短いのですが、今年は春先が寒く急に暖かくなったので、例年以上に気ぜわしい春となりました。
妻女山から陣場平への行き方
妻女山から斎場山への行き方


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■歴史は繰り返す:864年:富士山噴火/868年:播磨国地震(阪神)/869年:貞観地震M9・貞観津波(東北)/871年:鳥海山噴火/874年:開聞岳噴火/878年:相模武蔵地震(関東)M 7.4/887年:仁和地震(東海南海地震)M9(M=推定)

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