みやちゃん日記

気侭に書き込みます。

辛かったときのこと

2012年04月24日 | Weblog


ある時期とても辛い辛いときがあった。
私はどんなときでも心にしまい込んで口には出さない。
でもそれを分かっていて下さる方がおられたと言う事はそれだけで私は嬉しい。
人とふれあいの日々の中で嫌なことだってある。でも一々口外するとぎくしゃくするし
廻りの方も嫌な思いをする。それを耐えてきて今がありそんな方ともさりげなく笑顔で話し合えるって腹が黒いと言われるかも分からないが、私はそれでもそんな生き方を選んでいる。
そんな年月を歩いてきて今の私があるのだと思う。決して私は立派な人間ではないが
どんな人に対しても優しい言葉をかけられるように心がけている。

人間関係で辛いこと嫌なことがあってもそれは人ではなく自分が至らないからだとも言える。

私は4年生の5月に生みの母とは死に別れている。その時から人の目を見て人を判断するような子に育ち成人した。それは私たち3人が母に憎まれないようにと思う子供なりの知恵だった。だから今でもそんな生き様が身についているから引き下がることを知っている。母とは今でも仲良くしている。
母にだって私の気に入らないことがなかったわけではなかったが、母のことを言うようになったのはここ十年にもならない。
辛さを知っている者はその分人に優しくなれると私は思っている。
もうこの年になったのだから腹が黒くても良い、人に可愛がられる生き方をしていきたいと思う。今日或る方にお会いして話して私の生き様を見つけたように思う。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
相手を思いやる・・・ (kaach)
2012-04-25 00:42:15
”いつも自分を殺して相手の思うままに受け入れる”なんてことはとても出来ないことですが、でも少しは努力したいとは思っていますけれど…

それにしても努力で身につけられた技なのでしょうか・・・
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そうしなければ生きられなかったと思います。 (よりみち)
2012-04-25 10:10:27
屋敷に生えた草だからと言ってもそうは生きられません。何時も「子供が多いからたいそいわいね」といわれました。でもその3人は前からいたのです。そう言うのならさんによして生めばいいことで出て来た子はどの子も大切です。でもそれは私たち3人が要らない子だったのだと思いますが、母の連れ合いである父にそんなことを告げ口しようものなら反対に父にひがむなと私が叱られますから私は貝になるしか仕方無かったのですがだから母と今も仲良く
出来るのだと思います。
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