みやちゃん日記

気侭に書き込みます。

頸髄の手術2周年

2006年11月29日 | Weblog
 二年前の今朝、8時にスッポンポンでベットに載せられ手術室に運ばれ
帰ってきたのが夕方の6時を廻っていた。頭の両脇に5K の錘を当て首を
固定されていた。
 妹に1週間看病に来てもらったのだが、導尿がうまくいっていなくて
辛かったこと横になれなくて辛かったことなどそんなに辛い思いを
してした手術は何だったのかなと思うが、人間何時の場合も
今が1番辛いと思うのだと思う。特にひろのこと手術をしてもしなくても
口説いているのかもしれないと思っている。
いずれにしてもこの体と死を迎えるまでお付き合いして行かなければ
ならない。
3月に心不全をして9月にペースメーカを入れなければ、
社会生活どころか次に痙攣を起こして倒れたら(線が切れてらたら)
西の方へとお旅立ちとのことで今となっては頸髄の方はMRIは撮れないので
あとは何が起きてもなるようにしかならな、終末を苦しまないようにとだけ
願っている。
2倍半あった心臓が1倍ちょっとに小さくなったので無理をしなければ
もう暫く生きられるのかなあと思っている。

結婚記念日

2006年11月28日 | Weblog
 11月に26日は結婚記念日だが、いまだかってお祝いをしたこともしてもらったこともないので忘れていた。
26日のパーティのあと2Fでお茶をしますのでと言われて座席に付いた時、結婚は何年という話になりそれが丁度ひろの結婚記念日だった。
みんなはおめでとうといった下さったが、1度だって手をつないで歩いたり
したこともなくデートもさせてもらったこともなくそのころ映画を見に行く時は
仲人をしてくださった奥さんと別の男性とだった。
この頃では考えられないことだ。
入籍も35に妊婦手帳を貰うまでなく、夫に「生まれて来る子は私生児で
いいのですね」といったとき始めてびっくりしてあわてて入籍した。
息子が大きくなって戸籍を見た時、今で言う出来ちゃった婚だと思っていたようで
何かの折にそんな事を言っていた。もう後二年で金婚式だというのにあんまりと思うこともあるが、弱い我侭なひろを離婚もせずに今まで共に生きてきてもらったのだから記念日の祝いぐらいいいかあと納得している。 

花束

2006年11月27日 | Weblog
26日に大徳ボランティアグループが厚生労働大臣の表彰を受けた祝賀パーテイに
招待されて出席すると言ったはいいが、不安で出かけるまではらはらどきどきだった。 着物を着るのに右手が痺れていてしんずむんずだった。
20年余り前に作った絞りの訪問着の着る場所がなく躾を取らずに田上行きかと
思っていたのだが、祝賀式だけなら少し場違いかもと思ったが、パーティだから良いかと思ってそうした。初代会長との事で招かれたのでお祝いを用意して息子に送ってもらって出かけた。
暫く皆さまにお会いしていないので優しく気使って温かい言葉をいただいた。
10年間の会長職は決して平坦なものではなかったが、司会者、現会長、来賓の方の祝辞もそこから立ち上がっての18年と言っていただきスーッと幸せを感じた。
今までにいろいろ表彰されそのたびに記念品をいただいたが、昨日は現会長と2人で大きな花束をいただいた。何をいただいたよりこころが華やいでうれしかった。
初めての花束で感激した。目立つことの嫌いなひろだが、お花がうれしくて
こんなに幸せになれるものかと思った。

寒さ厳しく

2006年11月24日 | Weblog
 例年なら10月にはもう炬燵が出ているのに何時までも暖かくて
暖房なしに過ごしていたが急に寒くなってきた。
今年の冬は辛いだろうなと覚悟はしていたが、手足が動かしにくくなって来た。
ペースメーカが入ったが時々不整脈もある。
何分大きな物が入ったので重いし痛みもある。
あ~あ生きるって大変なことだ。でも死ねといわれたら死にたくない。

26日のお出かけが不安の元なのかも分からないが調子はいまいちだ。

きょうは妹が風邪で来てくれなかった。
何より風邪だけは気をつけないと引いたら今年に関しては
どうなるか分からない。感じとしては膝から下が凍りつくほど冷たく感じる。
触ったらそうでもないのだが・・・
外の気温で体調が左右されるのは辛いがこれもあたわりと我慢 我慢。


言葉の乱れ

2006年11月20日 | Weblog
昨朝、息子が出かけるので5時半に起きてテレビをつけたら
?寺子屋という番組で最近の言葉のみだれについて大山ノブヨさんが
話されていた。
超何々とか、ご自分が子どもの頃に使った言葉をお父様が指摘されて
叱られたことなど話され言葉の乱れが世相にも反映していると・・・
な~るほどそのとおりだと思った。そして気をつけなければいけないと感じた。

もう1度国語の言葉の意味を勉強しなければ他人の批判など出来ないと思った。
この頃の大人は子どもの言っている言葉を直すどころか格好良いとばかりに
使うといわれたがそんなこともあると思った。
気をつけないと自分も知らず知らずにそうかも知れないと反省しきり・・・

市長選

2006年11月19日 | Weblog
きょうは市長選 そのたびに息子は土曜日は当日の会場設営に
半日でかける。

今朝は6時に出かけるため5時半に起きておにぎりを作り、
おみおつゆを作って送り出す。

今年は金曜日も不在者投票の立会人で朝8時に出かけて帰宅は
夜9時過ぎなので遅かったねといったらだから言ったでしょうと叱られた。

今夜も勿論8時まで開場なので帰宅は9時過ぎになると思う。

10時ごろに投票に行ったがそんなに沢山の人はいなかった。
今度も投票率は低調なのだろうなと思って帰宅した。
我々は面倒くさいが、義務だから仕方ないと出かけるが裏方をする
人たちはお休み返上で大変だと思った。


友とは良いもの

2006年11月18日 | Weblog
昨日友人が訪ねてくださり年賀状のCDを持ってきてくださった。
先日ヤマダへ買いに行ったら今は本類は売っていないそうで
其の内本屋さんへ行こうと思っていたので助かった。

ひろは此処何年か出かけられなくて仲良し会の方達に行って来てと
言っていたのにひろが行かないのでは意味がないといって待って
いてくださった。これもそういっていただけることに感謝している。
今度12月の中ごろに参加できそうで楽しみにしている。

今年ボランティアの会が厚生大臣賞を受け連町と福祉協議会が
ボランティアの仲間にパーティーを催してくださるとかで
本当は3月でひろは引退したのに初代の会長だったのだから
招待してと今の会長がお願いしてと言う事でどうしても出席してと
わざわざ来てくださった。その日は研修が入っていたのでそこに出ようと
思っていたのだが、少々無理をしてもパーティーの方へ出るべきかと思って
そのようにした。もうあれもこれもお休みしているひろを忘れずに
声を掛けていただけることに感謝している。

温泉行きのお誘い

2006年11月13日 | Weblog
きょうは晴れていたので外に落ちた枯葉を穿き集める。
一年ぶりぐらいかと思う。

今パソコンを開いたら17年余り続いている仲良し会の中の方が
ひろは出られそうかと電話があったとメールが入っていた。
ひろのためにもう3年ほど何処へも行っていない。
申し訳ないと思うのと「私が行けなくても3人で行って来て」と
言っているのだが、待っていてくれていてありがたいことだと感謝している。
心臓が落ち着いたので行ってみようかと心が動く。
温泉につかったらその間だけでも手足が楽かなとも思う。
夫に相談してから返事をしようと思う。

立冬だからとて

2006年11月08日 | Weblog
昨日は夜中から雷の稲光雨が物置と車庫を穴があかないかと思う程の
凄い音を立てていた。
こちらもひどかったか北海道では竜巻なのか相当な被害とか
「亡くなった方お悔やみ申し上げます」
福井の友人から手紙が届き急に寒くなって辛い辛いとあった。
 ひろとて同じこと今年の冬を何とか過ごせたら生きる自身も持てそうだと
思っている。

昨日は蟹の解禁あれて少な目の量とのこと今年も蟹をお腹いっぱい
いただけると思う。我が家は上級品を少々という食べ方ではなく
箱単位で買い生の動いている物を茹でてお腹いっぱいいただく。
品のない食べ方だが生まれつきで仕方ない。

それより息子は生まれてこの方蒲鉾は食べない。小学校のころ給食に
無理に食べさせられて4時ごろまでかかり途中で吐て青くなって帰宅する
子なのにかに味のカリブをサラダに入れたのを知らずに食べている。
妹の夫とで笑っているが、何時まで気が付かずに食べることか?
気が付いて唾を吐いてももう遅いと3人で笑っている。

もう少ししたら蟹をいただいて元気に?なりたい!!

つるべ落とし

2006年11月04日 | Weblog
彼岸がすぎこの頃は日の落ちるのが日増しに早くなってきた。

若いころは秋は淋しさもあるが、澄み切った空気を吸って外を歩いていると
いろいろなことが頭に浮かびロマンチックな一時に浸ることが出来た。

この頃は自由に外歩きも出来なくなり、やはり秋は淋しさを感じる
時節なのと思う。

年賀はがきが届いた。まだ障る気にもなれずにいるが、
絵心のないひろは何か本を1冊買いに行きたいと思っている。
多分もうでていると思っているのだが兎に角1度本屋さんへ行きたい。

家の中も少しづつ片付けられるようになったのでもう何年も
ひらかない書類などは思い切って捨てようと思っている。

今まで明日明日と過ごしてきたが、そんなことばかり言って
いられない年になったのだから明日あると思う心の・・・である。