雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百十回

2015-07-24 08:30:02 | 二条の姫君  第三章
          第三章  ( 三十六 )

豪華な催しの数々が果てた後は、それでなくとも寂しいものですが、姫さまにはそのお気持ちが特に強いご様子でございました。
演奏や舞などをお楽しみにはなられておりましたが、心の内では、何か場違いなものを感じられていたようで、やはりこのような場所には出るべきではなかったと、つい先ほどまでのことを思い出されながら感じられているようでした。

妙音堂では、御所さまの御声が間近に聞こえ、懐かしさに胸が詰まるご様子でしたが、すぐに御蹴鞠が始まるということで、親しくお話しする機会がないままに、御所さまは場所をお移りになり、姫さまだけは取り残されたように堂内に残っておられました。
すると、姫さまの叔父にあたります隆良殿が、「お手紙です」と言ってお持ちになられました。
「宛先が違うのでは」と、姫さまは申されましたが、強く差し出されるものですから姫さまは受け取り開けてみますと、
「『 かき絶えてあられやすると試みに 積る月日をなどか恨みぬ 』
やはり忘れられないというのは、別れられないということだろうか。長い年月の鬱積した気持ちを、今宵こそ晴らしたい」
などとございました。

姫さまの御返事は、
『 かくて世にありと聞かるる身の憂さを 恨みてのみぞ年は経にける 』
と、御返歌のみでございました。
すると、御蹴鞠が終わった後の酉の頃(午後七時頃)に、休息されておりました姫さまのもとに御所さまが入って来られました。

「これから船に乗るのだ。一緒に参れ」
と御所さまが仰せになられましたが、姫さまはあまり乗り気のご様子ではありませんでした。
長らく華やかな場所から離れておられたこともあって、今一つ馴染めないご様子で、ぐずぐずとなさっておられますと、
「ふだんの衣装のままでよいから」
と、御所さま自らが姫さまの袴の腰紐を結んだり、上に着るものをとお付きの者に命じられたりと何かとお世話され、これには姫さまのかたくななお心も少しは和らいだご様子でございました。
この二年ばかり、おそらく御所さまのつれなさをお恨みになったこともございましたでしょうが、御所さまの以前にも増したお心遣いに、これ以上拒むわけには参らないと思われたのでしょう、涙を拭われて立ち上がられました。

あたりはすでに暮れておりましたが、釣殿より御舟に乗る準備がされておりました。
まず最初に春宮、続いてその女房方。大納言殿・右衛門督殿・高内侍殿の三人で、この方々は、礼装をされております。
小さな御舟に両院がお乗りになりました。
姫さまは、三つ衣に薄衣・唐衣だけの御衣裳で御供されておられましたが、春宮の御舟よりお召しがあり乗り移られました。
管弦の楽器などが乗せられ、小さな舟に公卿方が乗り、本戦の端船に付けられました。

     * * *





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