雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第八十一回

2015-07-24 10:43:58 | 二条の姫君  第三章
          第三章  ( 七 )

秋の初め頃には、いつ良くなられるのかと心配された姫さまのご気分もすっかり回復されたご様子でした。

「男を近づけぬ結界でも引いたのかな。阿闍梨はそなたが身重になっていることを知っているのかな」
などと御所さまが申されるのに、
「ご存知ではありません。どのような折に申し上げましょうか」
と、姫さまはお答えになられました。

「何事につけ、阿闍梨は私に対して少しも遠慮する必要はない。しばらくの間は遠慮されることもあろうが、どうすることも出来ない宿命というものは、逃れることなど出来ないのだから遠慮なさるべきではないのだ。その旨、阿闍梨に知らせようと思うのだよ」
と、御所さまが仰いました。
これに対して姫さまにはお答えのしようもなく、法親王の心のうちも同様ではないかと推測され、かと言って、「それは困ります」と申し上げようとも思われたのですが、それはそれで、いかにも分別ありげで、憎らしげだと姫さまはお考えになられたようでした。
結局、「何ともよろしくお計らい下さいませ」とお答えされたのです。

その頃、真言の御談義というものが始まりまして、人々が多勢お集まりになられました。法親王も院参なさいまして、四、五日御伺候なさることになりました。
法文の御談義などが終り、お酒を少しばかり召し上がられました。姫さまも配膳などのためお仕えしておりました。

少し経ってから御所さまは、
「ところで、広く尋ね、深く学問するにつけ、男女の関係こそは、罪のないことです。逃れ難い契りであるなら、どうすることも出来ないことです。そのことは、昔から多くの例が伝えられている。浄蔵という行者は、陸奥国の女と宿縁があると聞き知ると、その女を殺してしまおうとしたが、どうしても殺害することができず、逆にその女のために堕落してしまったのである。染殿の后は、志賀寺の聖に『我をいざなえ』と心の内を訴えたという。
これらの恋慕の思いに堪えかねて、青い鬼にもなるし、望夫石にもなる。この石は、恋ゆえに女が石になったのだという。あるいは、畜類や獣と契るという話もあるが、どれもこれも前世の業の成せることである。人間の考えだけではどうにもならないことなのである」
などとお話しになる。

御所さまは、法親王を中心として集まっている人たちに御話しなさっているのですが、姫さまは、自分一人に向かって話されているような心地になり、強く引き込まれ、冷や汗も涙も同時に流すような心地に見受けられました。
やがて、集まっていた人々は退出されました。法親王も同じように退出なさろうとされましたが、
「夜更けて静かな時だから、心ゆくまで法文についてでも語り合おう」
と、御所さまはお引き留めになられました。

いつもなら、このような時には姫さまは伺候を続けられるのですが、お二人の話の内容を察せられたのでしょうか、姫さまは御前を離れられました。
この後も、御所さまと法親王の御二人だけで長い時間を過ごされたようでございますが、その内容は姫さまはもちろんご存知ありません。

     * * *

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