雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

唐櫃の中から ・ 今昔物語 ( 28 - 11 )

2020-01-03 12:23:47 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          唐櫃の中から ・ 今昔物語 ( 28 - 11 )

今は昔、
ある年配の受領の妻のもとに、祇園(祇園社。八坂神社。)の別当(寺務を統括する首長の僧。)で感秀(カンシュウ・伝不詳)という定額寺(ジョウガクジ・官寺に準ずる寺。)の僧が忍んで通っていた。
受領はこの事をうすうす感づいていたが、しらぬ顔で過ごしているうちに、受領の外出中に感秀が入れ替わりに入って、我が物顔に振る舞っていた。そこへ、受領が帰って来ると、妻も侍女たちもそわそわと落ち着かない様子である。
受領は、「さては、来ているのだな」と思って、奥に行って見てみると、いつも置いてある唐櫃(カラビツ・衣料などを入れる四脚付きの長櫃。)に普段と違って鍵がかけられている。「きっと、この中に入れて、鍵をかけたのに違いない」と確信して、年配の侍一人を呼んで、人夫二人を連れて来させて、「この唐櫃を今すぐ祇園に持って行って、誦経料として差し上げてこい」と言って、立文(タテブミ・正式文書)を持たせて、唐櫃を担ぎ出して侍に渡すと、侍は人夫に担わせて出て行った。
それを見ていて、妻も侍女たちも驚いた様子であるが、あきれて物も言えなかった。

さて、侍はこの唐櫃を祇園に持って行くと、僧たちが出てきて、「これは、すばらしいさ財宝であろう」と思って、「さっそく別当に申し上げよ。それまでは開けるわけにはいかない」と言いながら、別当に子細を伝えに行かせて待っていると、かなり経ってから、「捜しましたがお姿が見えません」と言って、使いが帰ってきた。
すると、誦経料の唐櫃を運んできた使いの侍は、「長々と待っているわけには参りません。私が見ておりますから、問題はないでしょう。すぐにお開け下さい。私は忙しいのです」と言うので、僧たちは「どうしたものか」と決しかねていると、唐櫃の中でか細くなさけない声で、「別当といわず、所司(ショシ・別当の下位の役僧。)のはからいで開けよ」と言うのが聞こえた。僧たちも使いの侍も、これを聞いて、びっくり仰天した。
とはいえ、そのままにもしておけず、恐る恐る唐櫃を開けた。見れば、別当が唐櫃から頭をつき出した。僧たちはこれを見て、目も口も開けっ放しで(一部欠字あり、推察した。)、全員立ち去ってしまった。唐櫃を運んできた使いも逃げ帰ってしまった。
その間に、別当は唐櫃から出て、走って隠れてしまった。

これを思うに、受領は、「感秀を引きずり出して、踏んだり蹴ったりするのは外聞が悪い。ただ恥をかかせてやろう」と思ってのことで、大変賢い処置であった。感秀もまた、もともと冗談のうまい人であったから、唐櫃の中からでも、このようなことを言ったのであろう。
世間にこの話が伝わると、味なやり方をしたものだ、と褒め称えた、
となむ語り伝へたるとや。

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