雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

悪竜となる ・ 今昔物語 ( 3 - 7 )

2019-02-10 15:04:06 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          悪竜となる ・ 今昔物語 ( 3 - 7 )

今は昔、
天竺の大雪山(ダイセツセン・ヒマラヤ山脈)の頂に一つの池があった。その池に一頭の竜が住んでいた。
その頃、ひとりの羅漢の比丘(ラカンのビク・阿羅漢果{原始仏教による最高の修業階位}を修得した僧。)がいた。その羅漢の比丘は、この竜(水神であったらしい)の招きを受けて、供養を受けるために、縄床(ジョウショウ・縄製の折り畳み出来る椅子)にいながら、空を飛んで毎日竜の棲み処に行った。

ところで、この羅漢の弟子にひとりの小沙弥(ショウシャミ・見習いの小坊主)がいたが、師の羅漢がこのように竜の宮殿に行くのを見て師に頼んだ。「私も一緒に連れて行ってください」と。
師は、「お前はまだ悟りを得ていない者である。竜の所に行けば、必ず悪い事が起きる。だから連れて行くわけにはいかない」と言って連れて行かなかった。するとこの小沙弥は、師が竜の所に行く時に、密かに師がいつもいる縄床の下につかまって、隠れてついて行った。師は竜の所に着いたあとで、弟子の小沙弥がいるのを見て呆れてしまった。

竜は羅漢を供養するのにかぐわしい味わいの美食を準備した。弟子の小沙弥には普通の人間が食べている物を与えた。
小沙弥はその食事を食べ、「師が供養された物も同じ食べ物だろう」と思って食べたが、師が使った器を洗う時、その器に着いていた粒状の物を取って食べてみると、味がとてもすばらしく、全く自分が食べた物とは違っていた。そこで、小沙弥はたちまち悪心を起こして、師をたいそう恨んだ。さらに竜をも憎んで、「自分は悪竜となってこの竜の命を断って、この場所に住んで王と成ろう」思って、願を立ておえてから、師に従って本の所に帰った。

帰った後、考え直したうえでもなお悪心は変わらず、「悪竜と成ろう」と願ったところ、その夜のうちに死んでしまった。そして、願い通りに、即座に悪竜に生まれ変わった。そこで、その悪竜は本の竜の棲み処に行って、兼ねて考えていたように制圧して、その場所を棲み処とした。
師の羅漢は、この事を見て嘆き悲しみ、その国の大王カニシカ王(クシャーナ王朝の第三代王。中央アジアから北インドにまたがる広大な地域を支配した。当初仏教を弾圧したが、後に外護者となった。ガンダーラ美術の興隆期にもあたる。)の御許に行って事の次第を申し上げた。大王はそれを聞いて大変驚き、たちまちのうちに、その池を埋めてしまった。
その時、悪竜は大暴れし、砂や小石を雲のように振り撒き、暴風は樹木を吹き抜き、雲霧が降り覆って闇夜のようになった。
すると、大王は大いに怒り、二つの眉から膨大な量の煙や炎を吹き出した。さすがに悪竜も、怖れをなしてたちまち静まった。

このようにして、大王はこの池の跡に寺院を建てた。
しかし、悪竜はなお怨みの心が消えておらず、その寺院を焼いてしまった。大王は再び寺院を建てた。塔・卒塔婆(塔と卒塔婆は同意語)を建て、その中に仏の骨肉舎利一升を安置し奉った。すると、悪竜は婆羅門(古代インドの四姓制度の最上位の階層。)の姿になって大王の御許にやって来て、「我は悪心を止めて、これよりは以前のような恨みの心ではありません」と言った。そして、寺院において楗椎(ケンツイ・寺院で時刻を知らせるために叩く銅製や木製の打器。)を打つと、竜はその音を聞いて、「悪心は止めました」と言った。
しかしながら、ともすれば雲気(竜の怒りの念が黒雲となる、という表現)が常にその辺りに現れた、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 御影を残す ・ 今昔物語 ( ... | トップ | 阿難のたくらみ ・ 今昔物... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その1」カテゴリの最新記事