雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

震旦の天狗 ( 1 ) ・  今昔物語 ( 20 - 2 )

2023-03-30 07:59:56 | 今昔物語拾い読み ・ その5

     『 震旦の天狗 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 20 - 2 ) 』


今は昔、
震旦に強い天宮(天狗)がいた。智羅永寿(チラヨウジュ・伝不詳)という。この者が、わが国に渡ってきた。
その者が、わが国の天狗を尋ねて会い、「わが震旦の国には、とんでもない悪行を働く僧共が数多くいるが、我等の意のままにならない者はいない。そこで、この国にやって来たが、修験の僧共がいると聞いたからには、『その者共に会って、ひとつ力比べをしてやろう』と思うが、どうだろうか」と言った。
わが国の天狗をそれを聞いて、「大変良いことだ」と思って、「この国の徳の高い僧共は、我等の意のままにならない者はいない。懲らしめてやろうと思えば、思うままに出来る。されば、近く懲らしめるべき者共がいるので、お教えしよう。ついておいでなさい」と答えて飛び立つと、その後について震旦の天狗も飛んで行く。
そして、比叡山の大嶽(オオタケ・主峰を指す。)の石の卒塔婆の近くに飛び登ったので、震旦の天狗も道の脇に並んで座った。

そこで、わが国の天狗は、震旦の天狗に、「我はここの人に顔を知られているので、姿を見せるのはまずい。谷の方の藪の中に隠れている。あなたは、老法師の姿になって、ここに居て、通りかかる人を必ず懲らしめてやるといい」と教え置いて、自分は下の方の藪の中に隠れ、横目で様子を窺っていると、震旦の天狗は、いかにも修行を積んだような老法師に化けて、石卒塔婆の側にしゃがみ込んでいる。
その目つきはただならず、怖ろしげなので、「かなりの事を必ずやってくれるぞ」と見えるので、嬉しく思っていた。

しばらくすると、山の上の方から、余慶律師(ヨキョウリッシ・後に第二十代天台座主に上る。律師は僧正、僧都に次ぐ階位。)という人が、腰輿(タゴシ・手で腰の高さに支えて運ぶ乗り物。)に乗って、京の町に下ろうとしていた。
この人は、ただ今名僧との評判が高いので、「この者をどのように懲らしめるのだろう」と思うと、大変嬉しくなっていた。
やがて、卒塔婆の近くを過ぎようとしたが、「何かやるぞ」と思って、あの老法師の方を見ると、その姿がなく、律師もごく平然と多くの弟子共を引き連れて下っていく。
わが国の天狗は不審に思い、「どうしていなくなったのだろう」と思って、震旦の天狗を捜してみると、南の谷に尻を逆さまにして隠れていた。わが国の天狗は近寄って、「どうして隠れているのですか」と尋ねると、震旦の天狗は、「今すれ違った僧は誰なのか」と逆に尋ねる。
わが国の天狗は、「あれは、ただ今評判の験者、余慶律師という人です。山の千寿院から内裏の御修法を行うために下っているのです。貴い僧なので、『必ず恥をかかせてやろう』と思っていましたのに、口惜しくも見逃してしまいましたなぁ」と言うと、震旦の天狗は、「そう、その事ですよ。『人品尊げに見えたので、この者のことだろう』と嬉しく思って、『飛び出そう』と思って見たところ、僧の姿は見えずして、腰輿の上に、高く燃え上がっている焔だけが見えたので、『近寄っては火に焼かれるに違いない。この者だけは見逃そう』と思って、そっと隠れたのですよ」と言ったので、わが国の天狗はあざ笑って、「遙々震旦から飛び渡ってきて、この程度の者を引き転がすことが出来ず見過ごすとは、情けないことだ。今度こそ、やってくる人を必ず引き止めて、懲らしめてくれ」と言って、前のように石卒塔婆の側にうずくまった。

そして、わが国の天狗も前のように谷に下りて、藪の中にうずくまって見ていると、また、がやがやと声を挙げて人が下ってくる。飯室(地名。横川六谷の一つ。)の深禅(ジンゼン・正しくは尋禅。後に第十九代天台座主に上る。)権僧正が下って来られたのである。
腰輿の一町(約 109m )ほど前を先払いの髪の縮れた童子が杖を手に持って、老法師姿で腰をかがめている前を(欠字あり、一部推定。)、人払いしながら歩いて行く。
「あの老法師はどうするのかな」と見ていると、その童子は老法師を追い立て打ちすえながら先へ先へと追い立てて行く。老法師は、頭を抱えて逃げだし、とても輿の近くに寄りつくどころでない。一行は、老法師を打ち払って過ぎていった。

その後、わが国の天狗は、震旦の天狗が隠れている所に行き、前のように辱めると、震旦の天狗は、「ずいぶんひどいことを言われますなぁ。あの先払いの童子のとても寄りつけないような気配を感じ、『捕らえられて頭を打ち割られぬ前に』と思って、急いで逃げたのですよ。我の飛ぶ速さは、遙かな震旦から片時の間に飛んでくるほどだが、あの童子の素早さは、我を遙かに勝っている様子なので、争っても無駄だと思って隠れたのですよ」と答えたので、わが国の天狗は、「それでは今一度、今度こそは全力で、やってくる人に襲いかかってくだされ。この国にやって来られて、為す術も無く帰られては、震旦のために面目ないでしょうから」と、繰り返し辱めながら言い聞かせ、自分は本の所に隠れていた。

                  ( 以下 ( 2 ) に続く )

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