雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天狗から僧正へ ・ 今昔物語 ( 20 - 1 )

2024-09-08 13:12:49 | 今昔物語拾い読み ・ その5

      『 天狗から僧正に ・ 今昔物語 ( 20 - 1 ) 』


今は昔、
天竺に天狗がいた。
その天狗が、天竺から震旦に渡ってくる途中、海の水の一筋に
「 諸行無常 是生滅法 生滅々已 寂滅為楽 」
( ショギョウムジョウ ゼショウメッポウ ショウメツメツイ ジャクメツイラク )
( 涅槃経にある偈。 万物が無常であることは 必然の法則であるが その法則を超越して初めて涅槃に達し 安楽自在の境地を得る )
と鳴ったので、天狗はこれを聞いて、大いに驚き、「海の水が、このように尊く深遠な法文を唱えるはずがない」と怪しく思い、「この水の正体をあばき、何としても妨げてやろう」と思って、水の音を辿って捜していくうちに、震旦まで来たが、なお同じように鳴っている。

そのため、震旦も過ぎ、日本の近くの海まで来たが、なお同じように唱えている。
そこから筑紫の波方(博多)の港を過ぎて、文字(門司)の関まで来て聞くと、さらに高く唱えている。
天狗はいよいよ怪しく思い、さらに捜して行ったが、幾つもの国を過ぎて河尻(淀川の河口にある地名)に至った。
そこから声を追って淀河に入った。さらに声は高くなる。

淀から宇治河に入ると、そこではさらに高く唱えているので、河上に声を追っていくと、近江の湖に入っていったが、ますます高く唱えているので、さらに追っていくと、比叡山の横川(ヨカワ・東塔、西塔と共に比叡山三塔の一つ。)より流れ出ている一筋の河に入っていったが、この法文を唱える声はやかましいほどである。その河の上流を見れば、四天王や諸々の護法童子がいて、この流れを守っていらっしゃる。
天狗はこれを見て驚き、近くに寄ることも出来ず、この様子を不審に思いながら隠れて聞いていたが、何とも怖ろしい。

しばらくすると、[ 欠字。仏たちの名が入るらしい。]中に、それほど高位ではない天童子が近くにおいでになったので、天狗は恐る恐る近寄って、「この水が、かくも尊く深遠な法文を唱えているのは、どういうわけですか」と尋ねると、天童子は、「この河は、比叡山で学問をする多くの僧の厠から出る水の末に当たっています。それで、この水もこのように尊い法文を唱えているのです。それによって、この天童子も護って下さっているのです」と答えた。
天狗はそれを聞いて、「妨げてやろう」と思っていた気持ちはたちまち消え去って、「厠から流れ出る水でさえ、このように深遠なる法文を唱えている。いわんや、この山の僧の尊い有様を思いやるに、とても計り知れない。されば、我もこの山の僧になろう」と誓って、姿を消した。

その後、天狗は、宇多法皇の御子である兵部卿有明親王という人の子となって、その妃の腹に宿って誕生した。
その子は、誓い通りに法師となって、この山の僧となった。その名を明救(ミョウグ・有明親王の五男。)という。
延昌(エンショウ・第十五代天台座主。)僧正の弟子となり、尊い位へと上り僧正にまでなった。浄土寺の僧正といい、また、大豆の僧正(マメノソウジョウ・大豆しか食べなかったという伝承があったらしい。)といった、
となむ語り伝へたりと也。 (最後の部分が少し変わっている。)

     ☆   ☆   ☆


コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (jikan314)
2023-03-27 19:10:32
そう言えば、先日の上東門院彰子入内和歌は、
今昔物語 巻第二十四 公任大納言読屏風和歌語第三十三
に有りましたね😁
様々な資料を元に、その時代を思い描く楽しみが有りますね😃
又楽しみに拝見致します。
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コメントありがとうございました (雅工房)
2023-03-28 10:16:39
あたたかいご配慮、ありがとうございます。
貴ブログ、いつも勉強させていただいております。
今昔物語を全巻読みたいと思って頑張っていますが、まだまだ先は長いようです。ただ、説話の一つ一つは、現代にそぐわないものも含めて、味わい深い物が多いと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。
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