雅工房 作品集

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我が身を食わせる ・ 今昔物語 ( 5 - 7 )

2020-09-02 10:06:28 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          我が身を食わせる ・ 今昔物語 ( 5 - 7 )


今は昔、
天竺の波羅奈国(ハラナコク・古代インドの十六大国の一つ。)に大王がいらっしゃった。
この大王が寝ておられる間に、王宮を守る神が現れて大王に告げて、「羅睺(ラゴ)大臣が現れて、王位を奪うために大王を殺そうとしている。速やかに国境から出て逃げ給え」と言った。
大王はこれを聞いて、恐れおののいて、后・太子と相談して国境を出て逃げて行ったが、心が錯乱しうろたえてしまって、脱出路のうち四十日かかる道に入ってしまった。その道は険しくて、堪え難いほどである。もっとすばやく国境を抜けることが出来る道を行くつもりだったので、飲み水がなくなり喉が渇いて死んでしまいそうになる。いわんや、食料も堪えてきて、命をつなぐことも難しくなってきた。

そこで、大王と后は、大声をあげて叫び嘆きながら思ったことは、「我らは三人とも間もなく死んでしまう。どうせ死ぬのであれば、夫人(ブニン・貴人の妻のことで、ここでは后を指す。)を殺して、その肉を取って食べ、我と太子の命をつなごう」ということであった。
剣を抜いて夫人を殺そうとした時、太子は父である王に言った。「私は母の肉を食べることは出来ません。されば、私の肉を父上母上に奉りましょう」と。
王は飢えに堪えることが出来ず、太子の申し出を受け入れて、体の肉を切り裂いた。進まねばならない道はまだ遥かに遠く、さらに手足の肉を切り取って父母に与えた。体の肉は臭くて、その匂いは遠くまで届いた。そのため、蚊や虻が競って飛んできて、全身にまつわりつき、さらに喰いつく。苦しいこと限りなかった。
太子は、「願わくば、私は来世において無上菩提(ムジョウボダイ・一切の煩悩から解放された最高の悟り)を得て、あなた方の飢えの苦しみを救おうと思います」と申し上げた。
そうしている間に、太子を捨てて父母は去っていった。

その時、帝釈天は、狂暴な獣に変じてその所にやって来て、太子の体の残っている肉に喰いついた。すると太子は誓いを立てて、「願わくば、私のこの捨てがたい身を捨てる功徳によって、無上菩提を得て、一切の衆生を救済しようと思う」と言った。
すると帝釈天は、本来の姿に戻って仰せられた。「汝は極めて愚かである。無上道は長い苦行を積んでこそ得られるものである。汝がその身を布施にしたところで、無上道に至ることなど出来ない」と。
太子は、「私がこの誓願において、偽りたぶらかすようなことがあれば、私の体は決して元通りにはならないでしょう。もし真実の言葉であれば、我が身はもとのように回復するでしょう」と言った。
すると、太子の体は、切られ食われた肉はものとのように回復した。姿形の美しいことはこれまでより数倍勝っていた。すぐ起き上って、帝釈天を礼拝申し上げた。その後、帝釈天は掻き消すように姿が消えてしまった。

父の大王は、隣国の王のもとに行き着いて、この事を話されたところ、隣国の王は同情して、四種(シシュ・・古代インドの軍制で、象兵・馬兵・車兵・歩兵の総称。)の軍団を組織して羅睺大臣を攻めた。そして、遂に攻め滅ぼして、父の大王は本国に還り元通り王位に就いた。
この太子の名は、須闡提太子(スセンダイタイシ)と言う。現世の釈迦仏はこの人である。羅睺大臣というのは、現世の提婆達多(ダイバダッタ・釈迦の従弟。後に教団を離れて仏敵視された人物。)はこの人である、
となむ語り伝へたるとや。

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