雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

御影を残す ・ 今昔物語 ( 3 - 8 )

2019-02-10 15:03:15 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          御影を残す ・ 今昔物語 ( 3 - 8 )

今は昔、
天竺に一人の牛飼人がいた。国王に乳酪(ニュウノカユ・乳の粥。蘇{チーズ状の食品}に至る前段階の乳製品。)を奉るのを任務にしていた。
ある時、乳酪が絶えた時があって、心ならずも乳酪を奉ることを欠かしてしまった。すると国王は、大いに怒り、侍者をその牛飼人のもとに行かせて、激しく責めた。この牛飼人は、あまりに激しい責めに堪え難く、大いに怨みの心を抱いて、金の銭で花を買って、卒塔婆(仏塔)にお供えして 誓いを立てた。「私は罪もないのに責めを受け堪えることが出来ません。私は悪竜となって、国を滅ぼし国王を殺害したい」と誓って、巌の高い所に昇って、身を投げて死んだ。

そして、願いの通りに悪竜となって、[ 欠字あり。寺院名が入るが不詳。]寺の南西に深い谷があり、けわしい断崖がある大変恐ろしい所である。その谷の東の崖に壁を塗ったような断崖絶壁があり、その巌に大きな洞穴がある。洞穴の入り口は狭く、中は真っ暗で、いつも湿っていて水が滴っていた。
この大竜は、その洞穴を棲み処にした。竜は、本来の悪願を遂げるために、「この国を滅ぼし、国王を殺害しよう」と思った。

この時、釈迦如来は、神通の力を以て遥か遠くよりこの竜の心をお知りになって、中天竺(天竺の中部地域といった意味か?)よりこの洞穴にやって来られた。
竜は、仏を見奉って毒の心(害意)がたちまち止んで、不殺生戒(殺生戒と同意)を受けて、「永く法を護ります」と誓った。
竜は仏に向かい奉って申し上げた。「仏よ、願わくば、常にこの洞穴にいてください。また、多くの御弟子の比丘にお勧めいただき、私の供養を受けさせてください」と。
仏は竜に告げた。「私は久しからずして涅槃(ネハン・入滅)に入ろうとしている。汝のために私の影像をこの洞穴に残しておく。また、五人の羅漢(ラカン・阿羅漢の略。ここでは悟りを得た僧といった意味か。)を遣わして、常に汝の供養を受けさせよう。汝は決して供養を怠ってはならない。もし汝が以前のような毒心が起こるような時があれば、私がここに留め置く影像を見るがよい。そうすれば、その毒心は自然におさまるだろう。また、これより後、この世に出現される仏も汝を哀れみなさるだろう」と約束されて、お帰りになった。

されば、その洞穴の仏の御影(ミエイ)は、今も失われることなく存在している。その竜の名をクバラ竜という。(クバラは牛飼いの意味らしい。)
唐の玄奘三蔵(ゲンジョウサンゾウ・三蔵法師)が天竺に渡って、この洞穴に行ってその影像を見奉ったと記している、
となむ語り伝へたるとや。

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