雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

震旦の天狗 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 20 - 2 )

2024-09-08 13:11:42 | 今昔物語拾い読み ・ その5

      『 震旦の天狗 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 20 - 2 ) 』


     ( ( 1 ) より続く )

さて、しばらくすると、多くの人の声がして、下の方から上ってくる一行がある。
先頭には、赤い袈裟を着た僧が先払いしながらやって来る。
その次には、若い僧が三衣筥(サンエノハコ・三衣を入れる箱。三衣は、僧の個人所有が許された三種の袈裟。)を持ってやって来る。
そして、その次に
輿(コシ)に乗ってやって来られる人を見ると、比叡山の座主が登って来られたのである。その座主と申すのは、横川の慈恵大僧正のことである。
「この法師に襲いかかるのだろうか」と思ってみていると、髪を結った小童子が二、三十人ばかり、座主の左右について歩いている。

ところが、あの震旦の天狗が化けた老法師の姿が見えず、前のように隠れている。
すると、その小童子の一人が、「こういう所には、つまらない者が潜んでいて、隙を窺っている事があるので、あちらこちらに散って、よく捜しながら行こう」と言っているのが聞こえ、威勢のよい小童子たちが木の鞭を振るって、道の両側に広がってやってくるので、どうしようもなく、さらに谷の下の方に降りて藪の中に深く隠れた。そして、聞いていると、南の谷の方で、先ほどの小童子の声がして、「ここに様子が怪しい者がいるぞ。こいつを捕らえよ」と言っている。
他の小童子たちが「どうした」と尋ねると、「ここに老法師が隠れているぞ。こいつは只者ではなさそうだ」と言うと、他の小童子は「必ず搦め取れ。逃がすな」と言って走りかかって行った。

「大変だぞ。震旦の天狗が搦め取られたらしい」と伝わってきたが、怖ろしくて、さらに頭を藪の中に差し入れて、うつ伏した。そして、恐る恐る覗いてみると、小童子十人ばかりが、老法師を石卒塔婆の北の方に引きずり出して、打ったり踏んだりしてやっつけている。
老法師は大声で叫んだが、助ける者などいない。
「いったい、何処の老法師だ。申せ、申せ」と言って打つので、老法師は、「私は、震旦からやって来た天狗です。ここを通られるお方を拝見しようとここに控えておりました。最初にお通りになった余慶律師と申す人は、火界の呪(不動明王の呪文)を十分に誦して通られると、輿の上に大きく燃え上がる火が見えましたので、それをどうすることが出来ましょうか。自分が焼けてしまいそうなので、逃げ去りました。
次にやって来られた飯室の僧正は、不動の真言をお読みになられていたので、制多迦童子(セイタカドウジ・不動明王を守護する八大童子の一人。)が鉄の杖を持ち、側に付き従っていたのですから、誰が手向かいできますでしょうか。それで深く隠れてしまったのです。
この度やって来られた座主の御坊は、前々のように、猛々しく早い真言を誦しておらず、ただ止観(摩訶止観の略)という法文を心中に念じただけで登ってこられたので、猛々しさも恐ろしさも感じませんでしたので、深く隠れもせず、近くに寄っていったところ、このように搦め取られ、ひどい目に遭ってしまいました」と答えた。
小童子はこれを聞いて、「重い罪を犯した者ではないようだ。許して追っ払ってやれ」と言うと、小童子たちは皆一足ずつ老法師の腰を踏みつけて行ったので、老法師の腰はひどい状態になった。

座主が過ぎて行かれた後、わが国の天狗は谷の底から這い出して、老法師が腰を踏み折られて伏せっている所に近寄り、「どうでしたか。今度はうまく行きましたか」と尋ねると、「いや、いや、黙られよ。ひどいことを申されるな。我は、あなたを頼りにして、遙かな所まで渡ってきたのですぞ。それなのに、このように待ち受けている間に、ちゃんと教えて下さらず、生き仏のような人たちに立ち向かわせて、このように腰を踏み折られてしまったではないか」と言って泣いている。
わが国の天狗は、「仰せの事、もっともです。とは申せ、『大国の天狗でいらっしゃいますので、小国の人など、思うままに懲らしめることが出来る』と思い、お教えしたのです。それを、このように腰を折ってしまわれたのは、大変お気の毒なことです」と言って、北山の鵜の原という所に連れて行って、湯治により腰を治したうえで、震旦に還してやった。

その湯治している時に、京に住んでいる下人が、北山に木を伐りれに行って帰る途中、鵜の原を通りかかり、湯屋に煙が立っているので、「湯を沸かしているようだ。立ち寄って湯浴みしていこう」と思って、木を湯屋の外に置いて、中に入ってみると、老法師が二人、浴場に下りて湯浴みしている。
一人の僧は腰に湯を掛けさせて横になっている。木こりを見ると、「そこに来たのは誰かな」と尋ねるので、「山から木を伐ってきて帰る途中の者です」と答えた。
ところが、この湯屋の中が大変臭くて(天狗が正体を現わすととても臭い、といういわれがあるらしい。)、そら恐ろしくなり、木こりは頭が痛くなってきたので、湯も浴びずに帰った。

その後、わが国の天狗が人に乗り移ってこの話を語ったのを、この木こりが伝え聞いて、あの日のことを思い合わせ、鵜の原の湯屋において老法師が湯浴みしていた事も思い合わせて、人に語った。
日本の天狗が人に乗り移って語った話を、聞き継いで、
此(カ)く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆  ☆☆


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