傘寿の真保守宣言

素人の政治、スポーツ、社会評論です。
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STAP細胞問題は存在の確認が先決

2014-03-21 09:45:50 | 日記
          STAP細胞問題は存在の確認が先決
 一頃、STAP細胞成功の報道があった時は、国の基礎研究分野の画期的な成果だし若者の理系指向に大きくプラスすると喜んだがその後に意外な展開となって残念至極。
 今になって「STAP細胞の研究チームは4つの専門領域から14人で構成されたが、チーム間の連携が悪かった、研究論文の体をなしていない、小保方氏は生真面目なリケジョだが、実験の上手さ、データの扱い方や論文に纏める能力は別で研究者として未熟だった」とか彼女一人だけが悪者として扱われている。彼女としては正に天国から地獄への転落を嘆いているだろう。その中で「彼女には直属の上司がいなかった」と言う報道が気になる。
 理研は30歳という経験の浅い彼女を直属上司なしのユニットリーダーに任命したが、間接的な上司たちはこの大きなテーマに関して彼女に対し適切な指導と研究進行のチェックをしてなかったということを露見させたし、一般にチームリーダーの弱点については組織の幹部が評価してその領域に強いパートナーを配してチーム力のバランスを図るのが組織活動のイロハだが理研はこの点の整備にも問題があったことを示した。
 理研の文化として彼女レベルの研究者の活動にどの程度目を光らすかは歴史・伝統があろう。チームリーダーに大幅に自由度を与えて責任は理事長以下の上司・幹部がとるというシステムだったかもしれないが、国際レベルのテーマを扱うにしては組織としての落ち度があったと言えよう。換言すれば野依理事長以下幹部の責任は重い。しかし幹部の会見では自分たちの管理責任について殆ど陳謝がなく彼女の未熟さの糾弾に終始している。彼らは彼女をこれまで優秀と評価して処遇してきたではないか。会見での幹部たちの発言に違和感を覚えている。
 共同研究者たちも疑問点があったなら何故もっと早く取り上げられなかったのか理解できない。勿論小保方氏には責任はあるが同情したい気持ちもある。
 彼女の友人は「彼女は真面目な性格で研究成果を意図的に捏造することは考えられない」と言うが、未熟さのための実験の齟齬・結果の纏めや表現にミスがあり上司のチェックなしに公表されてしまったということではなかろうか。
 しかしながら、筆者の関心事は彼女の素質とか実験や論文のミスではなく、STAP細胞が果して存在するのかどうかだ。他の研究者たちが再現性の乏しさを問題にしているが、ただの1回でも存在を確認したかどうかがポイントではなかろうか。再現が困難ということは細胞について厳しい生成条件、まだ隠れている生成条件が存在するためかも知れず、或いは偶然の出会いだったかもしれない。それは今後の可能性を意味するものではなかろうか。存在の確認は理研が保存しているSTAP細胞やSTAP細胞からつくられたマウスを第3者に提供して調べれば明確になる。直近、理研が第3者をいれて存在を確認すると公表したが当然のことだ。
 ここまでくる素人としてSTAP細胞の存在については何とも予測できない。折角の画期的な発表だったのだから存在したと言う結論を期待したい気持ちとしかいえない。
 STAP細胞が存在したとすれば彼女の評価は一時的に下がっても論文の訂正とか再発表とか是正策はありうるだろう。彼女は研究者として挫折を経験することとなるが再起にはそう年月はかからないだろう。逆に残念ながらSTAP細胞が存在しなかったとなると国の基礎研究が一時的に国際的に軽く見られることとなるが仕方がない。立て直しに年月がかかるだろう。彼女を含め組織、関連研究者は真摯に反省をして出直しするしかない。いずれにしても黒白を速やかに出すべきだ。

 今回は彼女の研究活動について3年前の博士論文にまでに疑問点がだされた。審査した早稲田大学の審査システムはどうなっていたのだろうか。審査は当然一発勝負でなく事前に担当教授の指導があったはずなのに何故こんなことになったのか理解できない。既に研究者として名が通っていたので殆どフリーパス扱いにされたのだろうか。
 先ず冒頭の文章がネット上の英文の盗用と非難された(内容はデータでなく実験手法の記述らしい)。そもそも冒頭の文章ではないか。上司や論文審査者は何故気付かなかったのだろうか。慎重に読んだのだろうか。
 今回はたまたまSTAP細胞と言う話題のテーマの研究者についてのミスだったから露見したが普通の博士論文も恐らく同じような審査で処理されてきたのだろうか。この問題は早稲田大学の論文審査だけでなく各研究機関の博士論文審査の信頼性に波及しわが国の科学研究システム全体が国際的に軽蔑されると言うことになりかねない重大事件だと思う。どこかの教授が「全ての研究者が一応のレベルにあり、性善説を前提に審査するからなかなかミスを発見できない」と言っていた。それが真相でホンネかもしれないが、言ってはいけないセリフだったと思う。

 直近のマスコミでは「彼女が豪奢なマンションに住んでいる」とか「教授たちにお食事を度々誘う」とか彼女のマイナス面になりそうな情報ばかりを書き立てている。刹那的に流れる情報を源として大きく振れるのがマスコミの本性かもしれないまたかと苦々しく思っている