傘寿の真保守宣言

素人の政治、スポーツ、社会評論です。
写真、ゴルフを楽しみながら地域社会に溶け込む一応元気な傘寿越えの爺さんです。

平成26年大相撲初場所所見

2014-01-29 14:12:51 | 日記
              平成26年大相撲初場所所見
1)白鵬天晴れ
 白鵬が予想通り優勝した。対抗馬の日馬富士が休場だったので彼には失礼かもしれないが、少しは気が楽だったのではなかろうか。ただ彼自身は全勝を狙っていただろうが千秋楽に鶴竜に不覚を取って1敗したことを悔いているだろう。彼も神様ではなかったと言うことだ。とにかく28歳の終わりに28回目の優勝を飾ったことは天晴れといいたい。体力は決して角界No.1と思えないが、抜群の運動神経と相撲感というか多彩の技を放つタイミングが素晴らしい。琴奨菊を内無双で倒した相撲など何故あんなに簡単に相手が転がされるか不思議だった。怪我さえしなければ未だ数年は角界で実力トップに君臨するだろうから大鵬の32回優勝を大きく越えるのではなかろうか。
 日馬富士は先場所優勝後の休場で残念だったが、横綱として体調管理(内科的でなく怪我の防止を含め)について反省しなければなるまい。白鵬が怪我は極めて少ないことは矢張り運動神経と反射神経の関係だろうか。日馬富士の來場所に期待するしかない。
2)稀勢の里のメンタル改造を
 稀勢の里は期待はずれだった。初日から固くなったのか豊ノ島に敗れ、その後も平幕に2敗、中盤までに4敗で横綱話は消滅した。確かに「やれ横綱とか優勝とか」周りが囃し立てたが、ご本人気が弱いのだろうか。しかしこれから更に上を目指すにはこの喧騒なメディアの煽りに負けずに勝ち続けなければならない。メンタルの修練が必要に思えてならない。オマケに終盤怪我でカド番になってしまった。実力は十分あるのだから怪我を完治させて自信を持って再出発を期待する。
3)鶴竜を再評価する
 鶴竜は見直した。何度か彼には余り期待しないと書いたことがあるが謝りたい。体重を10kg増やしたにもかかわらずスピードの低下を来たさないような稽古をしたそうで、もし今場所の力を今後も続けられれば横綱もありえる。またまたモンゴル勢の横綱となれば気持ちは複雑だが実績が出されれば当然そうなる。北の湖理事長や横審委員長は13勝で優勝ならありうると言うが、正直甘いと思う。何故なら先場所まで余りにも不甲斐なかったからだ。
大関昇進には3場所の成績が関係するが横綱昇進には2場所さえよければいいのだろうか。日馬富士の場合にもそう感じたが、彼の場合は2場所連続全勝優勝だったからまだ救われよう。鶴竜の場合、14勝で準優勝と13勝で優勝では物足らない。いずれにしても鶴竜の来場所を見たい。まだ全幅の信頼はしかねる。
3)琴奨菊にはコメンとなし
 琴奨菊は病み上がりだったが何とかカド番を脱した。力を出し切れない体調だから余りコメントも出来ない。大関確保をラッキーと喜んで來場所に備えて欲しい。
4)関脇陣の不調は実力か
 大関復帰を狙った琴欧州はかなわなかったが、大関時代から殆ど2桁勝利はなかったのだから今の彼の実力上仕方がない。若武者遠藤に引導を渡されたのでは仕方があるまい。
1ヶ月おきに本場所があるので一度大怪我をしたらなかなか治らないうちに闘わなければならず成績がよくならないのだろう。怪我をしないことが昇進のポイントだと思う。彼が把瑠都と同じように怪我のために土俵を去ることになるのではないかと危惧している。
 豪栄道は期待はずれ。これが実力かもしれない。大関はまだまだ先に見える。
5)その他の力士について
 妙義龍は期待の力士だが初日から不調だったし途中から怪我の休場で全敗になった。大幅に番付を下げて再出発だ。幕内上位にきた千代大竜も背中一杯の膏薬だったが意外に不調でこれもまた前頭下位から再出発となる。この2人をここ数場所誉めすぎたかもしれない。甘かったかな。
 2人の共通の弱点は相手を土俵際まで攻めているのに、いなされたり突き落とされる逆転負が多いことだ。足が伴っていないのだろう。この欠点を直せば必ず大物として花を咲かせると言う期待には変わりない。
 栃煌山はよく実力を出し切った。
 隠岐の海は体の柔らかさ、碧山は体力・体重を生かした突進力、2人はもう少し星を残すと予想したが両者とも負け越した。安定性はイマイチだがいずれ3役を出入りする力はありそうだ。
 豊ノ島は精一杯の所だろう。来場所小結にはなれそうだ。
 何と言っても遠藤の強さが目立った。体の柔らかさもあって土俵際の回りこみが抜群。何回か星を拾った。ただ、まだ立会いの鋭さがないので来場所どの程度上位に通用するかは疑問だが、2ヶ月あるのだから進歩するだろう。琴奨菊に負けたことで上位の馬力を実感し反省しただろう。ただ千秋楽に格下の負け越し力士に負けたのは不覚といわざるを得ない。
遠藤の強さを物語る一番があった。琴欧州との一番だった。琴欧州が一歩下がって仕切ったので「普通に踏み込めば「自分の体が伸びてしまう」と咄嗟に判断し体を丸めて立ち上がった」「寄られて後退したが、まわしを持ったままだと長身でかぶされるから思い切りよく体を開いて下手を外して掬い投げを放った」と勝ち相撲の解説をしていたが、あの緊張の真剣勝負でそれだけの冷静さを持っていたことは若者として驚きだ。
 とにかく來場所が楽しみ。将来大関から横綱になる可能性を秘めた大物だ。これまで千代大竜についいてそういう言い方をしてきたが、それをチョット控えめにして遠藤に同じ言葉を上げたい。
 大砂嵐は力はありそうだ。まだ馬力で勝ち進んでいる感じだが、技を習得すれば三役にはなりそうだ。
 松鳳山と高安は両者とも健闘した。安定性はまだまだ疑問で、上位に当たる来場所を見ないとまだ分らない。
 力がありそうな栃の若も同じ。彼は優しすぎるような風貌なのが気になる。
先場所十両優勝して新入幕した千代鳳は10勝5敗の好成績、来場所躍進して上位との対戦が楽しみ。
6)十両力士について
 十両に定着してしまった若の里は5勝10敗だからまだ十両にとどまれるだろう。朝赤竜も当分再入幕は無理のようだ。栄枯盛衰というか世代交代が感じられて淋しい。
千代丸が十両優勝。先場所は弟の千代鳳が優勝したが兄弟十両優勝は珍しい。初めてか。いずれも千代の富士の弟子の九重部屋。千代の富士も嬉しいだろう。千代大竜がカムバックすればと願っているに違いない。
 八百長の疑念が晴れて復帰したものの負け越しが続いていた蒼国来が久し振りに勝ち越した。本人はホッとしているだろう。いずれ再入幕を狙って欲しい。
7)土俵際の微妙な判定について
 全ての取り組みを見てはいないが偶然TVで見た勝負で何回か土俵際の微妙な判定があった。毎回言っているが、「体(タイ)があるかないか」と「いさみ足」との関係が割り切れない。検査役によって感覚が違っている。微妙な場合は取りなおしたほうがスッキリすると思う。
8)おわりに
 満員の御礼の日が前回より増えたそうだ。大相撲も徐々に復活しつつあることをファンとして喜んでいる。
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日本語抜き英語授業に疑問

2014-01-29 12:06:41 | 日記
日本語抜きの英語教育に疑問
 英語教育の重要性は当然だが、会話力の欠如を改善するために「日本語抜きの英語授業」が検討されている。あるレベル以上の集団を対象にするなら理解できるが、中学・高校については、あくまでも英語の基礎の修得を優先させるべきで、理解力に幅を持つ集団、特に義務教育環境での英語による指導は、教師の能力の問題もあり、教育の効率は決して上がるまい。正しい日本語を使って英語を理解させる教育法が何故いけないのだろう。
 会話について言えば、英語の基礎さえ十分把握すれば後は応用で通用するし、必要な環境になればネット時代だから幾らでもレベルアップの策はある。会話は生活が伴えば必ず上達するもので外人力士たちの流暢な日本語がそれを物語る。逆に会話から基礎に遡るのは難しいのではなかろうか。是非再検討して欲しい。
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ヘルニアとの闘い

2014-01-29 11:59:16 | 日記
              ヘルニアとの闘い
 2013年10月始めにゴルフの練習場に出かけた時、約100球打ったら盲腸の少し下に生まれて始めての違和感が起きた。何ともいえないツーンという軽い痛みだった。おかしいと感じて直ぐやめて帰宅したらそのうちに何ともなくなったので忘れていた。腸の具合がチョットおかしかったのかと言う軽い気持ちだった。
 約10日後に同じゴルフ練習場に出かけたが、又も約100球で10日前と全く同じ現象が起きた。「これはおかしい」と感じて直ぐトイレに駆け込んで「大」の空間でズボンを下げてみたら痛みを感じるその部分が直径3cmくらい小さい大福のようにプクッと腫れていたので驚いた。一旦帰宅し直ぐかかりつけの皮膚科医院に車を走らせた。女医さんから「これは皮膚科でなく外科ですよ」と言われたので帰宅してから近所の外科医に診てもらったら「ヘルニアです。脱腸ですよ」と言われた。
 ヘルニアについては椎間板ヘルニアしか知らないし、脱腸とは陰嚢に腸が落ちて陰嚢が巨大になる病気としか知らなかった。ともかくも自分とは全く無関係と思っていた脱腸の患者となったのに驚いたし、しかも色々なヘルニアがあることを始めて知った。要するに腸を支える腹膜が衰えて破れそこから腸が顔を出す病気で破れる場所よって当然現象が異なりいろいろな呼称があるわけだ。私の場合鼠けい部に顔を出したヘルニアで鼠けいヘルニアといわれた。新生児時代には腹膜に穴があるので陰嚢が腫れる脱腸が多いが、成長するにつれて穴が閉塞されその脱腸は少なくなるが加齢によってその膜のいろいろな箇所が傷んで各種のヘルニアとなるらしい。私も当然加齢の条件を満たした患者となったわけだ。
 このヘルニアは薬では治らず手術しかないとのコト。痛くもかゆくもないし、破れ穴から顔を出しても腹を上から少し押さえると引っ込むから生活には全然困らない。医者からは「手術は何時でもいいですよ」と軽いアドバイスがあったが、ただ、「まだ穴が小さいので万が一何かの拍子で顔を出した腸が引っ込まなくなったら腸が括れて緊急事態になる可能性はないとは言えない」と脅された。現状程度のヘルニアの手術は簡単らしく大病院では初心者にやらせるとも聞いたし入院も1週間と聞いた。といっても最近流行の内視鏡でなく正真正銘のハラキリ手術だから当該者としたら一大事件に違いない。主治医と相談し一度石橋病院で診てもらうこととした。
 町医者と同じ診断だったが、手術に踏み切るかどうかは決断できなかった。しかしながら、手術しか治療法がなく徐々に進行すれば手術も段々難しくなるとなれば手術を遅らせる選択肢はないので、結局軽いうちがベターとの判断で1週間後の2度目の診察で手術を決断し年末に日を決めた。手術担当の医者から「貴方は全身麻酔」と言われたが、多くの友人は局部麻酔でやっているので理由を聞いたら私は数年前に一度擬似脳梗塞症状になってから血液サラサラの薬(バイアスピリン)を常用しているからと言う理由だった。その場ではそれ以上理由を聞かなかったが、後で聞いたら局部麻酔の脊髄注射で出血し止血が出来なかったら大問題になるからと言うことらしい。先生は「全身麻酔のほうが安全ですよ」と言われたがそういう理由だったのかと初めて知った。レントゲン検査とか血液検査をし手術に耐えられるかどうかのチェックがなされたが勿論OKだった。
入院に際してはゆっくりした気分で手術を受けたいので個室を希望していたが前日まで決まらなかった。空がない場合は大部屋を覚悟していたが前日に問い合わせたら幸に特別室が空いたとのコトでホッとした。手術の前日に入院するわけだが、流石にマイカーで乗り込むのはやめた。娘が車で来てくれて、洗面具、下着や本(文芸春秋のほか囲碁の本や好きなナンプレの超難問集)などをスーツケースに詰めこんで正に海外旅行の外見で病院に走った。インターネットは禁止なのでパソコンは持ち込まなかった。部屋はバストイレつきの南向きのナイスルームだった。娘も「ビジネスホテルのようね」と笑って整理をしてくれた。一見元気そうな姿で入院する状況は丁度女性がお産で入院するのと似ているのではないかと感じた。
 早速昼食から病院食。カロリーは計算されているのだろうが何となく淋しい献立。持参してきたバナナやみかんを頬張る。但し、普通食は夕食までで翌日の手術当日は絶食で点滴だけと言う。腸そのものは病気と関係ないがその付近をいじるので万が一の時に腸が空になっていた方がよいという理由だそうだ。以前に何度か腸の検査で絶食し低血糖症状で困った記憶があるので看護婦に言ったら「点滴で栄養を補うから心配しない」でと窘められた。
午後はやることもないので持ち込んだ本を読んだり、碁の本やナンプレとの取り組みで時間を潰した。
 夕刻に看護婦さんから翌日(手術日)のスケジュールの説明があった。朝6時に起床し点滴から始まり、手術は午後2時とのことで家族に連絡した。寝るのは得意なので11時頃からグッスリ眠った。
 当日は朝6時起床。早速点滴から始まる。数年前に帯状疱疹の治療で入院したことがあるが、その時に点滴棒を引っ張りながら院内を歩くのが意外に行動性があることを知っていたので今回もあまり気にしなかった。これから1日絶食だからこの点滴が命の綱だ。
9時に予定通り局部の毛剃り。男性がするのかと思ったらうら若い女性看護婦が安全かみそりを持って入室。仰向けに寝かされたまま早速下穿きを下げスッポンポンとなって右下腹部をショリショリと処理してもらう。若者なら恐らく興奮状態になるかもしれないがご老体はただ仰向けになったまま大人しいまな板の鯉。冷静に終わったのは年の功と言うものか。彼女たちとっては日常茶飯事の仕事として事務的に仕事を進める。数分後「失礼しました」と完了。局部の右半分は幼児のアソコのように白い肌となる。
 午後一番に息子の嫁が東京から見舞いに来てくれた。相変わらず明るい。有難くもあり嬉しかった。やがて弟夫婦と娘が来室してくれる。5人で楽しく術前の談笑。本体は健康なのだからこういう手術もあるのかなと感じる。
 午後1時50分。「では参りましょう」と看護婦さんが呼びにくる。体はピンピンなので点滴棒を右手に持ちって引っ張りながら歩いて手術室に向う。途中、待合室で談笑している人たちが「あの人手術だよ」と指差しているのがよく分かった。
 一つの扉があり入口で「名前は」「何の病気?」「右?左?」と聞かれた。認知症のチェック?間違い防止の最終確認?1間先の第2の扉で又全く同じ質問に答えた。そして第3の扉の先が手術室。明るい部屋で医師2人を含んで10人くらいの人がいた。何度も入室の区切りを設けているのは手術室のクリーン度を保つためではなかろうか。
 直ぐに手術台に横になる。数人の看護婦さんがそれぞれ分担して「冷たくでゴメンナサイ」と声をかけながら手際よく私の胸から太もも、足首など体中にいろいろな測定装置の端末をペタペタと貼り付ける。心電図、血流、脈拍、血流の酸素値測定などなのだろう。何らかの点滴も始まった。全身麻酔ではよく「一つ、二つと数えなさい」と言われ7つ数えるまでに眠ってしまうと言う話を聞いていたから、そのうちに「数えなさい」と言われると思っていたら、「酸素マスクをつけますね」と優しい声。覚えているのはそこまでーーーーーーー。
後で聞いたら最近はマスクで麻酔をかけることはなく点滴で眠らせると言うからあの点滴が麻酔薬だったのだろう。
 手術の中身は1時間くらいだったのだろう。何か体をあちこち2回ゴロゴロ転がらせられた感じがした。同時に「終わりましたよ」の看護婦さんの声。「ああ終わったか」と言う安堵感が第一感だった。いろいろの後処理が終わって手術台から自分のベッドに移されたのだった。そこでまた意識が薄れたのだろう。自室までどう運ばれたことかは全く覚えていない。部屋で待っていた家族の話では部屋に戻った時に「ここは何処だ」とつぶやいたらしい。未だ麻酔は解けてなかったのだ。
 実は手術はどうだった?腹の中はどんな症状だった?腹膜の穴を塞いでシートをあてがうと言うことを聞いていたがなどなどを医者から聞きたかったのにその話しは術後全く聞けなかったと思い込んでいたので正常に戻ってから家族に不満を漏らしたら、部屋に戻って直ぐ担当の医者が来ていろいろ話をして戻ったと言うことだった。頭が朦朧としていたはずなのに手術については正常に話せたのだろうか。今でも不思議でならない。
ともかくもアッと言う間に手術そのものは終わった。やれやれ早めに決心してよかったと満足した。
 家族も帰り妻と電話で無事完了を喜び合った。これで心置きなく正月を迎えられる。
翌日特に痛みもなく点滴も朝に取れて自由の身となる。ささやかながら普通の朝飯にありつけた。食事前か後か忘れたが術後の血液検査した。手術の場所を見ると薄い黒褐色のシートがぺタット貼ってあったがこれで細菌対策は万全なのだろう。痛くもない。勿論違和感はあるが。
医者は何度か回診に来られた。午後弟夫婦と娘それに娘の義父が見舞いに来られた。娘は栄養補給としていろいろな副食と果物を差し入れしてくれた。
 夕方の回診の時に「順調だから退院して自宅で静養してもいいですよ」とアドバイスがあった。「それならそうしよう」と早速翌日退院の手続きをして妻と娘に電話した。
「もう少しユックリしたら」と言われたが家でいた方が気分的に治まると言う判断で退院を決めた。僅か3泊。手術の2日後の退院だった。この程度の入院なら人生の一つの興味ある経験だったと思った。
翌日術後の血液検査の結果は総蛋白とかアルブミンは異常に低かったが医者は問題にしなかった。おそらく点滴だけによる24時間でこうなったのだろう。点滴による栄養補給の限界だろうか。
 ハラキリだったからある程度は覚悟はしていたが局部に切り餅片が入っているようなしこりがあることと下腹部に異常なむくみがあることに気がついた。痛くもかゆくもないが、陰嚢を包み込む位のかなりの腫れでペニスが隠れてしまって用をたすときには引っ張り出さなければならない異常さだった。一方しこりは寝起きやくしゃみ、咳の時に非常に痛む。気になって退院の翌々日は休診日だったが外科の当直医と聞いて受診した。CTを撮ってくれたが、「むくみは術後に体液が下腹部にたまってむくんだので日数がたてば体に吸収される、偶々あること」。「術部のしこりは筋肉の効果でこれも普通」といわれ安心したがどうも違和感に耐えるのはかなり努力が要るようだ。本によると違和感が取れるのは半年から1年とあるから我慢しよう。
 1週間後抜糸のために受診。抜糸といっても今は傷口をホッチキスで止めてあるのでホッチキスはずしだった。1分以内で終わり、これでアルコールもゴルフ練習も解禁となった。といってもまだ局部の違和感でクラブを振る気にはならなかったが2週間後に
2013年の打ち納めをやっておこうと思い立って大晦日の前日に(術後2週間で)
100球打ってみた。意外に距離も技術も衰えてなく安心した。
決心しないで手術を今年に伸ばしていたら今頃いらいらしていただろうと早めの手術決心を喜んでいる。後は早くむくみの完全解消と術部のしこりの解消を待つだけだが、早くても夏頃だろうか。

 註)2014年1月末に診察を受けたが、術部のしこりはこのまま残り、それが手術として正常な結果と説明があった。ということで今回のヘルニアとの闘いは終戦となった。「メデタシ」と言うべきか。
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