傘寿の真保守宣言

素人の政治、スポーツ、社会評論です。
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安保法制は「戦争法案」でなく「

2015-07-30 17:46:58 | 日記
                  安保法制は「戦争法案」でなく「戦争抑止法案」
 安保法制は7月16日に衆院を通過し現在参院で審議されている。内容が複雑でなかなか理解しにくいし、誰でも戦争を避けたい気持があるので野党の「憲法違反」「戦争法案」という絶妙な喧伝が効いて世論の反対に繋がったと思う。
 現在、中国が南シナ海で岩礁を埋め立てて要塞化させ、ベトナム・ヒリッピン等の反対を無視し国際会議で日米の反対論に対しても「主権国家の行動」と全く主張を曲げなかった。東シナ海でも尖閣の奪取を核心的利益と位置づけ長期構想をもって連日海空からわが国を挑発している。更に、尖閣周辺の中国海域で日中の合議を無視して軍用に使用可能な多数の構造物を建設中だ。
 わが国は一国で国を守れないので日米同盟を結んでいる。しかし、米国は嘗ての威信は持たず、「もはや世界の警察国ではない」と自ら宣言しているし、中国に多額の国債を買ってもらっている他、13億の市場に魅力を感じている。既に、米中間で紛争を起こせる環境にはない。
中国対策として一層日米同盟の強化が必要になったが、いま米国にただお願いするだけではコトは進むまい。「日本も今まで以上に国際貢献するから米国さんアジア、日本に留まって抑止力を高めたい」という意思表示が今回の安保法制と思う。言い換えれば、決して戦争を仕掛ける「戦争法案」でなく、逆に中国からの攻撃をされにくくする「戦争抑止法案」といえる。
 衆院ではこれまで「何故今この法制が必要か」「国際環境が変化した中で安保法制なしで国を守れるか」という基本的な安全保障の論議をせずに、政府は「米国向けミサイルの迎撃」「ホルムズ海峡での機雷除去」「米船に救助されている邦人の救助」など末端の具体事例で必要性を訴えただけだから国民は基本的な大問題とは理解しなかった。しかし、参院での審議では方針を変えてようやく「中国のアジアでの不穏な行動に対峙するため必要な法制」という議論がなされている。当然中国からは反発されるだろうが、核心を突く点なので是非国民に理解できるまで議論を発展させて欲しい。ただ、「米国の中国への遠慮」は議会では論議しにくい。「日本の防衛に十分責任を果たしている。失礼千番」と非難されそれこそ同盟に亀裂が入り中国の思う壺だからだ。
 安保法制が制定されなければ米国は日本に失望し、その後日本よりも中国との関係を重視するかもしれない。反対する人は、その場合国防をどう考えるのだろう。「防衛予算を数倍にし、米国の核の傘がアヤフヤになるから自国で核武装する」と言うなら筋が通るがその覚悟はないだろう。民主党が「対案なしでただ反対」では正に無責任野党ではないか。反対のプラカードを掲げるデモ参加者も「国防、抑止力の必要性」についてどう考えているのだろう。甘すぎないか。
 安保法制では自衛隊の活動範囲の拡大でより危険な環境にさらされることは否定できないが、その程度の国際貢献は経済大国としての責任だろう。一方、それだけ国民のリスクは減るのだ。そして抑止力の増加は逆に隊員の総合的なリスクの減少に繋がると思う。先日TVで、ある自衛隊幹部が「永田町での自衛隊のリスク議論は、決死の覚悟で任務を果たす自衛隊に対する冒瀆だ」と怒っていた。湾岸戦争で130億$の巨額のカネを出しただけだったわが国がクエートから感謝する国にリストアップされなかった屈辱的な経験を大国として忘れてはなるまい。
 憲法の解釈変更が非難されている。憲法の文言を厳しく辿れば自衛隊も憲法違反に思えるが、マッカーサーは朝鮮戦争時に解釈変更で自衛隊を設立した。ある程度の憲法解釈の変更は現実の政治を乗り切る知恵だと思う。解釈変更を否定する憲法学者や一部のノーベル賞受賞科学者には国防の責任は無い。いかに法治国家といえども憲法文言への異常な拘りは「憲法残って国滅ぶ」となりかねない。それは国民のとって最大の不幸だ。
 PKO法案も岸内閣時代の安保改定も、世論から「戦争になる」と猛反対された。しかし、この半世紀戦争はなかった。今回の反対運動もよく似ている。安保改定なしでは国は守れなかったし、今、PKOに反対する人は殆どいないだろう。半世紀後の世論は安保法制を評価するだろう。
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