傘寿の真保守宣言

素人の政治、スポーツ、社会評論です。
写真、ゴルフを楽しみながら地域社会に溶け込む一応元気な傘寿越えの爺さんです。

政治とは民意を満たすだけではなかろう

2010-07-31 11:05:07 | 日記
             政治とは民意を満たすだけではなかろう
 新聞の社説には思想がもられているが国民の何%が読みきるだろうか。大部分の国民は政治情報をTV頼りで入手すると思うが、TV局は公平な報道と言う原則があるから主張はしない。時々の深夜の政治番組の他は定時のニュースは別としてワイドショー的な編集で基地、消費税、社会保障などを軽く紹介することが多い。ただ政治不信に喘ぐ国民の目線を配慮するのか政権に対して批判的なスタンスでの解説が多いと感じている。例えば消費税アップも世論ではやむなしが半数あるし、沖縄基地問題でもかなりの容認派がいるのに消費税アップ反対、基地反対の映像が民意と判断されてか主に流れる。ある基地容認者の「嫌がらせを恐れて口を噤む」という投書を某新聞で見たことがあるが、こういう「声なき声」の紹介は稀だ。結果として民意はTV紹介寄りに形成される。
 首相の参院選での消費税論は自民党の10%論に乗る形であっても首相として勇気ある行動と評価していたのに世論の反発ですぐ低所得者に税の還付を持出し、対象所得額を年収200万円から400万円まで振らせる失態を演じた。国民は消費税アップよりも首相の定見のない振れ、それよりも鳩山政権の普天間の迷走や鳩山・小沢のカネ疑惑、ばら撒き政策の破綻に対し民主党にNOを突きつけたと思うが民主党は消費税に責任転化して反省がない。社共以外の殆どの野党は社会保障費の自然増対策として数年後の消費税アップは必須と認識しているのに殆どの野党は例えば自民党は「使途が不明だから」みんなの党は[その前にやることがあるから]など種々理屈をつけて反対した。アップの準備にはかなりの年月が要る。何故「他案件と同時並行で討議を」と言わなかったのだろう。消費税アレルギーの民意におもねたとしか考えられない。税率アップの遅れは実施時の税率の高さにモロに響くことは必然なのに、メディアも何故各党の反対論を伝えるだけで同時並行論を謳わなかったのか。最近IMFから日本の財政危機脱出には消費税15%が必要と要請された。先進国として恥ずかしいことだ。首相が世論・野党の反発に反論し10%は必要と断固言い続けていたら、選挙に負けたにしてもこの国際的要請が支えとなり今と違った評価を受けていただろう
 沖縄の基地問題もしかり。鳩山前首相の迷走は論外として菅首相は辺野古沿岸への移設を盛り込んだ日米合意を履行すると明言したが、最近は閣僚が結論を名護市長選挙とか県知事選挙後に遅らせると言っている。再び米国の不信をかうだろう。安全保障政策は4万5千人の名護市民、140万人の沖縄県民よりも1億国民の総意を判断し国の目線で決定すべきではないか。政府は国民の知らない次元の高い情報も持っている。安全保障について国と国民の命を守るには何が重要か、その施策を全国民に理解させるのが政府の責任ではないか。現状では普天間基地移設は頓挫して基地の危険性は除去できず最悪だ。軍備を急拡大し頻繁にわが国を見くびる洋上行動を試みる中国の覇権政策に対し、日米条約のあり方や基地問題は日本だけでなくアジア諸国の関心事なのにTVでは突っ込まないし民意も騒がない。ある調査で「国が攻められたら守る」と答えた若者は僅か15%で先進国でビリと言う数字を報じたが、これも民意の一面とすれば情けない。(因みにビリから2番目はドイツで、それでも日本の2倍の30%。中国や韓国は90%程度、最高はべトナムの95%と記憶している。こういうダントツはいただけない。)
 世論調査が「国の将来を真剣に考えた結果」なら価値があるが、短時間の電話調査で「ゲーム感覚での軽い回答」なら意見と言うより単なる感情の披瀝に過ぎない。最近の調査頻度の増加から私は後者のゲーム感覚の蔓延を懸念している。感情は政治本質でなく小さなスキャンダルにも揺れる。政治がまさに“中毒化した”ような世論調査をどの程度重視すべきか問題と思っている。
 ドイツのメルケル首相はギリシャ発進の財政危機に際し「今後ドイツ経済は縮小する。国民は痛みを分かち合え」と公言し当然民意は猛反発した。しかし彼女は「妥協は国の崩壊に繋がる」と考えて一歩も退かなかった。そのドイツはアジアより遥かに安全な欧州にあっても米国の核を配備して米国と交渉の上自国で核を管理するシステムを確立して国の防衛に備えているのだ。わが国の政治家は国民に「苦しいが耐えよ」とは言わず、アジアの異常な軍事的緊張にもあまり触れずに友愛・平和・穏便で解決したいと説く。民意に配慮しすぎではなかろうか。メディアもわが国の危機をグローバルな視点から真摯に解説して政府に迫るべきだがどうも弱い。何とかならないか。

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大相撲名古屋場所(2010年):白鵬に100点満点を

2010-07-27 15:02:52 | 日記
           大相撲名古屋場所:白鵬に100点満点を
 大相撲名古屋場所は白鵬が3場所全勝、47連勝の大記録で優勝した。3場所全勝は一場所15日制になってからの新記録だし、47連勝は双葉山の69、千代の富士の53に次ぐ史上第3位に当たる。野球賭博騒ぎで異常な場所だったが本場所は彼の記録挑戦に辛くも支えられたと思う。まだ24歳、若いのに横綱の自覚を備える人格者で、表彰式で「国歌を歌いながら天皇賜杯がないのに寂しさを感じて涙した」とインタビューで答えたが、私は「国歌」と言う言葉を発した彼にモンゴル人ながら国技相撲に溶け込んで力士の先頭に立つ責任感を感じ立派と感じた。大相撲を愛し大相撲に徹する彼を日本人かと錯覚するくらいだ。満点を与えたい。
 幕内41力士に17名が外国人に占められているし3役は9人中6人が外人。解雇と謹慎休場力士が計7名だったから出場幕内力士の半数を外人が占めることになった。更に言えば千秋楽の三役揃い踏み6人中、日本人は稀勢の里ただ一人だった。
「日本人力士よ何だ」と叫びたい気持ちだが、ここ数年毎場所同じ感じを持ち続けてきた。基本的には日本人力士の甘さだろう。子供時代からのハングリー精神の欠如によると思うがそれは日本人共通の悪しき慣習になってしまっているので矯正というか改善はなかなか難しい。学校・家庭どちらもその面の教育指導はプアだし別な言い方をすれば厳しい挑戦を忌諱する性格慣習が蔓延しているといえよう。企業では出世よりも平穏なサラリーマン生活、転勤や留学も避けたい、教育界でもストレスのかかる校長はゴメンと言う風潮。日本人力士にもこれに類する気持ちがあるのではないか。関取までにはなりたいが、なってしまったら怪我をしないで程ほどに前頭で頑張る、そんな土俵態度を見るような相撲を時々見かける時がある。
 話はそれるがある若者を対象とする調査で「若し国が攻められたら君は国を守るか」というアンケートで日本は「守る」と答えたのは15%で先進国ではダントツのビリだった。情けないがそれが今の日本の若者の意識。因みにビリから2番目はドイツでそれでも日本の倍の30%は守ると答えた。中国・韓国などは80-90%の高い国防意識だし最高はベトナムの95%だったと言う。
要するに日本人のこの甘さが相撲界にもあるので厳しい外人に席巻されていると思えてならない。しかし前述したように相撲界だけでは改善は難しくもっと広く若者の教育についての国の方針から考え直さないと改善できない。長期計画で考える課題と思っているが現在の政治家にこの問題を真剣に取り上げる意志は先ず見られない。安部元首相にはその気持ちはあったようだが失脚後は大人しい。困ったものだ。
 話を戻そう。琴光喜が去り魁皇の年齢を考えると日本人力士の1番手としては稀勢の里しかないと思っていた。気性も激しそうだし相撲に勢いもある。ここ数年毎場所期待してきたがなかなか伸びなかったが今場所もアッサリ負け越した。素人から見ても対戦相手ごとの戦法についての研究不足で相撲が淡白過ぎると思う。ただがむしゃらに頑張れば勝てると言うほど今の相撲は甘くないことを本人は十分分かっているはずなのにとにかく負け方が悪い。技術面のほかにメンタルな面での親方の指導にも問題があろう。再挑戦を期待したい。他の日本人としては栃煌山、豊眞将、琴奨菊、豪栄道たちが続くが今場所の動きを見る限り殆ど同列に並んだ感じがある。彼らの熾烈な競争でとにかく大関を狙って欲しい。
 NHKのビデオの抄録放映は「刺身なしの酒」のようで味気なかった。4分間の仕切りの間の両力士の仕草の観察や解説者のコメントが大相撲の面白さの大きな部分を形成していることをあらためて知った。協会は早急に賭博問題を解決して秋場所までに正常化を図って欲しい。
          

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参議院選挙:自民党は敵失で勝利した

2010-07-13 21:05:11 | 日記
              参議院選挙で自民党は敵失で勝利
             (「ねじれ」国会を前向きに考えよ)
 参院選で自民党は敵である民主党の失策で勝利した。自分が勝ったというよりも相手がオウンゴールで敗れたのだ。丁度先の衆院選挙の裏返しだった。では敵失とは何か。菅首相の選挙直前の唐突な消費税提示がメディアでは大きく取り上げられたが私は昨夏以来の民主党政治が余りにも期待はずれだったという負の実績が主因で消費税問題はその後押しになった構図だと思う。
 振り返ってみよう。鳩山前首相の普天間問題での迷走は国民を呆れさせたが海外にも国の恥を曝け出した。菅首相は辺野古への移転を盛り込んだ日米同意の遵守を引き継いだものの8月までの滑走路工法決定については選挙前から現在も口を噤んでいるし、選挙では沖縄に候補者を立てないで不戦敗。尚、沖縄県民の同意なしに工法決定は不可能と思うが、決定ということは専門家としての結論を出すだけということでその案で将来実現するかどうかは別問題ということらしい。それなら「決定」されるだろう。
 前首相と前幹事長のカネの疑惑についても国民は全く納得してないのに首相は交代以来何も手を打ってない。更に鳩山政権は各種のばら撒き政策(筆者はそう思う)についてカネは節減で出てくるからOKを言い続けたが、事業仕分けは世論には好評というもののその金額効果だけでは効果は少なく財政再建の計画は不透明などなど。その他、高齢者医療保険制度廃止、高速道路料金無料化、子供手当の額などマニフェスト違反が続出して国民の不信をかっていた所に首相の消費税論が唐突に出たというわけだ。首相交代でご祝儀相場だったようだが支持率がV字回復したので「今のうちに選球だ」という考えか議会を予算委員会もせずに閉じた傲慢なやり方も心ある国民の不信に繋がったと思う。
 さてわが国の財政危機については、「国には莫大な借金があるが国民に支えられているからギリシャとは違う」というやや楽観的な見解もある。先のG20で先進国は2013年までに借金を半減する申し合わせをしたがわが国だけは「赤字が突出しているが国民に支えられている赤字なので除外する」ということになった。ラッキーというべきか情けないというべきか。
しかし今後何年かは年度予算の半分以上を国債で賄うしかない状態はいかにも異常だ。近い将来に消費税アップは必須という意見に私は賛同しているが既に各社の世論調査でも約半数の国民はそう認識している。問題は「何時からか」だが、いずれにしてもその実施には諸々の準備で年月がかかることは確かだ。
 菅首相が「自民党が公約に謳う10%を参考にする」と唐突に言い出したことに対し「野党ならいいが首相としてはまずい」「財務省に洗脳された」という批判が有識者に多い。しかし消費税アレルギーに罹っている国民に対し首相の立場で国としての必要性を選挙直前に公言した勇気と正直さを私は評価する。自民党からは「抱きつきお化け」と罵倒され、他の野党からは「消費税改定の前にやることがある。」「消費税を何に使うか不明。」「法人税低減の穴埋めにするのはもっての外。」と非難されたが、首相は「増税する」でなく「与野党で討議をしたい」と言ったのだ。増税には準備期間がかかるはずだから討議検討を他の政策と平行させるのが何故よくないか理解できないし、要するに国の歳入を増加させる案なのだから使用法については基本的には社会福祉としておいても準備期間中に調整すれば済むことではないか。各野党や有識者、更に民主党の小沢派の反論は首相の言う討議でなく増税実施への反論で本来は論議がずれているが、これら反論がそのままメディアを含め正論になっていることが腑に落ちない。特に自民党はいずれ消費税の論議の時が来ることは確かということを認識し、「自分たち野党のの意見に首相が擦り寄ったことは政界では異常な行為」という自信を持って首相の提示を受け入れ議論の主導権を持つチャンスを掴むべきではなかったか。それが大人の政党ではなかろうか。
 ただこの大きな反論に対し首相はある設定額以下の低所得者への消費税還付を言い出して後退の姿勢をとったが還付すれば増税の効果が減少する。その場合10%アップではすまなくなる可能性が出る。その上、設定所得額を演説場所によって年200万から400万まで振れさせたことは誠にお粗末で話にならない。数字的な検討なし、党内議論なし、ただ思いつきで喋っているのではないかと推測されても仕方がない大きなミスで、丁度鳩山前首相が普天間問題で振れたのと同じパターンだった。正に「菅お前もか」だった。私は消費税問題は出発点の提示よりも、世論の反発を聞いてからの後退というか数字の根拠なしの振れが大きく民主党の評価を下げたと思う。
 現在メディアはワイドショー的な手法で一般的には政府批判のスタンスで情報を流す場合が多いと思う。多くの国民は不況に曝されながらメディアの情報に呆れ、怒り、いらだちでストレスが溜まっている。したがって標準的な政治意識を持つ国民はサッと理解してせっかちに反応することになる。結果として選挙の度に政権にNOを突きつける野党有利のオセロ現象の繰り返しが出現するように思えてならない。これはねじれ現象の継続を意味する。
 今参院選で国会はまさしくこの「ねじれ」状態になった。自民党政権時に民主党は「ねじれ」を乱用して国会を混乱させたが、今後自民党が同じ繰り返しをすれば与党は衆院議席三分の二未満なので法案は成立せずに政治は停滞してしまう。これは国民の不幸だし国益に反する。更に国際的な国の評価も下がるだろう。与野党には議員の目線でなく国民の目線で良識的な対応を通して政治の停滞だけは避けることを望みたい。今の情勢では連立内閣はありえないから法案ごとに与野党で話し合って妥結点を見出して欲しい。そして今回の「ねじれ」状況を「国会を政争から真摯な討議の場に転換する転機」にすべく知恵を絞って欲しい。
 しかし民主主義の世界には与野党の対立はあって当然だから素直に「そうする」とはならないかもしれない。とすれば今のままの参院では二院制のメリットは薄れて政治活動でのマイナス面の方が目立つことになる。将来的には、憲法に絡むが衆院優位性の強化とか参院の廃止を含め二院制度のあり方について抜本的な検討が必要と思う。だが米国をはじめ「ねじれ」を経験している国は多いしわが国でも過去には何回か前例があるが当事者はお互いに話あって解決してきた。それはお互いの間に基本的な信頼関係が保たれていたからだと思う。現在の政党間にはそれが欠けているのは国民にとって不幸なことだ。

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力士社会を聖人グループに仕立てるのは疑問

2010-07-05 11:03:55 | 日記
           力士社会を聖人グループに仕立てるのは疑問
 大相撲の賭博問題で四日の協会の会見に際して白鵬ら花札組みも顔を揃え代表として白鵬が謝罪した。仲間内の花札賭博は百%よいことかと聞かれれば「イエス」とは答えられないだろうが、花札に限らずゴルフ、マージャン、トランプ、囲碁、将棋など多くの遊びごとに庶民感覚で数千円から1-2万円程度の金銭を賭けることは大企業の幹部から社員、公務員、スポーツマンなど一般社会の間では余り問題にされていないと思う。筆者も嘗てはマージャンではそのスリルを楽しんだ経験はある。 考えれば巷のパチンコも個人の遊びだが賭博性があろう。愛好者の話では1日に数万円の稼ぎや負けは珍しくないという。
 今回処分された大嶽や琴光喜は扱った金額も桁違いに高額で背後には暴力団の影があるらしく厳罰は当然だが、力士社会には閉鎖系の環境も配慮して一般社会人と同程度の遊び(賭け)くらいは娯楽として許容すべきではないか。エスカレートさせない管理を適切に行うことは必要だが力士社会を聖人グループに仕立てるのは如何なものか。      
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サッカーW杯を楽しむ(2)

2010-07-03 18:46:45 | 日記
              サッカーW杯戦を楽しむ(2)
 サッカーW杯戦はトーナメント1回戦で惜しくもパラグアイにPK戦で敗れた。29日23時からのナマ中継だったので翌朝2時頃まで興奮しながら観戦した。
 お互いにチャンスを潰しあった互角の戦いだったが素人目にも個人技の点では相手が一歩上と感じた。スピードにも差があったしボールの保持率はパラグアイが60%以上と報じていた。解説者が度々「一度奪ったボールを失わないことが大事なんだが」と不満気に話していたが、力というか技術の差があるので上手くいかないのだからそういう願望は解説にはならないと思う。「見たところ差がありそうだからこれこれこういう戦術で対抗すべきではないか」というような説明があってしかるべきだと感じた。それがプロの解説ではなかろうか。 
 しかし、とにかく前半後半の延長計30分を含め120分の死闘を果たして0対0。お互いに力を出し切ったのではなかろうか。最後のPK戦となり確率の高い駒野が失敗してしまい、敗戦が決まった瞬間に彼は責任を感じて泣き崩れて立ち上がれなかった。すぐに彼を仲間が抱き起こして慰め、岡田監督が近寄って彼の肩を抱きかかえる光景には感動した。試合は決して彼一人の責任ではなく120分戦ったチームの総力が少し足らなかったということだと思うし、それこそあそこまでやった上の敗戦には不運もあったといえよう。
 敗戦直後に岡田監督は「選手に勝たせてやりたかった。私の力不足」と謙虚にコメントした。敗軍の将として当然の発言と分かっていても全くわざとらしくなく爽やかな感じがした。各選手もインタビューに応じていたが全員が南アにきて予選から毎回格上相手との対戦だったが、アウエイで初めて予選突破でベスト16に残れたし、トーナメント第1回戦でPK戦で敗れたとはいえ0対0で頑張れたことで、ベスト8を逃した無念さはあるが一方で「やることはやった。悔いはない。」という達成感が込められていたようだった。さすがに駒野の映像は画面では見られなかった。
 すべてのメディアは大興奮で「よくやった。ありがとう」の賞賛の声一色だったが、確かに選手たちのグランドでの運動量が参加32チームの中で2位だったという高さが示すように選手たちは体格体力の限界まで頑張ったと思うし、技術的にも戦いを重ねるにつれて洗練されてきたように感じられた。カメルーンとの初戦での勝利が気分的にも大きく影響したと思う。
 帰国後チームとしてのインタビューでも岡田監督は「選手たちは日本人の魂を持って戦った。選手たちに誇りを思う。もう一度戦わせたかった。」と選手を労い、殊勲者本田は「後ろで皆が守ってくれたから心おきなく攻められた。しかし正直言って達成感というよりも残念だったと思う。」とホンネをもらしたがそれは選手たちの正直な気持ちだろう。
 南アに渡って一度もグランドに出られなかった選手も何人かいたが彼らは口を揃えてプレーした選手たちのサポートに努力したといっていたし今後もこのチームでもっとやりたいと感動を述べて、待機選手を含めチーム一丸になって団結してきたをことを強調していたが、私たちファンにもよく伝わっていた様に思う。
 関空で敗戦後初めてマイクに持った駒野は「失敗の直後は呆然としたが、仲間がお前一人の責任ではない。上を向け」と慰められ有難かった。5番目のキッカー予定だった闘莉王からは『俺が蹴っても外したかもしれないんだ』と声をかけられた」と落ち着いて話したのには救われた。これらチーム一体になっていたことを示す言動は数多く書きつくせない。出発に成田で見送ったファンが時刻の関係もあってか100人以下だったに対し帰国を凱旋チームとして迎えたファンが4000人という数字はこのW杯大会がいかに国民を喜ばせたかを物語っている。
 しかし冷静にことを観察できる立場にある外国からはイギリスの「各人がポジションをよく守った。」と誉める言葉もあるがフランスのように「日本・パラグアイ戦は退屈な試合だった。」と切り捨てるなど評価はまちまちだった。確かにゴール周りのシュートのスリルは他の試合に比し迫力不足に感じられた。
 日本チームは今回のW杯戦の悔しい経験をバネに更に上を目指して努力するだろうが、サッカーの世界は既に多くの優秀な選手たちが国際舞台で交流している状況で日本も勿論その輪の中の一員として活動している。したがって他国も日本同様に各種の情報を活用してレベルアップを図るのは当然だから、他国以上の知恵を絞ってというか他国と異質の努力をしないとランキングのアップに繋がらないと思う。それには日本人の体質、体力に適した日本的システムを編み出す必要があると思うし、それとやはり個人の技術レベルの向上と選手自身たちが自省している決断の早さの修得がポイントではなかろうか。ともあれ今回のW杯大会で日本の世界ランキングが少しあがるのではなかろうか。ある解説者は半分冗談交じりでベストエイトに残れなかったが失点0なのだから第9位と言っていた。面白い発想とは思うがまあそこまでは無理だろう。
 最後に少し頭を冷やして述べてみる。今回は世界ランキングで劣勢にありしかも大会直前に最悪の戦績、非難轟々の中での大会突入となったが、大方の予想に反して善戦の連続でファンの感動を誘ったし、各メディアは適切な言葉ではないが一斉にヨイショしたので国民は一層明るい爽やかな気分に浸れたことは確かだ。確かに国民に素晴らしい喜びと楽しさを与えたチームの功績は大きいし何の反論もない。しかし冷静に考えると、いかなるスポーツにおいても各選手やチームは程度の差はあるかもしれないが同じような努力をし同じようなチームワークを念頭において頑張っているのではなかろうか。少なくともそういう意識は持っていると思う。しかしその努力にかかわらず力のレベルとか経済的な制約があってなかなか成果が出ないという場合が殆どではなかろうか。スポーツばかりでなく事業の面でも芸術の面でも上位入賞に勝ち残るのは挑戦者の夢であり目標であるが、達成できるのは常に少数派である。
 ブランド的な大選手中村俊輔も20数分グランドに出ただけでW杯は終わり引退を宣言したが不完全燃焼に終わったと思う。他の一度もグランドに出られなかった選手も全員が先述したようにサポートに徹して一致団結したと自らのチームワークを誉め称える。がしかし反面プロとしては必ず悔しさを押し殺しての我慢の一面があったと思う。限られた選手数で戦うスポーツには常に付きまとう問題だがその悔しさがまた待機組み選手のレベルアップのバネになると思うし、それに耐えて乗り切る選手だけが大成していくということがスポーツばかりでなく人生の競争社会の常だと思う。チームの善戦に沸き返る雰囲気の裏には常に隠れる厳しい競争社会の姿があるのだ。メディアは第1線のスター選手ばかりでなく逆境に曝されながらも挫けないで頑張っているグループや個人をもっと掘り起こして巷に紹介する姿勢があってよいと思う。
 前報告(1)の冒頭にメディアは「勝てば官軍」式の報道だと批判めいた書き方をしたが、私自身今回の文章を纏めながらその流れに少しはまった感じがしたので最後に少し頭を冷やした積もりで述べ締めくくりにする。
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