傘寿の真保守宣言

素人の政治、スポーツ、社会評論です。
写真、ゴルフを楽しみながら地域社会に溶け込む一応元気な傘寿越えの爺さんです。

スポーツ界の体罰の世論に疑問あり

2013-02-04 09:45:55 | 日記
         スポーツ界の体罰についての世論に疑問あり
 女子柔道の体罰問題が露見した。園田監督は選手時代に受けた体罰に違和感はなかったというが確かにそういう時代はあった。彼は「監督は選手の友達ではない」と一線を画して選手と厳しく対峙して指導に当たり、例えば逃げに回った試合の後には選手に手を出したという。が、現在は「体罰は無条件悪」という時代に変わったのだから彼の言い分は通らない。指導者は「体罰なしの指導法」を実践するしかないのだが彼には感覚の切り替えがなかったのだ。「選手に信頼されている」と信じて彼女たちの心を読みきれずに手を出したのだ。
 筆者は昭和一桁の人間で若い頃は剣道部に属していた。退部を申し出て強烈な体罰で失神させられたり奥歯を折られたりした仲間を見たときは恐怖感を覚え退部は出来なかったことはよく覚えているが、普段の稽古とか「試合に負けた」という理由での体罰はなかったので特別な違和感はなかった。桜宮高校生自殺後、またこの園田監督の1件後も多くの学校での体罰が報道されていることは全スポーツ界にまだこの歴史的な慣習が根付いていることを示している。
 直近のメディアで評論家やスポーツマンの殆どが「体罰は悪」のオンパレード。「体罰をする指導者は資格がない。」「体罰なしで充分目標は達成できる」などなどで体罰擁護論は殆どない。そもそも何処までを体罰というのだろうか。体に触れたら直ぐ体罰ということではないだろう。勿論怪我をさせてはいけないが少し小突くくらいは体罰ではないと思うのだ。園田監督が試合の場に上がる選手の尻を両手で相当きつく叩くがあれは体罰といわないだろう。前報で触れたが、昨年プロ野球の公式戦で大観衆の面前で阿部捕手が沢村投手の頭に一発食らわせた。叩いたのだから今の世論の識別では体罰だろう。あの一発は大方の関係者やファンに賞賛されたではないか。阿部の咄嗟の情熱からくる衝動的な行動だったと思うのだ。全てのスポーツの活動であの程度のことまで体罰として禁止せよというのだろうか。
野球の桑田氏は体罰否定論でその趣旨で講演もしている。だが、同じ野球の張本氏は川上監督に全力疾走をせずにその直後に試合中に一発かまされて目が覚めて反省したというし、ラグビーの平尾氏も体罰に目覚めたと某新聞に書いていた。監督と選手間に信頼感があれば体罰が愛の鞭になるということと思う。有名外国スポーツ関係者は口をそろえて俺の国には体罰はないという。すぐ裁判にもなるとも言う。若し選手を殴ったら選手が監督を殴り返すというブラジル人もいた。しかし同じ新聞に外国のトラブルが報じられることがある。実情は何ともいえないと思う。
 スポーツに勝利至上主義を否定する意見には反対だ。やる以上誰も勝つことを目指しているし筆者は勝つ喜びにスポーツの楽しみがあると思う。勝利を目指し監督と選手が人間として真剣にぶつかり合うのがスポーツの醍醐味ではないか。反論が多いことを承知で言えば、情熱的な闘争心の発露から出た手を百%悪として禁止する理想像、キレイゴトだけで果して世界で勝利するスポーツが成り立つのか疑問も感じる。評論家たちは世論におもねすぎではないか。時代が変わって若者の感覚も変化したし上下間の信頼関係が維持しにくい時代になっている。体罰禁止のルールが絶対となれば我侭な選手を体罰なしでどう厳しく指導していくのかスポーツ界は基本的に模索する必要があると思う。評論家たちが言うほどそう簡単ではない。
 園田監督の記者会見を見る限り彼の指導者としての情熱と意志には芯があった。彼は依然として貴重な人材と思う。柔道界で再出馬のチャンスを与えて欲しい。
 さて十五人の選手が表にでないのは何故だろう。女性だから「守る」ということか。子供ではないのだ。勇気を持って監督にそして柔道連盟に「NO」を突きつけここまで明るみになったのだ。堂々と監督と話し合うのがスポーツ精神ではないか。
 最後にここまで問題を大きくしたのは彼ばかりでなく全柔連の危機意識の欠如と部内の調整機能を果せなかったコーチ陣の責任も重い。
コメント

アベノミクスを推進せよ

2013-02-01 16:46:34 | 日記
           アベノミクスを推進させよ
「安倍政権は日銀の独立性を侵す」という国内外の批判がある。しかしそもそも日銀は政府の一機関であり、独立といっても政府が決めた金融政策を独立に実施するということだろう。決して対等ではないのに何か誤解しているようなマスコミ報道が多い。
 アベノミクスは大胆な金融緩和・インフレ目標設定で円安を齎し欧米から不評だが、日本がリーマンショック以降欧米との金融緩和競争に乗り遅れ、長年に亙る経済的な一人負けに苦しんだ対策としてやっと目覚めたという構図ではないか。分りやすいこととして紙幣の増刷についても欧米諸国はリーマンショック以降約3倍に増大しているのにわが国だけが約20%程度増である。紙幣の増刷だけがデフレ対策とはいえないが円の希少性が円高の維持に繋がったことは識者たちが指摘している。要するに遅ればせながら欧米諸国に習う政策を執ったのだ。
 欧米では円安で自国の輸出産業にマイナスになるという視点でメディアはフリーだからアベノミクスを避難するが、自分たちがこれまでやってきたことだからダボスなどの国際会議で公式に甘利演説を批判できなかったのは当然だ。
 政府は国内外の批判を気にせず、ハイパーインフレ防止策を懐にして、粛々とアベノミクスを推進し「3本の矢」でデフレ脱却、経済再建を推進すべきだ。

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