MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

非現実のイ長調

2013-01-08 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

01/08 私の音楽仲間 (459) ~ 私の室内楽仲間たち (432)



              非現実のイ長調



         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




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                  嫌われる外骨格
                太っ腹のブラームス
                理屈っぽいのは誰?
                言うだけ言ったわよ





 作曲家が苦心するものに、音楽の “終り方” があります。

 「終わり良ければすべて良し」…と言いますね。

 反対に、どんなに美しい音楽であろうと、“終わり” の印象
が悪ければ、“竜頭蛇尾”。 今年は巳年なので、蛇さんに
は気の毒ですが。



 数多の曲の中には、それまでの音楽と同等、あるいはそれ
以上に、作曲者の心情を伝える “終り方” もあります。

 まるで、「音楽の終結部を書きたかったがために、先立つ
音楽を準備した」…と思わせてしまうような “終り方” です。




 ブラームスの弦楽五重奏曲第1番、その第Ⅱ楽章には、
そんな “終り方” が、3箇所あります。

 “3箇所” ? 「おかしいな」…と思われるかもしれません
ね。 実はこの楽章、大まかに見ると、“” の5つ
の部分から出来ているのですが、その “3つのA” の終り
方のことです。



 同じ “A” でも、細部はもちろん異なります。 しかし中心
となるテーマは同じで、気分も共通しているのです。

 そして、それぞれの “A” に区切りを付けるのが、何小節
かの “小結尾”。 最後は、もちろん楽章の終りです。




 演奏例の音源]は、その “3つの終り” だけを繋げた
もの。 それぞれは対応する部分で、小節の長さは順に、
6、7、13 …です。

 緑色の部分はカットしてあるので、白抜きの箇所だけ
を追ってください。

                 



          



   





 最後が一番長いのは当然ですが、その上に、“ritard. molto”
という指示まで見られます。

 また3つの響きには、微妙な差があります。 ほとんど無表情
だったり、若干高揚したり、静まりながら深い哀惜を湛えたり…。

 そして、p、ppp などの強弱記号の差は、演奏者にとって重要
なヒントですね。



 聴く者の心を打つのが、半音階で進行する音程です。

 その他、5度減3度増4度などが、どの譜例にも
共通しています。

 よく見ると、最初は上昇し続けていた半音階が、最後は
下降しています。 それも Viola の低音域が中心なので、
ますます暗く、重苦しい…。




 3つの部分とも、その主役は和声進行ですね。 そして
楽章は、イ長調のハーモニーに行き着いて終る。

 でもこれ、一体なんという終り方なのでしょうか。 直前
に現われる “ニ短調”! 確かに、嬰ハ調と関連する和音
(ナポリ6度) には違いないのですが…。




 最初の二つの “A” は、嬰ハ長調に始まり、嬰ハ短調で終り
ます。 続く “二つのB” は、いずれもイ長調で始まります。

 ところが “最後のA” の始まりは、イ長調! そして嬰ハ
短調で終る…と見せかけて、終りもイ長調なのです。



 イ長調への執着。




 ところで、この曲の作品番号は “Op.88” ですね。 作られた
時期は、「1882年6月頃」…とあります。

 次の “Op.89” は、ゲーテの詩による『運命の女神たちの歌』
ですが、同じ年に作曲、初演されています。

 続く “Op.90” が、交響曲第3番 ヘ長調。 翌年の作品です。



 この三曲に共通しているのが、F(ヘ) と A(イ)、それぞれ
の音同士の、強い関連です。

 『運命の女神たちの歌』は、ニ短調が主体ですが、調号
は“♭一つ” で、ヘ長調と同じ。

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 今回の “Op.88” は、両端楽章がヘ長調です。 しかし
頻出するのが、3つの#! ここでもイ長調。

 その中間にあり、AとBの間で揺れ動く、この第Ⅱ楽章。
最後にイ長調が鳴ってはいるものの、現実の、明るい響き
ではない。 まるで “幻想のイ長調” です。

 “イ” の長三度下が “ヘ”。 反対に、“イ” の長三度上は、
“嬰ハ” の音です。 ここにも、バランス感覚。



 そしてイ長調は、A Dur。 Aは、“Agathe” のAです。

 関係ありませんね…。



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