人生、消去法
世捨て人のつぶやき




ふと、昔のことを思い出していた。

私は大学で哲学を専攻していた。哲学だ。普通ではない。

心理学専攻の可愛い女の子に「哲学って何やってるの?」と真顔で訊かれたりしたものだ。
正直、自分でもよくわからなかった。
よくわからないものについて考えるのが哲学としか言いようがないような気もしていた。

哲学の中でも、私が手を染めていたのは現象学といわれる分野だった。
当時はまだネットもなく、ウィキペディアもなかった。
ちなみに今のウィキペディアの現象学の記事にはこうある、と引用しようと思ったが、見てみると結構錯綜している。

ご参考までに。
https://ja.wikipedia.org/wiki/現象学

もともとは高校の倫理の授業で哲学に興味を持って、あと当時自分の人生というものに思い悩んでいたというのもあって、大学では哲学をやろうと決めた。
今となっては記憶が曖昧だが、大学に入った頃には、漠然と「他者」というものについて追求したいと思うようになっていた。
コミュニケーション不全に悩んでいたというのもあって、はじめはコミュニケーションについて考えていたが、いつしか、そもそも「他者」とはなんぞや?という問いに行き着いた。

そんなこんなを当時助教授だった、後に恩師となる先生に話したところ、「それならメルロ=ポンティだよ」と言われた(メルロ=ポンティについては名前すらまったく聞いたこともなかった)。
フッサールに始まる系譜の、フランスのメルロ=ポンティという哲学者だ。
言われるままに私はその哲学者を専攻することに決めたのだが、結果的に言えば、選択を誤った。
私の知力では、全く歯が立たなかったのだ。

なんでも、フランス語の散文の中でも、もっとも美しいと言われるクラスの文章なのだそうだが、1ページ1段落1文みたいな途切れなく延々と続く長文があって、読んでいるとクラクラするというか、船酔いするというか、とにかく私の読解能力を超えていた。

当時は、とにかく現象学そのものを理解するために次のような本を読んだ。
もう何が書いてあったか、今となってはよく思い出せなかったりする。
情けないものだ。

現象学 (岩波新書 青版 C-11)
木田元
岩波書店


木田元先生には書物の上ではあったとはいえ、多大なる御恩を賜った。
明晰な読み、正確な翻訳。
どれをとっても当代随一と言われるものだった。
去年亡くなられてしまって残念なのと、もうそんなに時間が立ってしまったのかという感慨を覚える。


現象学入門 (NHKブックス)
竹田青嗣
日本放送出版協会


この本も分かりやすかった。
竹田青嗣先生のご本は どれも初学者にも読める平易なものが多く、氏のこの業界に対する貢献の度合いはとてつもないものがあるといっていいだろう。


メルロ=ポンティ自身の思想については、この本に大いに助けられた。

メルロ=ポンティ (「現代思想の冒険者たち」Select)
鷲田清一
講談社


他にも文献にはあたったが、結論としては、先程も書いたように、全く歯が立たなかった。
論文にしようにも、理解できないのだから論文になどできようはずもない。

では、何がわからなかったのだろうか?
単に難解な文章に手こずっただけなのか?
そうではないように当時の私には思われた。
そして、今もその思いは変わらない。

以前にもこのブログのどこかで書いたような気がするが、その「わからなさ」は、例えるなら生まれつき目の見ない人が、目が見えるとはこういうことだと書かれた点字の文章を読んで理解できないのと同じようなものに感じられた。

生まれつき「他者」というもの触れたことのない私には、「他者」は永遠に謎のままにとどまり続けるのだ。
言い訳のように聞こえるかもしれないが、これは今も確固とした認識として私の中にある。
心理学用語で言えば、高機能自閉症の圏域に私がいるということのような気がしている。
これは、これまでも(現在では関心が薄れてしまったが)このブログで書いてきた、シゾイド型人格障害(現在では「スキゾイドパーソナリティ障害」のほうが一般的な呼称のようである)の問題に繋がる。

これもまた、以前書いた気がするが、生後数週間だか数ヶ月の間目隠しをされた子猫が目隠しを外されたあとも視覚を回復しないという実験結果にも類否関係が成り立つ。
生後ある程度の期間にわたって他者との関わりを正常に持てなかった人間個体は、一生もう他者というものを理解することができない。
それが、当時の、そして今も変わらぬ、私の見解である。
 

あぁ、山寺に一人篭もりきって過ごしたい。
そしてそのまま死にたい。
誰にも知られず、白骨がくずおれて風に吹き飛ばされてしまうまで…。

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