goo blog サービス終了のお知らせ 
人生、消去法
世捨て人のつぶやき




gooブログのサービス終了にともない、はてなブログに引っ越すことにしました。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




いましがたYouTubeで猫動画を見ていた。



飼い主が、亡くなった猫の墓に水をやり、花を手向ける動画だ。



私の目に涙が流れた。



この哀悼する心、ここにこそ人間性のひとつの表出があると感じたからだ。



しかし、一方で、もうひとつ次元の違う「死」への感覚というものがある気がした。



それは何か?



哲学において語られる「死」がそれではないか、と思いついた。



(1)人間性の次元 → 「他者」の「死」

(2)哲学 → いまだ来たらざるところの「自己」の「死」



という図式だ。



恥を忍んで告白するならば、私は若き日にハイデガーの『存在と時間』を読んで、全く何も理解できなかった。



いや、おそらく今もなお理解できないだろう。



ただ、ぼんやりとだが、私には手の届かないところに、何やら哲学的センスのある人間なら理解できる「何か」があることは察知できた。



それが齢五十一を目前に控えてようやくなのだが、上記のような区別のことなのか?と思い至ったわけだ。



やれやれ。



そもそも、私には「自己」の「死」は全くリアリティーのないものだ。



私淑するfinalvent大先生のような、夢に見ると冷や汗をかいて絶叫しながら目覚めるというようなものはひとつもない。



やれやれ。



ほとほと私には哲学のセンスは備わっていないようだ。



まぁ、ともかく、死期を悟った猫が森に入って誰にも知られず死ぬようにくらいは、せめてなりたいものであるなぁ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




当地は比較的涼しい土地柄なのだが、ついに36℃を超えてしまった。



私が子ども頃(40年以上前)なら、30℃超えで「暑いねぇ」となったものだが、いまや30℃では何も驚かなくなってしまった。



やれやれ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




比較的に涼しい土地柄なのだが、それでもやはり昨今の高温傾向はこの地にも及び、ついに35℃を超えた。



40年ほど前なら、30℃を超えるだけでかなり暑いなぁという感想だったが、いまやそのくらいではむしろ涼しいねという感じだ。



老いゆく身体に辛いところだ。



で、困ったことに、これまではエアコンフル回転だったのが、それだと寒く感じるようになってしまった。



いよいよ老人の気持ちが理解できるようになってしまった・・・。



しかも、時間によってというか体調によって感じ方が変化し、室温が24℃でも暑いときと、27℃以上でも寒く感じる時がある。



困ったなぁ。



ちなみに昨年50歳になったあとに主治医から、どんどん身体の具合は悪くなっていきますよー(笑)と言われていた。



見事に的中した格好だ。



やれやれ。



元気になりたいなぁ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




突然の訃報に驚いている。



音楽評論家の渋谷陽一氏が死去したとのこと。



まだ74歳だった。



2023年11月に脳出血を発症していたとのことだが、これも全く知らなかった。



リハビリを続けていたが、誤嚥性肺炎で死去。



この誤嚥性肺炎というのは、結局のところ身体の衰え、つまりは老衰であり天寿ということなのだろう。



渋谷氏といえば、私にとってはロックへの入門の導き手だった。



中学生のころ、その年頃の多くの人と同様に、私も音楽に興味を持ち始めた。



しかし、私が育った街は山奥で、レコード屋もなければ、FMラジオと言えばNHKしか聞こえないような環境だった。



そのNHKのFMの音楽番組で、毎週パーソナリティをしていたのが渋谷氏だった。



その軽妙な語り口は、ど田舎の少年にもとっつきやすく、毎週楽しみに聞いていたものだ。




そして、高校に入り、本格的に洋楽を聴き出して、氏の創刊した雑誌ロッキング・オンは私の第一の情報源となった。



もう当時すでに渋谷氏は編集長からは退いていて、唯一、「渋松対談」(渋谷氏とその盟友の松村雄策氏の対談)というコーナーだけ残っていた。



時は90年代。



ちょうどグランジ、オルタナティブ・ロックムーブメントの時期だった。



まだまだ、音楽では西洋コンプレックスが残っていた時代。



英米の最新のロックを追いかけることは、なかば強迫的なものでもあったと思う。



あの時代から、はや30数年。



いよいよ、あの時代の人でも、鬼籍に入られる方が出てきてしまった。



時の流れとはまさに残酷なものだ。



時は流れ、人々、ひいては世界は移り変わっていく。



音楽シーンも変わった。



ロックは死んでしまったようだが・・・。



自分の若かったころの記憶が、セピア色になりつつある。



人は老いる。



それは仕方のないことだ。



しかし、遣瀬のないものでもある。



またひとつ時代の切り替えが進んだ。



次は私の番だろうか。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




なんやかんやバタバタしているうちに、もう7月になってしまっていた。



おいおい。



いやぁ、時間の流れが早すぎる・・・。



こなせる作業量が明らかに落ち、一日少し頑張ると、翌日から3日くらいはほとんど動けなくなってしまう。



やれやれ。



そういえば、今年は蝉の声が聞こえない。



暑すぎるせいだろうか。



しんどいなぁ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




ファイルやフォルダの名前に日付を付けて管理する際に、日付をいちいち手入力するのは面倒なので、Wordserviceというアプリ(?)を使って、デフォルトの日付形式をyyyymmddにしていた。



ところが、なんの拍子にか、設定が変わってしまって、入力できなくなってしまった。



現在のOSはSequoia。



システム設定の「言語と地域」の中にある日付の形式が固定になってしまっていて、以前はWordserviceで変更できていたのが、編集画面が出なくなっている。




で、いろいろ調べた結果、次のサイトで解決した。


OSはVenturaで説明されているが、Sequoiaでも有効だったのでシェア。



やれやれ。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




今年の気候はよくわからない感じだ。



肌寒い日が続いたかと思えば、突然の高温。



6/16には32.5℃。



翌6/17には31.5℃。



長引いていた雨もぱったりとやんで、一転の真夏日。



しかし、今年は歳のせいなのか(今年でなんと51になる)、気温が上がっても暑く感じない。



昨年までなら、半袖を着て、エアコンでガンガンに冷房を入れて、それでも汗をかいていたくらいなのだが、一体これはどうしたことか?



中年を超えて、もはや老年に入ってきたという証なのだろうか。



しかし、最近立て続けに私よりも一回り以上年上の又従兄弟ふたりに遭遇したのだが、ふたりとも薄手の半袖で汗をカキカキであった。



対する、若手のはずの私はといえば、厚手の長袖シャツだったのだ。



うーん・・・。



いやはや、歳は取りたくないものである、とも言ってられないか?



どこか、身体に異変が生じているのかもしれない。



やれやれ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




昨日は暑かった。



定期の通院で外に出ていたのだが、家を出る際には薄ら寒かったのが、診察を終えて帰路につく頃には、汗ばむくらいになっていた。



車を運転しながら、外気温を示す温度計を見ると、26℃。



家に着いてから改めてアメダスで確認したところ、やはり26℃まで行っていた。



桜もほぼ散り、山を通る道の脇にはヤマツツジが咲き始めている。



あっという間に今年も3分の1が終わろうとしている。



やれやれである。



体調は良くない。



昨夜は、眠剤が珍しく効かずに難儀したし、ようよう生活も辛いものとなっている。



楽になりたいなぁ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




gooからのメールでgooブログの終了を知り、あぁ、来るべきものが来てしまったという気分になった。






なんと、その歴史は21年に及ぶという。



開始されたのは、2004年3月かららしい。



当時、はてなダイアリーを始めとしたブログサービスが雨後の筍のように現れたのが昨日のことのように思い出される。



梅田望夫氏は遠くなりにけり・・・。



そんな折に、私もどうにもならない鬱屈した日々を吐き出すために、2005年4月15日(なんと今日(もしくは明日)で丸20年だ!!!)に次のエントリでこのブログを書き始めた。






あらためて読んでみると、実にくだらない駄文で、自分でも情けない。



しかし、なんとまぁ20年という時間の長さと、それと同時に感じる短さよ。



当時30歳だった私も50歳になってしまった。



時間の経過のむごさを感じざるを得ない。



とはいえ、こういう流れになるのではないかという予感はあった。



2022年7月17日に以下のようなエントリを書いている。






それから約3年。



本当の終わり(gooブログだけの話ではあるが)が到来することとなった。



いよいよ人生も終わりだなぁなどと自嘲気味に考えていたら、先にブログの終わりがやってきた。



いやいやいや、ブログのほうが長続きするはずだったのでは?



時は過ぎ、時代は移り変わってゆく。



ひとにはそれに抗う術は与えられていない。



私もまたそういう流れの中で跡形もなく消えていく。



塵芥が風に吹き飛ばされるように、この駄文の集積も消えることになった。



さて、どうしたものか。



なかなかうまく言葉が見つからない。



桜が満開を迎える季節に、なんともやるせない知らせが届いたものだ。



昨日の雨をさかいに、今日から桜の花びらが散り始めたのは、偶然の一致に過ぎないのだが、何やら因縁めいたものを感じざるを得ない。



いよいよ人生の店じまいの時なのかもしれない。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ 記事一覧画像一覧読者一覧フォトチャンネル一覧