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まっかちゃんのブログ

シニアが社会を変えよう! 生涯学習、生涯現役、生涯元気
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産經新聞社大阪本社見学-産經新聞の出来るまで-

2010-09-29 19:16:34 | 社会・経済
新現役ネット【関西】のイベントで産經新聞社大阪本社を見学しました。24名が参加しました。

新聞制制作のしごと内容11時15分、地下鉄御堂筋線「なんば駅」出口で待ち合わせました。先ず、行列のできる店「魚匠 銀平」道頓堀店で定番外特製昼食を食べました。昼食後に産經新聞大阪本社まで20分ほど歩き、13時に到着しました。

大阪本社新社屋の玄関で記念写真を撮影しました。会議室で、産經新聞社の歩みと産經新聞のできるまでの簡単な説明を受けた後に、「産經新聞のできるまで」のビデオを鑑賞しました。そして、編集局、写真報道局そして制作局のフロアを順次見学しました。各フロア見学後に会議室に戻り質疑応答を行い16時に解散しました。

「新現役ネット会員24人 大阪産経新聞社を見学」と題した記事と写真(玄関で撮影したもの)を掲載した本日付夕刊の1面(もちろん市販はしません)を頂きました。ちなみに、1面のトップは北朝鮮党代表者会での「ジョンウン氏、指導部入り」です。

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「安全」社会と刑法の役割

2010-09-17 19:40:23 | 社会・経済
16日18時30分から20時まで、大阪市立大学文化交流センター「9月ターム講座」《現代社会の変容と『安全社会』の新しいデザイン》の2回目「『安全』社会と刑法の役割」を受講しました。

講師は、大学院法学研究科教授の恒光 徹さんです。
統計学上、犯罪は基本的に減っています。殺人、強姦、交通事故死者数、少年の強姦・強盗等いずれも減っています。しかし、人々の犯罪への不安感は強くなっています。

不安感は、生命犯・身体犯・生命身体危険犯に対する不安感および処罰感情の構造に由来するから、その構造を理解し、適切・冷静な対応をとることが必要です。生命身体の罪に対する処罰感情は、2つのベクトルとして存在します。社会の基本道徳との強い結びつきと死に対する社会の態度の変化です。

不安感は、認知犯罪減少の事実を啓蒙するだけでは、減りません。刑法によって安全社会が実現するわけではありません。重罰化より、貧困の減少や家庭の養育力の強化などの社会政策の充実が肝要です。
詳細は、[こちら]をご覧下さい。

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<趣味人>はなぜ国語辞典に収められないのか

2010-09-11 17:47:28 | 社会・経済
10日、立命館大阪オフィス主催の「木津川 計/生活文化講座」第3回「<趣味人>はなぜ国語辞典に収められないのか-日本の近・現代は『趣味』をどう考えたのか-」を受講しました。

新聞や本、インターネットでは、<趣味人>という言葉を目にします。しかし、すべての国語辞典(広辞苑、大辞林、日本国語大辞典)には載せていません。<趣味人>がなぜ国語辞典に収められなかったのかについて講義がありました。

<趣味人>が国語辞典に収まられていないので、木津川さんが著書で趣味人の資質を次のように定義しました。
①風雅を愛する人
②清貧を好む人
③悠揚迫らざる人
④人生を楽しみながら生きている人

明治時代以降の、脱亜入欧・文明開化・立身出世・殖産興業・勤労の美徳、といったことが<趣味人>を排除してきました。風雅(わび・さびの美意識)は文明開花・洋風によって粉砕されました。清貧の人は殖産興業、資本主義(=欲望を肥大化)から敵視されました。文明の前進は限りなく生産性を上げることで、前進すればするほど忙しくなります。勤労の美徳が「遊ぶ」ということを抑圧しました。

新<趣味人>の定義
①自然を愛する人
②清福をこのむ人
③ユックリズムを実践する人
④人生を楽しみながら生きていく人
張りのある日常をこそ。
詳細は[こちら]をご覧ください。

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学校行事の安全-誰が注意を払うべきか

2010-09-11 16:41:30 | 社会・経済
9日18時30分から20時まで、大阪市立大学文化交流センター 9月ターム講座《現代社会の変容と『安全社会』の新しいデザイン-法学・政治学的検討》の1回目「学校行事の安全-誰が注意を払うべきか」を受講しました。

講師は、法学部教授の高橋 眞さんです。
学校行事で事故が起こり損害賠償責任について裁判が行われると、教師の過失が問題とされます。しかし、責任論で問題とされることと、事故防止のために必要とされることは、必ずしも一致しません。事故を防止するためにはどうするべきかについて、いくつかの判決を手掛かりに、講義を行いました。

法的な責任追及の場合には、根拠規定の構造により、誰かの過失が要件となるため、その背景が捨象されます。しかし、予防を考える時には、その背景を整えることこそが問題となります。すなわち、様々な人の結びついたシステムが適切に設計され、適切に機能することが不可欠で、そのシステムを構成する「人」がどのような状態にあるべきかが重要となります。
詳細は[こちら]をご覧下さい。

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<道楽>はなぜ貶められたのか

2010-07-10 19:37:42 | 社会・経済
9日、立命館大阪オフィス主催の「木津川 計/生活文化講座」第2回「<道楽>はなぜ貶められたのか-<道楽>が人生に根付いてこそ-」を受講しました。

「しゃかりきに働く」「足を洗う」「出世」「冗談」などは仏教語が日常化した。「増長」「伝法」「夜叉」「人」などは仏教語が逆な意味に使われるようになった。「道楽」は仏教語で、意味は「仏道修行によって得たさとりのたのしみ。法悦の境界」である。しかし、現在では「酒色・博打などの遊興にふけること。放蕩。遊蕩」の意味で使われることが多い。

なぜ意味の反転が起こったのか? それは、政治の指導原理が仏教から儒教(学)へ転換したからである。仏教は慈悲の心であるが、儒教的理念は身分制度をつくりあげた。士農工商、上士下士、身分制秩序、主従の道、女性差別などである。

明治時代に「脱亜入欧」を目指し、立身出世主義を鼓吹し、「道楽」を悪徳視した。福沢諭吉も「才力さえあれば、立身出世勝手次第」と述べている。あおげば尊し歌詞の二番に「身をたて、名をあげ、やよ はげめよ」とある。故郷の歌詩の三番は「故郷へ錦を飾る」プレッシャーとなり、村の鍛冶屋の歌詞の一番は勤労の美徳を賞賛している。

今こそ<道楽>復権を! 人間が「道楽」に生きる道には二通りがある。「道を楽しむ」生き方と「道を楽にする」生き方の二つである。勤労の美徳に慣らされてきた私たちに必要である。自己目的の「道を楽しむ」人たちが、他者目的の「道を楽にする」生き方にもかかわり、献身するという構図、もちろん逆の、「道を楽にする」生き方の人物が「道を楽しむ」名人であることがはるかに望ましい。
 詳細は[こちら]をご覧下さい。
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