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まっかちゃんのブログ

シニアが社会を変えよう! 生涯学習、生涯現役、生涯元気
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<生涯学習力>はなぜ強められねばならないのか

2011-01-17 00:51:01 | 社会・経済
14日、立命館大阪オフィス主催の「木津川 計/生活文化講座」の第5回「<生涯学習力>はなぜ強められねばならないのか-『体力・気力・能力』3つの原動力として-」を受講しました。

1、大往生とはどういう終末か
 ・大往生には5つの条件がある
 ・心掛けの良い人が大往生できる
2、ポックリ死とはどういう終末か
 ・ころりと逝くこと

3、生き甲斐とは何か
 ①健康、②経済的ゆとり、③時間的ゆとり、④人間社会的つながり、⑤家族の支え、⑥張りのある日常-生涯学習としての張り

4、張りとは何か
 ①趣味、②学習、③ボランティア、④スポーツ
5、趣味力とは何か
 ①向上心を与える、②夢をふくらませる、③達成感の喜びを味わう、④遊びの喜びを知る、⑤人生を楽しみながら生きる

6、生涯学習力とは何か
 ①人間を平等にする、②友人をつくり、人間的つながりを強める、③女性はおしゃれに、男性は世話焼きになる、④若さを組織する、⑤講師の資質を高める、⑥知的、趣味的欲求や関心を満たす

7、生涯学習力は強められねばならない
 ①生涯学習は何であったか、②再編成、縮小に向かう行政施策、③人間に備わる3つの力(体力・気力・能力)を強め、維持するために
詳細は[こちら]をご覧ください。

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なぜ大阪の都市格は下がったのか

2010-12-18 01:14:25 | 社会・経済
15日、「NPO法人 関西社会人大学院連合」主催の専門セミナー「大阪人と大阪の文化」第3回を受講しました。第3回は「なぜ大阪の都市格は下がったのか-また再び含羞の都市へ-」で、講師は木津川計さんです。

1、大阪、現下の困難ー文化としての都市格の低下と経済としての都市力の低下
橋下徹氏の知事選出馬の街頭での第一声は「僕は大阪に育てられた。(中略)今、その大阪に元気がない。全国から汚い、治安が悪いと言われている。大阪が馬鹿にされることは我慢できない」だった。
「大阪が馬鹿にされる」=低い都市格、「大阪に元気がない」=衰弱した都市力。橋下知事は、文化としての都市格が低下し、経済としての都市力が衰弱していることを自覚していた。

2、関西三都のイメージ
宮田 輝の「花の降る午後」に例えると、
京都-はひふへほ-「雪の降る午後」
神戸-パピプペポ-「花の降る午後」
大阪-ばびぶべぼ-「銭の降る午後」。

3、都市格とは何か-文化の視座で計り得る文化力
①文化のストック、②景観の文化性、③発信する情報

4、京阪神三都の都市格順位
①京都、②神戸、③大阪
大阪は「文化のストック」が貧弱、「景観の文化性」を持っていない、「発信した情報」は大阪のイメージを悪化させた。

5、大阪が発信した情報の時代別推移-大阪のイメージ悪化の原因
①1960年代-ど根性都市、②1970年代-どケチ都市、③1980年代-犯罪都市、④1990年代-破廉恥都市、⑤2000年代-憂愁都市

6、都市力とは何か-経済の視座で計り得る経済力
①人口、②工業製品出荷額、有効求人倍率、④一人当たり所得

7、二人の知事経済無策
横山ノック府政、太田房江府政が大阪の都市力を低下させた。
大阪が元気を失ったのは、大阪の企業が次々に本社機能を東京へ移したり、工場がアジアへ出て行ったりして、経済が空洞化したから。外国領事館も大阪から東京や京都に移った。
京都の大企業は東京へ本社機能を移していない。
大阪市の文化予算は他の政令指定都市に比べて低い。大阪は都市力を高めなければならないのに、橋下知事は明確にしていない。大阪都構想やカジノ合法化によって大阪の都市力が高まることはない。

8、また再び含羞都市へ-文化のための大阪構想
①パナソニック、三洋電機、シャープなどによる「IT関連」②武田薬品など製薬業界による「バイオ関連」③東大阪、八尾の工業力を活かした「環境関連」詳細は[こちら]をご覧ください。

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なぜ大阪は漫才の都になったのか

2010-11-18 16:46:12 | 社会・経済
17日、「NPO法人 関西社会人大学院連合」主催の連合セミナー「大阪人と大阪の文化」第2回を受講しました。第2回は「なぜ大阪は漫才の都になったのか~秋田実の作笑術と平和主義~」で、講師は木津川計さんです。

大阪では、昔から「ことば遊び」や「しゃれ」が盛んでした。昭和の初めに、エンタツ・アチャコが洋服姿で登場し、漫才のスタイルを一変させました。ワカナ・一郎も活躍しました。漫才は大阪ローカルから国民演芸になりました。

昭和とともに文化水準が上がり、ラジオ時代が始まり、漫才作家が求められました。吉本興業文芸部には秋田実を中心にインテリが集まりました。秋田実の漫才は、「家中誰もが安心して笑える笑い」でした。「笑いの平和主義」です。

1977年に秋田実が死去し、1980年には空前の漫才ブームが訪れました。ビートたけしによるブス・老人へのいたぶり、島田紳助のオバン攻撃などです。強い者が弱い者を笑い、いたぶることで人気になりました。秋田実の「笑いの平和主義」は粉砕されました。漫才ブームは3年で終息しましたが、子供は文化を食べながら成長します。1983年、84年と校内暴力・いじめが社会問題となりました。

高齢者が増えて来たので、しゃべくり漫才が再び起こるでしょう。風刺的、批判的な笑いが起こって欲しいです。笑いの復権と笑える条件は次の4つです。①時間的余裕、②経済的余裕、③精神的余裕、④肉体的苦痛からの解放。「笑う門には福来たる」でなく「笑える門に福来たる」です。
詳細は[こちら]をご覧ください。

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<自己責任>はなぜ生み出されたのか

2010-11-13 13:34:13 | 社会・経済
12日、立命館大阪オフィス主催の「木津川 計/生活文化講座」第4回「<自己責任>はなぜ生み出されたのか-”期待される精神”の時代相-」を受講しました。

歴史において「熱狂の時代」が3回ありました。そんな時代には必ず”期待される精神”と”期待される人間”が生み出され、あてがわれました。そして、”犠牲者”がいました。
①日清・日露戦争-和魂洋才-木口小平-女性(「女工哀史」と新派悲劇)
②15年戦争-滅私奉公-爆弾三勇士-若者(「大正はあわれ愛して頂戴ね」と学徒出陣)
③高度経済成長<戦争>-ど根性-阪田三吉-家族(核家族と長時間労働)

以上をたどれば、すでに期待され、強要される「自己責任」は第4の熱狂なき熱狂時代、即ち少子高齢化社会です。詳細は[こちら]をご覧ください。

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なぜ大阪は”ど根性”の都市といわれたのか

2010-10-30 20:02:09 | 社会・経済
20日、関西社会人大学院連合主催の連合セミナー「大阪人と大阪の文化」の第1回講座を受講しました。第1回は「なぜ大阪は”ど根性”の都市といわれたのか~阪田三吉と1960年代」で、講師は「上方芸能」発行人の木津川計さんです。

村田英雄の「王将」が大ヒットしたのは1961年でした。その前年、政府は所得倍増計画を発表、高度経済成長が始まりました。熱狂の時代には期待される精神と人物が求められます。その精神が”ど根性”とされ、阪田三吉が典型的な人物になりました。

熱狂の時代は過去3回ありました。期待される精神と期待される人物がもてはやされました。
①日清・日露戦争―和魂洋才―木口小平
②15年戦争―滅私奉公―爆弾三勇士
③高度経済成長―”ど根性”―阪田三吉
詳細は、[こちら]をご覧下さい。

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