◎2008年4月30日(水)―1人
本当は代休とらずに27日の日曜日に行きたかったのだが、鳩待峠までの開通はまだ間もないし、尾瀬の混雑が予想される。まして、景鶴山に至っては、十分なトレースがついてから歩きたい。そして連休の合間とはいえ、静かな尾瀬を楽しみたい。ということで30日になった。前日のうちに峠の駐車場に入り、ビールと缶チューハイを飲んで車で寝る。寒くはないのだが、明け方には、シュラフと毛布だけでも寒かった。ほとんど寝られない状態だったが、3種類の夢をみていたから、寝たには違いない。目覚ましを4時にセットして、11時にグッドナイト。
4時に起きたが、まだ薄暗い。しばらくウダウダしていたが、他の車から、これまた寝つけなかった様子のオッサンが降りてきてウロウロし始める。オレも起きることにする。駐車場に車は10台程度。まずはトイレにゴー。鳩待山荘まで行く。寒いといった感じはない。気温は8℃。トイレの結果が今日の行動の命運を分ける。まったくの0なら、重苦しい山歩きになってしまう。心配したが、全開とまではいかずとも、それなりの結果は出た。洋式トイレ、水洗の成果だろう。シャワートイレだったら、全開だったかも。帰り際に心づけを持参するのを忘れてきたことに気付く。失礼した。持参したとしても、周りにだれもいなけりゃ、だれだって気付かないフリだろう。
歩き出しは5時。今日の雪山対策はアイゼンとピッケル。両方とも、今は必要なし。尾瀬ヶ原に向かってどんどん下る。残雪はかなりある。たまに顔を出している木道の上には、まだ50cm程の雪がある。しかしこの時間、雪は締まっていて滑ることもなく、快適な歩きが続く。天気は快晴。トレースもしっかりしていて、今日は最高だなぁなんてルンルン気分。この時点で、本日の中盤から続く地獄図絵は予測の範囲外。山ノ鼻に40分で到着。テントが2張り。ここから雪の尾瀬ヶ原をしばらく歩き続ける。まさに雪原の風情。背中には至仏山が真っ白できれいに見える。進む方向の燧ケ岳は日の出の方角だけに、シルエットしか見えないが、霞がかかり、なかなか幻想的。今回の同行を断わられた木に写メールを送ろうとしたが、残念ながら圏外表示。アンテナ設置も夏の時期だけなのか。はるか先を単独行の姿が見える。牛首の表示のところに佇んでいたから、しばらく、人の姿には見えなかった。やがて単独行は東電小屋の方に歩を進めて行った。あの方も景鶴山だろう。それ以外は考えにくい。牛首の分岐着6時15分。立ち休み。ようやく、景鶴山の姿が見えてきた。ところどころに顔を出す池塘には、水芭蕉のつぼみが顔を出している。あれが、やがてはグロテスクな大きさまでに成長するのか。まだかわいくもしおらしい小ぶりな姿。
東電小屋方面に向かう。この時点では、景鶴山へのルートをどうするかは決めてはいなかった。ケイズル沢にするか、与作岳経由の尾根コースにするか、上ヨサク沢も候補と考えていた。現地の雪やトレースの有無状況次第で決めるつもりだが、尾根コースは時間がかかって大変そうである。心持ち、短時間で登れそうな沢ルートを優先に想定していた。しかし、そのケイズル沢には雪崩の跡。土砂も北東から南西にかけて流れている。ケイズル沢を登って行くには、沢をそのまま通らずに西か東側から巻いて行くしかないだろうか。
橋ゲタを撤去したままのヨッピ橋を渡る(6時45分)。向こう側には、欄干に腰掛けた先行の単独行が地図を広げていた。牛首で見かけた時には300mの距離はあったはずだから、随分とゆっくりの休息。もしかして、オレを待っていたのだろうかと思ったりして。広げている地図は昭文社版。こういう、コースやコースタイムが記されていない山に入る時は、やはり、1/25,000の地形図が欲しいところ。「どのコースを行くんですか?」と聞かれた。「ケイズル沢を行こうかと思っていたんですけど、雪崩の跡があるし、どうしようかと」。オッサンは、上ヨサク沢から、適当な尾根に取り付こうと思っていると言う。まずは、沢の取り付きまで行くことにする。幸いに、目の前にトレースが続いている。尾根ルートなら、このヨッピ橋から右折して東電小屋方面に歩くのだろうが、沢コースならそのまま直進。オッサンと別れて先行し、疎林の中を沢の見晴らしができる出会いまで、とりあえずは進む。雪崩の様相をしっかり確認出来るところで休憩。ここでアイゼンを着用し、ザックに括りつけたピッケルを取り出す。ヨッピ橋を渡った時点で、すでにケイズル沢を詰めて登るつもりになっていた。雪崩の後は、雪面も安定しているだろう、かえって上ヨサク沢が雪崩の危険は大と、これも全くの素人判断。ここから見える様相では、上ヨサク沢よりも、ケイズル沢のルートが登りやすく見える。トレースは消えたが、スキーのシュプールだけは上から下りている。沢の直進は、雪崩の影響で土砂混じりになっているが、左手、西側の尾根寄りに歩けば、たぶん問題はないだろう。歩き始めは7時20分。
沢から離れて、予定通り西側気味に登る。見た目よりもかなり急。アイゼンを効かせながら歩くが、20歩歩くたびに小休止の連続。ハァーハァー息が上がる。ピッケルの差し込みもかなり深く入れる。このままさらに西の尾根まで登った方が、回り込みで山頂に到達するから無難かなと思えるが、今以上に急斜面。このまま、雪崩の部分を避けて、トラバースしながら沢沿いを登った方がいいかもしれない。このルートですら、確実に45度はある。こんなに傾斜があるとは思わなかった。目の前には、山頂直下の岩壁が見えるのだが、ちっとも、近づかない。後ろを見れば、確かに尾瀬ヶ原は遠くなってはいる。今だから、まだ雪は締まっているが、時間が経てばやばいなぁ。シュプールの跡は、ジグザグに山頂から下りている。ようやく、雪崩の発生場を通り過ぎる。相当にきつく、息が上がっている。水はもう、ここまで500ccは飲んでしまった。ここから沢に戻りたいが、雪渓が切り立った形になっていて、容易に沢に下降できない。だったらと、このまま直進して山頂の左肩に出ようとしてみた。やはり雪渓は続いてはいずに切れている。段差も1mはある。ちょうど、大きな雪渓がところどころに分散していて、その間をキレットが走っている状態。これ以上進むのは無理。最終手段として、左寄り遠巻きに岩壁の下に入り、岩壁の下を進んで東から山頂に続く尾根に這い上がるしかないだろうか。ところが、ここも下からは見えなかった、雪渓の切れ目があちこちにあって、きわめて不安定。素直には進めない。一端はアイゼンを外して、ピッケルをザックに結わえて、ツボ足で草木につかまりながらよじ登るのだが、露出している斜面の笹は起き上がろうとしているところで、始末が悪くてツルツル滑る。また、アイゼンを着用。とにかく、岩壁の下に行こうと七転八倒。休みたいのだが、腰掛けして落ち着いて休めるところがないので苦労する。そこいらじゅうの雪渓が不安定になっていて、変に腰をかけたら、ズルッと崩れてしまいそう。もう、アイゼンは泥だらけ。爪が笹にひっかかって不快だが、外すわけにもいかない。そして、地面にピッケルを差し込んでは支えにする。こんな使い方は初めて。何とか、草木につかまっては体力にまかせてよじ登って岩場に近付くも、相変わらずの笹がじゃまをする。なんとか届いた岩壁の真下でようやく腰を下ろせたが、上から雪解け水がポタポタ落ちてくる始末。もうズボンはかなりの泥んこ状態。あと標高差で5mがきつい。山頂直下の綾線から3人が物珍しそうにオレを眺めている。そのうちの1人のオッサンが話しかけてくる。大声を上げなくても話せる距離。こっちだ、あっちだと各種のナビアドバイスをしてくれるが、そんな方向に行けるわけがない。雪が崩れるよ。あとで、上から覗いて見て知ったが、上からでは直角に見えて、周囲がまったく見えない。だからこんな無責任なアドバイスになるのだろう。ここから一気に真上に行きたいが、雪庇になっていてやばい。四つん這いになってトラバース。ようやく、山頂直下、やや東寄りの尾根に出た。この最後のあがきで左右の大腿筋をかなり痛めた。尾根に転がりこんだ時には、しばらく足に激痛が走って立てなかった。オッサン曰く、「ケイズル沢はその名の通り、かなり荒れているからねぇ」。何のことを言っているのか、皆目分からなかった。ズルズルの洒落かよ。このオッサンは、例のヨッピ橋のオッサンとは違う。あのオッサンは、もう、さっさと下山したのだろうか。だとすれば、あのオッサンは○で、惨めなコースを選んだオレは×か。
アドバイスオッサンは帰るところだった。「山頂はすぐそこだよ。気をつけてな」と言い残して、下って行った。もう、山頂はどうでもいいような気分になっていたが、ここまで来たからには、行くしかない。確かに2分も歩かずに山頂に着いたが、足が痛くて、引きずっての到着。10時15分。沢の出会いからここまで、何と3時間もかかってしまった。おぞましい限り。かなりやけっぱちな心持ちになってしまっている。それにしてもすごい発汗。爽快な汗ではない。冷や汗混じりの気色悪い汗。山頂からは確かに360度の展望。平ケ岳も見える。このピークにはだれもいない。隣のピークでは2人連れが食事中。彼らがオレの哀れな姿を上から眺めていた残りの2人。親子連れらしいが、子供はどうみても中学生。学校は休みかいな。大の字になって寝たいところだが、狭い山頂。ここで寝転がったら通行の邪魔。合羽のズボンを出して、雪の上に敷き、しばらく休む。足はズキンズキン。しかしまいったなぁ。この痛みのひどさは飯豊山以来。あの時も車にたどり着くまで散々だったな。これから下るにしても、選択の余地はない。尾根コースを下るしかないが、上りには相当な負担が足にかかる。与作岳への上り、1653mピークへの上り。そして、ラストの鳩待峠への上り。来る時はルンルン気分でいたが、帰りは、本当に地獄だわ。
山頂にいたのはわずか15分。10時半に下山開始。もっと広いところで休みたい一心。雪はもう締まりが悪くなっていて、トレースはしっかりしていながらも、ズボズボぬかる。一歩一歩、痛みは走るが、何とか我慢はできる。与作岳との鞍部まではひたすら下り。途中、7人と出会う。鞍部から与作岳までは標高差がざっと70m。こんなものでもかなり応える。太腿に激痛。だましだまし登る芸当も無理。5歩歩いてはしばらく休止。変に足を折って休むと元に戻す時に痛みが走る。そのままの格好で休むしかない。かなりのヨタヨタ歩きで与作岳着11時20分。1時間もかかった。ダメージが増してしばら休む。水もなくなりかけ、雪を混ぜて飲む。あの親子連れはまだ来ない。気になる。
本当は、親子連れに先行して欲しかったのだが、来ない以上は先を行くしかない。今度の不安は1653mピークへの登り。今の状態では標高差30mの登りが恐ろしく感じる。下りでも痛みを感じるようになった。こんな楽で快適な下りでも、つい立ち止まって、痛みをこらえる。間もなく1653mピークと思しきところで、トレースは変な曲がり方になる。沢に向かってどんどん下っている。不安ながらもトレースに合わせて進む。ここで心配だったのは、間違っていた場合、登り返しはまず無理だろうということ。今の体力では論外な相談。方向としては、尾瀬ヶ原に向かっているから、そのまま下っても間違いではないだろう。12時20分、尾瀬ヶ原との出会いに到達。景鶴山から2時間。沢が流れていて、ここで水をしこたま補給し、しばらく休む。ノドはカラカラ。唇の皮が剥けかかっている。アイゼンを外し、太腿に軟膏を塗りたくる。なぜか、関係のない陰嚢がスーっとする。親子連れがようやく通過。オレの牛歩歩きに比べれば随分とのんびりしている。歩き始めるとすぐにヨッピ橋。つまり、地形図を見ると、尾根コースのトレースは、1653mピークの手前で下ヨサク沢に向かっていることになる。ヨッピ橋では、あの親子連れが休んでいた。12時40分。
ここからが長い。山ノ鼻まで、平地を延々と歩く。もうカンカン照りの状態で、雪面はすこぶる歩きづらい。滑るから、痛みが余計に増す。100m歩いては休止。人の姿が目立つようになった。ぼーっとして歩いていたら、朝には見かけなかった水たまり。ジャンプすれば問題なく超えられるのだが、自信がない。やはり、左足を膝までズボっと入れてしまった。もうフラフラ。とぼとぼと歩いている。尾瀬ヶ原に入ってからしばらくはサングラスにしたのだが、日焼け雪焼けした場合、パンダ顔になるのが嫌で、元のメガネに戻す。いい年をして色気だけは忘れない。牛首(13時15分)通過。ここで、第2弾。橋を渡る際、橋に雪がついていたので、慎重に渡ったつもりでいたが、つい、バランスを崩して、橋から落ちてしまった。したたかに背中を痛めた。これでもまだ始末は良い。落ちたところは水辺で、水をかぶることはなかった。もう少し行ってから落ちていたら、寒中水泳になっていた。その方がすっきりしたかも。
なおもとぼとぼと山ノ鼻に向かう。親子連れには追い越され、また追い越した。途中で17人くらいの団体。皆んなスノーシューを履いてる。何かのツァーか。いい気なもんだなと、日頃の寛容さはまったくなくなってしまっている。それにしても、こんな平地はピッケルも役立たず。ダブルでストックが欲しいところだ。足腰の痛みも相当に軽減されるだろう。売店でもあったら、高値でふっかけられても買ってしまうだろう。2本で1万円以内なら、惜しまない。14時30分、ようやく山ノ鼻到着。遠くからベンチが見えた時はほっとした。ベンチに到着まで、カウントダウンしてしまった。バタン。ようやく全身を伸ばして休める。ここでしばらく英気を養って、最後の壁・鳩待峠への登りを征しないことには。明日が休みだったら、迷わずに、開業中の小屋に飛び込んだろう。ヨッピ橋と山ノ鼻の往復、平地なのに、行きは1時間、帰りは2時間とは、ほとほと情けない限り。あぁ足が痛てぇ。傍らを親子連れが通り過ぎる。息子は無愛想だが、オヤジさんは愛想が良くて、すれ違うごとに言葉をかけてくる。
ここから鳩待峠までは、標準タイムで1時間20分。今、14時45分だから、一応の目標は16時15分。休んだせいか、足の激痛は幾分和らいだというより、すっかり麻痺してしまった。もう、まったくの、じゃまなモノとしての存在でしかなくなっている。また、親子が休んでいるところで先行してしまった。これじゃまずい。どうも、あの親子に後ろを歩かれるとプレッシャーがかかる。足の痛みがぶり返しそうだ。木道が出ているところで、休んで、先に行ってもらう。鳩待峠に着いたのは16時10分。ほっとした。身体はガタガタ。ベンチでしばらく寝転がった。暑い。至仏山のスキー遊びが真っ赤な顔をしている。おそらく、オレもああだろうか。ここでメールのチェック。俗物的な気分だけは疲労していないようだ。駐車場に向かうと、マイカーに2,500円の請求書が貼り付けられている。また戻って払う。長~い1日だったなぁ。明日が休みなら、風呂にでも入って帰りたいところだが、我慢。下着だけの取り換えで済ます。今回の山行は、訳知り顔のオヤジなら言いそうなセリフ「たかが尾瀬、されど尾瀬」だったりして。あぁ寒気がする。「遥かな景鶴」だけでいいんだよ。
本当は代休とらずに27日の日曜日に行きたかったのだが、鳩待峠までの開通はまだ間もないし、尾瀬の混雑が予想される。まして、景鶴山に至っては、十分なトレースがついてから歩きたい。そして連休の合間とはいえ、静かな尾瀬を楽しみたい。ということで30日になった。前日のうちに峠の駐車場に入り、ビールと缶チューハイを飲んで車で寝る。寒くはないのだが、明け方には、シュラフと毛布だけでも寒かった。ほとんど寝られない状態だったが、3種類の夢をみていたから、寝たには違いない。目覚ましを4時にセットして、11時にグッドナイト。
4時に起きたが、まだ薄暗い。しばらくウダウダしていたが、他の車から、これまた寝つけなかった様子のオッサンが降りてきてウロウロし始める。オレも起きることにする。駐車場に車は10台程度。まずはトイレにゴー。鳩待山荘まで行く。寒いといった感じはない。気温は8℃。トイレの結果が今日の行動の命運を分ける。まったくの0なら、重苦しい山歩きになってしまう。心配したが、全開とまではいかずとも、それなりの結果は出た。洋式トイレ、水洗の成果だろう。シャワートイレだったら、全開だったかも。帰り際に心づけを持参するのを忘れてきたことに気付く。失礼した。持参したとしても、周りにだれもいなけりゃ、だれだって気付かないフリだろう。
歩き出しは5時。今日の雪山対策はアイゼンとピッケル。両方とも、今は必要なし。尾瀬ヶ原に向かってどんどん下る。残雪はかなりある。たまに顔を出している木道の上には、まだ50cm程の雪がある。しかしこの時間、雪は締まっていて滑ることもなく、快適な歩きが続く。天気は快晴。トレースもしっかりしていて、今日は最高だなぁなんてルンルン気分。この時点で、本日の中盤から続く地獄図絵は予測の範囲外。山ノ鼻に40分で到着。テントが2張り。ここから雪の尾瀬ヶ原をしばらく歩き続ける。まさに雪原の風情。背中には至仏山が真っ白できれいに見える。進む方向の燧ケ岳は日の出の方角だけに、シルエットしか見えないが、霞がかかり、なかなか幻想的。今回の同行を断わられた木に写メールを送ろうとしたが、残念ながら圏外表示。アンテナ設置も夏の時期だけなのか。はるか先を単独行の姿が見える。牛首の表示のところに佇んでいたから、しばらく、人の姿には見えなかった。やがて単独行は東電小屋の方に歩を進めて行った。あの方も景鶴山だろう。それ以外は考えにくい。牛首の分岐着6時15分。立ち休み。ようやく、景鶴山の姿が見えてきた。ところどころに顔を出す池塘には、水芭蕉のつぼみが顔を出している。あれが、やがてはグロテスクな大きさまでに成長するのか。まだかわいくもしおらしい小ぶりな姿。
東電小屋方面に向かう。この時点では、景鶴山へのルートをどうするかは決めてはいなかった。ケイズル沢にするか、与作岳経由の尾根コースにするか、上ヨサク沢も候補と考えていた。現地の雪やトレースの有無状況次第で決めるつもりだが、尾根コースは時間がかかって大変そうである。心持ち、短時間で登れそうな沢ルートを優先に想定していた。しかし、そのケイズル沢には雪崩の跡。土砂も北東から南西にかけて流れている。ケイズル沢を登って行くには、沢をそのまま通らずに西か東側から巻いて行くしかないだろうか。
橋ゲタを撤去したままのヨッピ橋を渡る(6時45分)。向こう側には、欄干に腰掛けた先行の単独行が地図を広げていた。牛首で見かけた時には300mの距離はあったはずだから、随分とゆっくりの休息。もしかして、オレを待っていたのだろうかと思ったりして。広げている地図は昭文社版。こういう、コースやコースタイムが記されていない山に入る時は、やはり、1/25,000の地形図が欲しいところ。「どのコースを行くんですか?」と聞かれた。「ケイズル沢を行こうかと思っていたんですけど、雪崩の跡があるし、どうしようかと」。オッサンは、上ヨサク沢から、適当な尾根に取り付こうと思っていると言う。まずは、沢の取り付きまで行くことにする。幸いに、目の前にトレースが続いている。尾根ルートなら、このヨッピ橋から右折して東電小屋方面に歩くのだろうが、沢コースならそのまま直進。オッサンと別れて先行し、疎林の中を沢の見晴らしができる出会いまで、とりあえずは進む。雪崩の様相をしっかり確認出来るところで休憩。ここでアイゼンを着用し、ザックに括りつけたピッケルを取り出す。ヨッピ橋を渡った時点で、すでにケイズル沢を詰めて登るつもりになっていた。雪崩の後は、雪面も安定しているだろう、かえって上ヨサク沢が雪崩の危険は大と、これも全くの素人判断。ここから見える様相では、上ヨサク沢よりも、ケイズル沢のルートが登りやすく見える。トレースは消えたが、スキーのシュプールだけは上から下りている。沢の直進は、雪崩の影響で土砂混じりになっているが、左手、西側の尾根寄りに歩けば、たぶん問題はないだろう。歩き始めは7時20分。
沢から離れて、予定通り西側気味に登る。見た目よりもかなり急。アイゼンを効かせながら歩くが、20歩歩くたびに小休止の連続。ハァーハァー息が上がる。ピッケルの差し込みもかなり深く入れる。このままさらに西の尾根まで登った方が、回り込みで山頂に到達するから無難かなと思えるが、今以上に急斜面。このまま、雪崩の部分を避けて、トラバースしながら沢沿いを登った方がいいかもしれない。このルートですら、確実に45度はある。こんなに傾斜があるとは思わなかった。目の前には、山頂直下の岩壁が見えるのだが、ちっとも、近づかない。後ろを見れば、確かに尾瀬ヶ原は遠くなってはいる。今だから、まだ雪は締まっているが、時間が経てばやばいなぁ。シュプールの跡は、ジグザグに山頂から下りている。ようやく、雪崩の発生場を通り過ぎる。相当にきつく、息が上がっている。水はもう、ここまで500ccは飲んでしまった。ここから沢に戻りたいが、雪渓が切り立った形になっていて、容易に沢に下降できない。だったらと、このまま直進して山頂の左肩に出ようとしてみた。やはり雪渓は続いてはいずに切れている。段差も1mはある。ちょうど、大きな雪渓がところどころに分散していて、その間をキレットが走っている状態。これ以上進むのは無理。最終手段として、左寄り遠巻きに岩壁の下に入り、岩壁の下を進んで東から山頂に続く尾根に這い上がるしかないだろうか。ところが、ここも下からは見えなかった、雪渓の切れ目があちこちにあって、きわめて不安定。素直には進めない。一端はアイゼンを外して、ピッケルをザックに結わえて、ツボ足で草木につかまりながらよじ登るのだが、露出している斜面の笹は起き上がろうとしているところで、始末が悪くてツルツル滑る。また、アイゼンを着用。とにかく、岩壁の下に行こうと七転八倒。休みたいのだが、腰掛けして落ち着いて休めるところがないので苦労する。そこいらじゅうの雪渓が不安定になっていて、変に腰をかけたら、ズルッと崩れてしまいそう。もう、アイゼンは泥だらけ。爪が笹にひっかかって不快だが、外すわけにもいかない。そして、地面にピッケルを差し込んでは支えにする。こんな使い方は初めて。何とか、草木につかまっては体力にまかせてよじ登って岩場に近付くも、相変わらずの笹がじゃまをする。なんとか届いた岩壁の真下でようやく腰を下ろせたが、上から雪解け水がポタポタ落ちてくる始末。もうズボンはかなりの泥んこ状態。あと標高差で5mがきつい。山頂直下の綾線から3人が物珍しそうにオレを眺めている。そのうちの1人のオッサンが話しかけてくる。大声を上げなくても話せる距離。こっちだ、あっちだと各種のナビアドバイスをしてくれるが、そんな方向に行けるわけがない。雪が崩れるよ。あとで、上から覗いて見て知ったが、上からでは直角に見えて、周囲がまったく見えない。だからこんな無責任なアドバイスになるのだろう。ここから一気に真上に行きたいが、雪庇になっていてやばい。四つん這いになってトラバース。ようやく、山頂直下、やや東寄りの尾根に出た。この最後のあがきで左右の大腿筋をかなり痛めた。尾根に転がりこんだ時には、しばらく足に激痛が走って立てなかった。オッサン曰く、「ケイズル沢はその名の通り、かなり荒れているからねぇ」。何のことを言っているのか、皆目分からなかった。ズルズルの洒落かよ。このオッサンは、例のヨッピ橋のオッサンとは違う。あのオッサンは、もう、さっさと下山したのだろうか。だとすれば、あのオッサンは○で、惨めなコースを選んだオレは×か。
アドバイスオッサンは帰るところだった。「山頂はすぐそこだよ。気をつけてな」と言い残して、下って行った。もう、山頂はどうでもいいような気分になっていたが、ここまで来たからには、行くしかない。確かに2分も歩かずに山頂に着いたが、足が痛くて、引きずっての到着。10時15分。沢の出会いからここまで、何と3時間もかかってしまった。おぞましい限り。かなりやけっぱちな心持ちになってしまっている。それにしてもすごい発汗。爽快な汗ではない。冷や汗混じりの気色悪い汗。山頂からは確かに360度の展望。平ケ岳も見える。このピークにはだれもいない。隣のピークでは2人連れが食事中。彼らがオレの哀れな姿を上から眺めていた残りの2人。親子連れらしいが、子供はどうみても中学生。学校は休みかいな。大の字になって寝たいところだが、狭い山頂。ここで寝転がったら通行の邪魔。合羽のズボンを出して、雪の上に敷き、しばらく休む。足はズキンズキン。しかしまいったなぁ。この痛みのひどさは飯豊山以来。あの時も車にたどり着くまで散々だったな。これから下るにしても、選択の余地はない。尾根コースを下るしかないが、上りには相当な負担が足にかかる。与作岳への上り、1653mピークへの上り。そして、ラストの鳩待峠への上り。来る時はルンルン気分でいたが、帰りは、本当に地獄だわ。
山頂にいたのはわずか15分。10時半に下山開始。もっと広いところで休みたい一心。雪はもう締まりが悪くなっていて、トレースはしっかりしていながらも、ズボズボぬかる。一歩一歩、痛みは走るが、何とか我慢はできる。与作岳との鞍部まではひたすら下り。途中、7人と出会う。鞍部から与作岳までは標高差がざっと70m。こんなものでもかなり応える。太腿に激痛。だましだまし登る芸当も無理。5歩歩いてはしばらく休止。変に足を折って休むと元に戻す時に痛みが走る。そのままの格好で休むしかない。かなりのヨタヨタ歩きで与作岳着11時20分。1時間もかかった。ダメージが増してしばら休む。水もなくなりかけ、雪を混ぜて飲む。あの親子連れはまだ来ない。気になる。
本当は、親子連れに先行して欲しかったのだが、来ない以上は先を行くしかない。今度の不安は1653mピークへの登り。今の状態では標高差30mの登りが恐ろしく感じる。下りでも痛みを感じるようになった。こんな楽で快適な下りでも、つい立ち止まって、痛みをこらえる。間もなく1653mピークと思しきところで、トレースは変な曲がり方になる。沢に向かってどんどん下っている。不安ながらもトレースに合わせて進む。ここで心配だったのは、間違っていた場合、登り返しはまず無理だろうということ。今の体力では論外な相談。方向としては、尾瀬ヶ原に向かっているから、そのまま下っても間違いではないだろう。12時20分、尾瀬ヶ原との出会いに到達。景鶴山から2時間。沢が流れていて、ここで水をしこたま補給し、しばらく休む。ノドはカラカラ。唇の皮が剥けかかっている。アイゼンを外し、太腿に軟膏を塗りたくる。なぜか、関係のない陰嚢がスーっとする。親子連れがようやく通過。オレの牛歩歩きに比べれば随分とのんびりしている。歩き始めるとすぐにヨッピ橋。つまり、地形図を見ると、尾根コースのトレースは、1653mピークの手前で下ヨサク沢に向かっていることになる。ヨッピ橋では、あの親子連れが休んでいた。12時40分。
ここからが長い。山ノ鼻まで、平地を延々と歩く。もうカンカン照りの状態で、雪面はすこぶる歩きづらい。滑るから、痛みが余計に増す。100m歩いては休止。人の姿が目立つようになった。ぼーっとして歩いていたら、朝には見かけなかった水たまり。ジャンプすれば問題なく超えられるのだが、自信がない。やはり、左足を膝までズボっと入れてしまった。もうフラフラ。とぼとぼと歩いている。尾瀬ヶ原に入ってからしばらくはサングラスにしたのだが、日焼け雪焼けした場合、パンダ顔になるのが嫌で、元のメガネに戻す。いい年をして色気だけは忘れない。牛首(13時15分)通過。ここで、第2弾。橋を渡る際、橋に雪がついていたので、慎重に渡ったつもりでいたが、つい、バランスを崩して、橋から落ちてしまった。したたかに背中を痛めた。これでもまだ始末は良い。落ちたところは水辺で、水をかぶることはなかった。もう少し行ってから落ちていたら、寒中水泳になっていた。その方がすっきりしたかも。
なおもとぼとぼと山ノ鼻に向かう。親子連れには追い越され、また追い越した。途中で17人くらいの団体。皆んなスノーシューを履いてる。何かのツァーか。いい気なもんだなと、日頃の寛容さはまったくなくなってしまっている。それにしても、こんな平地はピッケルも役立たず。ダブルでストックが欲しいところだ。足腰の痛みも相当に軽減されるだろう。売店でもあったら、高値でふっかけられても買ってしまうだろう。2本で1万円以内なら、惜しまない。14時30分、ようやく山ノ鼻到着。遠くからベンチが見えた時はほっとした。ベンチに到着まで、カウントダウンしてしまった。バタン。ようやく全身を伸ばして休める。ここでしばらく英気を養って、最後の壁・鳩待峠への登りを征しないことには。明日が休みだったら、迷わずに、開業中の小屋に飛び込んだろう。ヨッピ橋と山ノ鼻の往復、平地なのに、行きは1時間、帰りは2時間とは、ほとほと情けない限り。あぁ足が痛てぇ。傍らを親子連れが通り過ぎる。息子は無愛想だが、オヤジさんは愛想が良くて、すれ違うごとに言葉をかけてくる。
ここから鳩待峠までは、標準タイムで1時間20分。今、14時45分だから、一応の目標は16時15分。休んだせいか、足の激痛は幾分和らいだというより、すっかり麻痺してしまった。もう、まったくの、じゃまなモノとしての存在でしかなくなっている。また、親子が休んでいるところで先行してしまった。これじゃまずい。どうも、あの親子に後ろを歩かれるとプレッシャーがかかる。足の痛みがぶり返しそうだ。木道が出ているところで、休んで、先に行ってもらう。鳩待峠に着いたのは16時10分。ほっとした。身体はガタガタ。ベンチでしばらく寝転がった。暑い。至仏山のスキー遊びが真っ赤な顔をしている。おそらく、オレもああだろうか。ここでメールのチェック。俗物的な気分だけは疲労していないようだ。駐車場に向かうと、マイカーに2,500円の請求書が貼り付けられている。また戻って払う。長~い1日だったなぁ。明日が休みなら、風呂にでも入って帰りたいところだが、我慢。下着だけの取り換えで済ます。今回の山行は、訳知り顔のオヤジなら言いそうなセリフ「たかが尾瀬、されど尾瀬」だったりして。あぁ寒気がする。「遥かな景鶴」だけでいいんだよ。
急な道と雪に遊ばれたようで、おまけに橋からの転落、読んでいるだけで、こちらも息切れと疲労が伝わってきそう。雪崩発生場所と出てくるけど、恐いですね相手が自然だと予想外が起きるし。体はぼろぼろみたいだけど、無事の帰還、良かったです。
最高の天気の日だったし、写真の通りに青空と真っ白な雪。綺麗と感じる時間は少なかったみたい、身体の回復、待ってます・・・