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六枚目のコイン

つぶやき、趣味,占星術,

この世は何を意味するか?

2019年06月22日 05時34分44秒 | 運命学+占星術
エドガーケイシーのリーディングでも知られていますが、
この世での経験は、魂を上昇させるのが目的である。
そういう解釈をする方がおられます。
また、
そう主張される宗教教団の教祖さんも少なくないと思われます。

確かに、
一般的な人たちにとっても、常識的にも、
そう考えたいところであろうと思います。

ですが、
これは単純な考えであると思うのです。
一般的に人には理性というものが備わっています。
しかしながら、同時に人間は、
非常に利己的な部分もあります。

自己の欲求に目がくらむと、
自分の欲求を満たす方に思いがいってしまって、
魂を上昇させるべき行為が行えなくなってきます。

また、
人は本来的に、自分自身の利益を追求するようになっている。
他人の利益のために行動したいとは思わないのが一般です。

そういうように、
私たち人間には,
魂の上昇を約束させるところの「善行」を妨害する心も
また持っているわけです。
それが仏教でいう《煩悩》です。

そこに本質的な問題がありますよね。
少なくとも、
他人の立場や利益を考えないで行う自己の行為や行動は、
往々にして、
利益が対立することが起きます。

すると、
そこにトラブルが起きることになる。
言い争いや、相手を恨んだり憎んだり、
はたまた、暴力行為で相手を傷つけたりする。

そして、
それらのお互いの報復行為の連鎖が永久的に続いていく。
“やられたらやり返せ!”
そのスローガンを掲げて、
それらの行為を、我々の「煩悩」が為さしめるわけです。

これでは、
この世から私たちの幸福は実現できるわけがない。
人間は永久に地獄に堕ちたままですよ。

人間は死ねば天国に行くなんて人がいますが、
いや、建前ですけども、みんなそう言ってますよね。
断言しますが、
ぜったいにそんなことはありませんよ。

(話が少々脱線しました)

これでは、いったい何のための人生か?
魂の上昇は、
いったいどうなったのかということになるわけです。

そうでしょう?
だから、
人間はなかなか魂の上昇という行為を行いにくい存在である。
そういう結論になりますね。
少なくとも、そういう傾向を人間は持っている。

だから、人間である私たちは、
心に有るところの《煩悩》=《獣性》を解消すべきなのですね。
そして、
魂の上昇を行えるような心の状態を育成することが重要なのです。

私たちがこの世を去る際に、
後悔しないで済むように、
未練を残さないで済むように、
自己の魂が苦しまないでもよいように。

私たちは行うべきことと、
そして、
行うべきでないこと。

この二点に集中しながら、
これからの人生を生きていきたいと、
切に願うのです。
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人が持つ様々な抑圧意識

2019年06月10日 19時46分20秒 | 運命学+占星術
運命の星にはさまざまあるわけですが、
トップバッターとして、まず「家運衰退」の星を挙げました。
あまり、反応がなかったように感じたのですが、
もう聞き飽きたのでしょうか?

私としては、
ほとんどの人が、実感として理解していないように思えるんです。
言葉尻だけで、頭だけで理解していても、
それは分かったとは言えない。

自分の運命の星を知ったとして、
その先に、自分の人生がどうなるのか、どういう結果を生むのか。
それを如実にイメージ化できないと、理解したことにはならない。
そう思うのです。

自分はどんな運命の星を持っているのか、
そのことについて、如実に人生が描けなければ、
それは分かったとは言えないんですよ。

どういう結果を招いて、どういう思いをもってこの世を去っていくのか。
それが見えなければ、運命を知ったとは言えないでしょう。
だから、私はこうして書いているのです。
あなたが持っている運命を如実に描けるように、
そして危機感をもって行に励めるように。

運が良ければ、
自分はどういう運命をたどるのか、
それは知ることが可能でしょう。
しかし、
それを知っただけで、
それが具体的にどういう運命をたどり、
どういう思いを抱くことになるのか、
そして、
結果的にどういう思いをもってこの世を去っていくのか。
そして、どういう人生を繰り返していくのか。

それが分かってこそ、
初めて自分の運命について理解できたと言えるのではないですか?

運命の星がどう展開していくのか、
それを見るのが《密教占星術の秘法、三元九星四段掛けの秘法》なんです。
分かっていらっしゃるのかの?みなさん。

あなた方は深くは知らない、偉大なる師の奥深さを。
だって、
誰も徹底的にやらないんだもの。
偉大なる師の表面的な言葉だけ取り上げて、理解しているに過ぎない。
偉大なる師が言葉を尽くしても伝えきれないものがある。
それをつかむことが大事。


教えていただくのは、最初の一段のみ。
その次にある二段目からは、
修行者自身が掴んで理解する必要がある。
そして、
晴れて十段まで到達できる。

誰も二段目を歩もうとする者はいない。
教えてくれることをただ待っているだけ。
恐れ多くも、
偉大なる師に会えた価値に、まだ気づけないでいる。
この先、誰に遭おうとも、その師匠を超える方はないと思い知れ。

弟子としての使命に目覚めよ。
使命に目覚めたとしても、それを行動に移さないでは弟子と絵は言えないだろう。
清水の舞台から飛び降りる覚悟で、ということわざがある。
そう、
まさに飛び降りるつもりの覚悟が必要だ。

誰がやるのか?
本当の行はそこにある。
自分を捨ててやれるかどうか?
そこに私たちの行の本質がある。〈/font〉
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先天運を良くする!

2019年04月04日 08時06分46秒 | 運命学+占星術


そこで、

私たちそのものと直接関係するところの「命」と言える「先天運」に、

プラスの作用を働きかけるにはどうすれば良いのか?

これが大事ですよね。



話は変わりますが、“五薀皆空”といわれます。

人間という存在を成立させている五つの要素を、

五薀と呼んでいるのですが、

それは、①色 ②受 ③想 ④行 ⑤識 です。



(※詳しくは後に説明させていただく予定です。)



これらがお互いに連動して、寄り集まって、

〇〇何某という一人の人間ができ上っていると考えます。



それを、空だと考えることは、

すべては相対的であり、

相互関係によって存在するということになりますから、

それぞれの各要素を、ばらばらにしてしまう、

解いてしまうということになります。



例えば、

一つの家があるとします。

その家はいろんな材料を使って、いろんな人の手を経て作られています。

庭先や基礎部分には、石が使われているでしょう。

また、

その柱は何十年も経った木の柱が使ってある。

そして、屋根には土でこねて焼いた瓦とか、

今では珍しくなりましたが、茅とかが敷いて葺いてあるわけです。

また、

部屋と部屋とを隔てる壁には、

竹篇を挟んでかべ土が練りこめられてある。



そういう材料を使って、家が出来上がるわけですが、

単純にそういう材料が使われて完成するのではない。

やはり、

おじいちゃんやおばあちゃん、

また父母そして兄弟等、家族みんなことを考えて、

みんなが住みやすい家を考え、想定しますよね。

そういう住みやすい家というもののコンセプトを考えます。



また、

二階建てにするのか、二階建てなら階段はどこにするか、部屋はいくつ設けるか、

建築に際しては、どこの業者を使うか、

支払いはローンにするのか、現金払いか。



そういうさまざまな構想の下に,

「家」というイメージが創られて、そして、家の実現に向かって動き始めます。



だから、

それらの一つ一つが、ばらばらに解けると、我が家は崩壊し、無くなる。

元に戻ってしまって、元の野原になってしまうわけですね。



その「家」は誰が創るのかというと、

それはほかならぬこの「私」ですよ。

私という意欲を持った心が、その家を作りたいと欲求するわけです。

その私の心が、さまざまな材料や要素を集めてきて、

家を作るわけです。



その欲求する心を、お釈迦様はタンハーという言葉で表現されます。

ですから、

タンハーがなくなると、何も生まれないし、

すべては元の木阿弥となって、消滅するわけです。



当然、そのタンハーが消えると、

私という構成要素もばらばらになって、私という存在も消えることになるわけです。

ですから、

私を存在させているのは、タンハーだということになります。



そこで、

「我が家」を「我が人生」に置き換えると、どうなるでしょうか?

それこそが、我が人生=先天運にほかなりませんね。



先天運を動かすにはタンハーがあって、

そのタンハーの内容を変えれば、

出来上がるものも形が変わっていく。



完成した我が家を作るのに、

何軒か作って、初めて自分の納得できる家が持てるといいます。

だから、

一挙に変えるのはむずかしいので、

トレーニングの形をとりながら変えていきます。



我が人生は一度きり。何度も作り直すことは、まず難しいですね。

でも、

一つの失敗に対しては、やり直しが利きます。

失敗するたびに、反省と改善をすることで、

徐々に質の良い人生を創造していくことが可能です。



それを、自分の構成要素、構成部分に対して行うわけです。

私たちは、自分の考え方とか行動パターンに、

ある一定の決まったものがあります。



失敗するときに、ある決まった自分独特の行動パターン、

ある一定の反射的な思考パターンを持っています。

それは普段、何事もなく生きているときには、わからないものです。

自覚ができないレベルの、条件反射的なものだからです。



うまくいかないときには、

決まって失敗するパターンを持っているのです。

それがその人の特徴をなしている癖です。

それが心癖というものです。



だから、その心癖をよく見つめるのですね。

そのためには、

自分自身を謙虚に見ることが大事です。



自分自身に対する傲慢な気持ちや、横柄なきもち、

卑屈な気持ち、ゆがんだ気持ち、そんなあらゆるものが

取り除かれて、

素直になれることが大事ですね。



まず、そこから始めることが大事ではないでしょうか。



そのためには、自分に染み付いた心癖を取り除くには、

無意識の心から変えていくことが必要になります。

それがむずかしいわけです。

それには、どうすればいいか?



ここがポイントになるんです。



(つづく)
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記憶の解消法

2019年03月26日 17時11分18秒 | 運命学+占星術
説明不足の部分を感じましたので、前回から追加して述べますね。

記憶の解消法ということですね。
良き思い出や楽しかったことなど、
プラスの記憶は執念を残さないということだと思います。
次の人生への行動を促す力になりにくいということでしょうか。
心の昇化が行われると考えれば良いと思います。

反対に、実現しなかった想いや失敗したことは、なかなか自分自身を納得させることは難しいですね。

ですから、上手くいかなかったことはマイナスの記憶となって、抑圧意識に変化しやすくなります。昇化できなくて、心の奥底に溜まってきます。
これが、私たちの人生を動かす原動力となるわけです。

面白いですね、
私たちの心というものは。やはり、そこに自分自身に対するこだわりの執着心が働いているんですね。

そこで、どうしても心に汚濁物が溜まるわけです。
だから、不浄というのははそれを指すのだと解釈できるのです。

これで追加の説明は終わります。




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存在の原理

2019年03月26日 07時38分52秒 | 運命学+占星術
前回では、
運気には,「先天運」と「後天運」の二種類があると説明しました。
そして、
一般的に運気アップを施すのは、
後天運に対してであって、先天運に対するアプローチは出来ないと説明しました。
 
例えば、
催眠療法では、問題のある前世にまで辿って、
トラブルのあった記憶を解消すると治療法を行います。
それは理解できるとしても、
それはなかなか上手くはいかないのです。

何故なら、消すのは記憶だけではないからです。
記憶とともに想念が残っているからです。
未練だとか怨念だとか苦しみの念だとか、残念だという気持ち。

それが記憶と絡まって強く残る。
そうでしょう?
誰かに公衆の面前で恥をかかされたとか、
恋人に裏切られたとか、そういう目に会ったならば、
あなたはどういう気持ちになるか?

耐えがたき思いを耐えて、あなたはその後の人生を送ることでしょう。
その記憶はその後のあなたの人生を大きく左右することになるでしょう。
その記憶はいつしか忘れるでしょう。
ですが、
何かあったときに、その時の光景を鮮烈に思い出し、
憎しみの心がふつふつと湧いてくる。
それが普通のことなんです。

臨終の一念と言いますが、
死に際に、
人は人生のすべてをリアルに思い出すそうですね。
すべては記憶されているからです。
執念深いんじゃない、
すべては覚えているのでdす。

そういうようなさまざまな記憶を元に、先天運は成り立っているのですね。
その記憶とか想念をどうやって解消するというのか?
難しいんじゃないですか?
だから、
困難だというのですね。

そこで、存在の原理として、十の展開があるというのです。
説明に入りましょう。

存在するものには、すべて相があります。
人間もそうです、顔があります。
物体にしても顔があります。

例をとって説明させていただくならば、
今は亡きジャイアント馬場さん。
ジャイアント馬場さんは、ああいう巻煙草の似合う顔を持っていたわけですね。

そして、
相のあるものは性質を持っています。
性質ですね。
馬場さんは笑顔の似合う、優しく穏やかな人だった。

次に、
性質のあるものは体を持つといわれます。
体です。馬場さんは2メートルを超える身長で、
足が大きくて靴足は30センチだったという。

どんなものでも、体を持っている。
透明人間は姿がないけれども、
姿のないという体をもっているわけです。

次に、
体を持つ持つ者は、一定の力を持つという。
能力です才能です。
どんな得意な才能を持っているか、見るとわかります。

そして、
次には働きです、作用です。
ジャイアント馬場さんは、怪力の持ち主で
「椰子の実割り」という技で、対戦相手をやっつける。
そういう力を持っている。

そして、日本のプロレス競技を大いに盛り上げたという。
そういう働きを持ったというわけです。
ですから、
次には働き・作用ですね。
それが込められているわけです。

そして次に、
そういう諸々のものが要因となって、
さまざまなスポーツ関係の人と縁を得て、世界中で活躍した。

それは今も馬場さんを語るうえで欠かせない業績ですね。
それはその後のプロレス選手の若手への良き影響として、
今も語り継がれているわけです。

そのように、すべての存在には十の法則があるのだというのが、
「十如是」という言葉で説明されています。
それを私は、我が偉大なる師から教えz8ていただいたのです。

これを学ぶことで、
私は運命学の基礎を身に着けることができたのですね。

そういう要素を内に内在させて、存在するものは在るのです。
だから、
私たちは以上のようなことを頭に入れて、
運気を変えていくことを行うわけです。
だから、
そう安易なことは言えないわけです。

根本的な運気を変えていくには、
すべての存在の在り方を理解したうえで、
それらを変えていくわけです。
一時的な偶然的な幸運を、運がよくなったというわけにはいきませんね。

(つづく)



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