空飛ぶ自由人・2

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小説『母の待つ里』

2022年11月03日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

冒頭、一人の男の帰郷が描かれる。
松永徹という初老の男は、
日本人なら知らぬ人のない加工食品最大手企業の社長。
親も故郷も捨てた男の四十数年ぶりの里帰りだった。
バスに乗り、相川橋で下車、
通り掛かった農夫に「トオッちゃんではねがか」と声をかけられ、
忘れてしまった家への道を教えられ、
茅葺き屋根の生家、表札に「松永」と書かれた古民家に着くと、
86になった腰の曲がった母・ちよが待っていた。
父亡きあと一人で家を守ってきた母は、
囲炉裏端に心づくしの手料理を並べ、
薪で風呂を沸かし、背中を流し、
寝物語に神隠しにあった村の娘の話を聞かせてくれた。
松永は、母は、自分の息子も神隠しにあって帰ってこないのだと
考えて自らを納得させていたのだろうか、
と考える。
松永は、四十年ぶりの、捨てた故郷に包まれ、
心を癒されて帰路につく。
バスの中で松永は携帯電話の電源を入れて、
ある場所に電話をかけるが・・・

[この後、あっと驚く展開になるので、
 本書を読んで、その驚きを味わいたい方は、
 読まないで下さい。
 ただし、ネットのレビューでは、
 みんな触れています。]

松永がかけたのは、
ユナイテッドカード・プレミアムクラブという会社。
年会費35万円の高級カードだ。
松永は、サービスの終了を告げる。
四十ぶりの帰郷というのは、
全て芝居で、
1泊50万円を支払っての、
「ユナイテッド・ホームタウン・サービス」を受けたのだ。
つまり、架空の帰郷を味あわせるサービスで、
途中話しかけて来た男は、
生家への行き方を告げるための者、
寺の住職も裏の住民も、酒屋も、
全部、仕込まれ、作られた故郷だったのだ。

そして、物語は、
このサービスを受けた他の人物の話になる。
室田精一は、定年退職した途端に、
32年連れ添った妻から離婚を切り出される。
理由は「あなたが嫌いなんです」
退職金も預金も折半し、
家だけは手元に残ったが、
仕事も家庭も同時に失った。
訪れた架空の生家には「室田」という表札がかかっている。
迎えてくれたのは、86になった老母・ちよ・・・

3人目は古賀夏生(なつお)という女医。
看護師の母の手で育てられ、
認知症の進行した母を最近亡くした。
医師に延命装置を止めるように要請し、
自分が母を殺したのだという脅迫観念に苦しめられている。
訪れた故郷の母・ちよは、
「本当はしてはいけないことだが」
と断って、母へのおくやみを口にする。
そして、手作りの郷土料理と寝物語・・・

物語は、この3人の人物の、架空の故郷と、
架空の母・ちよとの交流を描く。
松永は旧友に語る故郷話、
室田は、その架空の故郷に墓を立てたいという願望への妹の反対、
夏生は、かつての教え子との交流。
それぞれ別に故郷はあるのに、
3人が3人とも、リピートする。
心の中に架空の母・ちよが住み着いてしまったのだ。
母は親不孝を責めもせず、温かく迎え、
「何があっても、母かがはお前めの味方だがらの」
と言ってくれる。

そして、ある時、3人は、カード会社からある知らせを受け取る・・・

心に哀しみを抱えた人々の
魂の癒しを描いて、
いかにも浅田次郎らしい物語。
架空の故郷に癒され、
やがて嘘と真実の境界を見失っていく過程が
見事に描かれる。
こういうものを書かせたら、
浅田次郎は天下一品。

ちよを母と慕う人が3人以外にもいることが、
ある人物の登場によって推測さる。

アメリカにあるカード会社の同様のシステムが紹介されるが、
それも浅田次郎の創作だろうか。

 



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