空飛ぶ自由人・2

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小説『異人たちとの夏』

2024年06月06日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

シナリオライターの原田英雄は鬱々とした気分で仕事をしていた。
最近離婚をして、家も資産も息子も取られ、
仕事場にしていたマンションの一室に引っ越してきた。
夜中にマンションがひっそりと静かなことに気づく。
事務所として使用されている部屋が多いため、
夜になると、住民がどうやら、自分ともう一室だけらしい。
その一室に住む一人住まいの女性・ケイが原田を訪ねてきて、
やがて、深い関係になっていく。

プロデューサーの間宮からは、
別れた奥さんと付き合いたいなどという断りを受けた。
それも鬱の気分の一因だ。

一方、生れた町の浅草を訪ねた原田は、
演芸場で父とそっくりな男に出会う。
親しげに話しかけてきた男は
当たり前のように住いに誘い、
行ってみると、亡くなった母と同じ顔立ちの女がいた。
父と母は原田が12歳の時、交通事故で命を落としている。
その後、原田は親戚をたらい回しされた。
両親に似た男女だと思っていたら、
やがて、その男女がまぎれもない原田の父母だと分かる。
原田は48歳。
父は亡くなった歳の39歳、母は35歳。
奇妙な年齢関係のまま、
父とキャッチボールをしたり、
母手作りのアイスクリームを食べたり、
両親を失ってから一度も泣いたことはなく、
強がって生きてきた原田は子どものように甘え、
親子団らんの日々が繰り返され、
原田は安らぎを覚える。

しかし、原田の体に異変が起こる。
会った人が一様に、憔悴した姿に驚く。
原田自身には、鏡を見ても、その衰弱は見えない。
そして、ケイは、もうあの家に行かないで、と懇願する・・・

という、怪談譚。
離婚した四十男の孤独と人生の喪失感、
それを救う両親の幽霊。
そして、もし一人の「異人」との出会い。
日本人の根源にある異界への渇望を反映したような物語だ。

山田太一と言えば、
倉本聰、向田邦子と並ぶ、
昭和のシナリオライター御三家
「岸辺のアルバム」「男たちの旅路」「想い出づくり。」
「早春スケッチブック」「ふぞろいの林檎たち」など、
ヒット作が多く、
常に次回作が期待されたライター。
芸術選奨文部大臣賞、向田邦子賞、菊池寛賞
など、受賞歴も華麗で、
この小説でも山本周五郎賞を受け、
映画化・舞台化もされた。
英語だけでなく、フランス語やドイツ語、タイ語など10以上の言語に翻訳されている。
私は山田太一ファンでありながら、
この作品には縁がなく、
1987年の出版時、1988年の映画化時も触れておらず、
最近、イギリスで再映画化されたのを契機に
配信で映画を観、小説を読んだ。
ただ、英国映画は同性愛という
今はやりの勝手な改変がされていると聞き、
観るのをやめた。

本書は、いかにもシナリオ作家が書いた小説、という感じ。
小説を読む醍醐味は少ない。
物語の作り方は完璧なので、
映画化の際、脚色者(市川森一)は仕事が楽だったろうが、
その年の日本アカデミー賞で脚本賞を受賞。
監督は大林宣彦
風間杜夫の主演で、両親は片岡鶴太郎秋吉久美子が演じた。
ケイは名取裕子、間宮は永島敏行

山田太一は、2017年1月に脳出血を患い、
執筆が難しくなって、
「もう脚本家として原稿が書ける状態ではありませんが、
後悔はしていません。
これが僕の限界なんです」
と告白している。
2019年春頃から、
マスコミ関係者と連絡が取れなくなり、
2023年11月29日、
老衰のため神奈川県川崎市の施設で死去。
89歳だった。

その足跡は、テレビの歴史の中に刻まれている。