[映画紹介]
スペインの限界農村を舞台にした愛憎劇。
山岳地帯の戸数10位の農村ガリシア村に
終の棲家を求めてアントワーヌと妻オルガがフランスから移住して2年。
教師時代の蓄えを取り崩しながら、
有機野菜を作って生計を立てている。
しかし、インテリと無学な農民との間の溝は深く、
いまだに「フランス野郎」と呼ばれて、よそ者扱い。
その上、風力発電の誘致を巡る住民投票にアントワーヌが反対票を投じて、
計画が頓挫していることから、
補償金をあてにしていた賛成派の農民との間は一触即発。
特に、隣家の兄弟のいやがらせは執拗で、
井戸を汚染されて、農作物が被害を受けたり、
夜道で待ち伏せされて、銃で威嚇されたりしている。
それでもアントワープが方針を変えないのは、
風力発電設備が出来ると、“理想郷”の自然の景観が崩れることと
古民家再生で、村を変革したいと思っているからだ。
しかし、昔からこの村に住む兄弟たちには、
よそ者のたわごとに過ぎず、
補償金で貧困から抜け出すことに執着していた。
そして、悲劇が襲う・・・
1997年にスペインの小村に移住したオランダ人夫婦を襲った
悪夢のような事件を基にした脚本が秀逸。
兄弟から受けるいやがらせに耐えながら生きる
アントワープ夫妻に何かが起こるという
緊張感が画面を支配する。
特に、酒場で兄弟とアントワープの間で交わされる激論は白眉で、
固定カメラの長回しで
両者の対立を際立たせる。
相当長時間にわたるワンカットだが、
長さを感じさせないのは、
アントワープと兄役の俳優の演技が優れているからだ。
特に、アントワープが2年の在村なのに対して、
兄はこの村が生まれ、52年生きているという現実が重い。
兄弟とも嫁の来手がなく、
売春宿でも、45歳の弟は、
「匂い」で娼婦にさえ相手にされない、
という話が悲しい。
もう一つ、母オルガと娘マリーの激論もあるが、
こちらは、娘役俳優の力量不足もあって、
ただ、がなりたてるだけで、
悲しみが伝わらず、長く感じた。
そこだけ減点だが、
あとは、カメラ、演出、俳優の演技のことごとくが
閉鎖社会での諍いを見事に描ききる。
最近、都会から田舎に引っ越す人が増えている
日本でも起こりうる話ではないか。
知性と野性、教養と無学、よそ者と地元民、
寛容と不寛容、理想と現実の相剋。
冒頭、ガリシア州には野生の馬に刻印を施すために、
屈強な男たちが荒馬を素手で捻じ伏せる情景が描かれる。
中盤起こる事件は、その風習を想起させる。
原題の「As bestas 」は「野獣たち」の意。
監督は、浜辺で姿を消した息子を探してビーチハウスで働く
母の心の変遷を描いた「おもかげ」(2019)のロドリゴ・ソロゴイェン。(脚本も)
昨年の東京国際映画祭で、
最優秀作品賞の東京グランプリ、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞。
アントワーヌ役のドゥニ・メノーシェ、
オルガ役のマリナ・フォイスの演技が光る。
これほど時間を忘れて、
見ごたえのあった作品は久しぶりだ。
5段階評価の「4.5」。
ル・シネマ渋谷宮下他で上映中。
ル・シネマは、Bunkamura が改修中のため、
旧渋谷TOEIに移転中。